第3章 第125話 信長の抜き打ち訓練! 俺の最強魔法だけじゃ街は守れない!?
異世界生活百四十七日目。
神城皇牙が朝食を終えて窓の外を眺めると、城下町の広場で妙な光景が繰り広げられていた。
兵士たちが木桶を運び、商人が荷車を移動させている。その中央で腕を組んでいるのは、間違いなく織田信長だった。しかも、何か面白いことを思いついたときの顔をしている。
「……巴。あいつ、今度は何を始めるつもりだ?」
「本日は市場で火災への対応訓練を行うと伺っております。信長殿が中心となり、関羽殿や勘助殿も参加されるそうです」
「火災訓練? 俺の水魔法があれば一瞬で消せるのに?」
そう言いながらも、皇牙は窓に身を寄せた。織田信長、関羽、山本勘助が一緒に何かを企んでいるとなれば、歴史好きとしては見逃せない。
「……ちょっと面白そうだな」
「ふふ。見学なさいますか?」
「おう! でも、その前にガチャだ!」
皇牙は慣れた手つきで《英霊召喚ガチャEX》を開いた。
【国家人口:661人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「頼むぞ! 今日は大物の予感がする!」
一回目はNの陶器製作補助マルセル。二回目はNの荷物仕分け補助アンナ。そして三回目はNの養鶏補助ディートリヒだった。
「……俺の予感、全然当たらねえな!」
皇牙は肩を落としたが、三人がそれぞれ経験を話し始めると、すぐに機嫌を直した。特にディートリヒの養鶏経験には興味を示し、卵料理への期待を膨らませる。
「卵が安定して手に入るようになったら、オムレツもプリンも夢じゃねえな!」
「殿。まずは鶏を育てるところからでございますよ」
「分かってるって!」
三人には生活案内を受けてもらい、本人の希望に合わせて仕事を紹介するよう担当者へ頼んだ。
【国家人口:664人】
【無料召喚:0/3回】
「よし、六百六十四人! 今日も国づくりは順調だ!」
皇牙は満足そうに頷き、巴を連れて城館を出た。
◇
市場の広場には、すでに多くの人が集まっていた。
ただし、普段の営業をすべて止めているわけではない。協力を申し出た商店と工房が交代で人を出し、訓練区域には縄が張られている。実際の火は使わず、鐘の音と合図によって火災を想定するらしい。
「おお、皇牙! 見に来たか!」
信長が豪快に笑った。
「そりゃ来るだろ! お前らが揃って何かやるなんて、面白そうじゃねえか」
「見物もよいが、今日はよく見ておけ。貴様が寝ておっても街を守れるか、試してやる」
「……その言い方、めちゃくちゃ魅力的なんだけど!」
皇牙が笑うと、信長は呆れたように鼻を鳴らした。
広げられた図面には、市場の通り、井戸、工房、空き地が描かれていた。山本勘助が指先で南側の工房を示す。
「こちらから出火した想定でございます。初動を担当する兵と避難誘導役は決めてありますが、途中で状況が変わる可能性もございます」
「へえ。何か仕掛けがあるのか?」
「それは始まってからのお楽しみだ」
信長が横から口を挟んだ。
「……お前、絶対ろくでもないこと考えてるだろ」
皇牙が疑いの目を向けても、信長は笑うばかりだった。
少し離れた場所では関羽が兵士たちの配置を確認している。さらに、ナイチンゲールが担架と救護用品を点検していた。
「……すげえな。歴史の教科書なら絶対に並ばない面子だぞ」
「殿。そろそろ始まります」
巴が促す。彼女は皇牙の少し後ろへ立ち、広場と周囲の通りを見渡した。訓練中であっても護衛の意識は変わらない。
皇牙は邪魔にならない見学場所に腰を落ち着けた。
◇
鐘が三度鳴り響いた。
「火事だ! 南の工房から出火した!」
見張り役の声と同時に、訓練が始まった。
兵士たちは素早く持ち場へ向かい、住民役の人々を広場の外へ誘導する。水桶を運ぶ者も動き始め、最初のうちは驚くほど順調だった。
「おお、やるじゃん。結構ちゃんと動けてるな!」
皇牙が感心していると、信長が片手を上げた。
「南の大通りは通行不能! 荷車が倒れたものとする!」
「……は?」
その瞬間、兵士たちの動きが止まった。
通りの先では、事前に用意された空の荷車が道を塞いでいる。危険がないよう固定されていたが、現場の指揮役はその場所を使えなくなるとは知らされていなかったらしい。
避難する住民役が立ち止まり、後ろから来た人々が次々と詰まっていく。
「おいおい、あいつ本当にやりやがった!」
皇牙が目を丸くしたとき、水桶を抱えた兵士が避難する人の列へ入りかけた。
だが、そこへ関羽の声が響く。
「止まれ! 水桶を運ぶ者は右へ退け! 住民を先に通せ!」
兵士たちは反射的に動きを変えた。
「誘導役は二組に分かれよ! 前方の者は別の通路を確認し、後方の者は人々を落ち着かせろ!」
関羽の指示には無駄がなかった。混乱していた兵士たちは役割を取り戻し、住民役の列も少しずつ動き始める。
「……すげえ」
皇牙は思わず呟いた。
ただ声を張り上げただけではない。関羽は人の流れと兵士の位置を見て、必要な命令を一瞬で選んでいた。
「やっぱ本物の武将って、こういうとき頼りになるな!」
巴も静かに頷いた。
「はい。戦場でも、兵が迷ったときに指揮官が落ち着いていることは大切でございます」
しかし、信長の仕掛けはそれだけではなかった。
「負傷者が出たぞ! 自力で歩けぬ者が一名!」
別の声が路地から響いた。
住民役の男性が地面へ座り込み、足を痛めたという設定で動けなくなっている。そのそばでは付き添い役が困った顔をしていた。
救助へ向かおうとした兵士が、担架の置かれた場所を探して右往左往する。
「……あれ? 助ける人が決まってねえのか?」
皇牙が身を乗り出すと、ナイチンゲールがすぐに動いた。
「負傷者役はその場で待機してください。救護担当を二名、こちらへ!」
彼女は救護用品の置かれた場所を示し、兵士たちを呼び寄せた。
「運ぶ前に周囲の安全を確認してください。避難する人の流れを横切らず、こちらの広い道から救護場所へ向かいましょう」
兵士たちは声を掛け合いながら担架を運び、負傷者役を安全な場所へ移動させた。
ナイチンゲールは作業を見守りながら、足元の状態や人員配置を記録していく。
「……なるほど。火を消すことしか考えてなかったら、怪我人を運ぶのも遅れちまうな」
皇牙が呟くと、巴は少しだけ表情を引き締めた。
「戦でも同じでございます。敵を倒すことだけを考えていては、負傷した味方を救えませんから」
「……ああ、そうだよな」
皇牙は広場へ視線を戻した。
訓練は小さな混乱を繰り返しながらも、関羽とナイチンゲールの指示によって進んでいった。
◇
訓練が終わる頃には、参加者たちの額に汗が浮かんでいた。
信長は全員を広場へ集めると、失敗した者を叱る代わりに、何が難しかったのかを尋ねた。
「道が塞がれるとは思っていませんでした」
「水を運ぶ者と避難する者が、同じ通りへ入ってしまいました」
「負傷者を運ぶ担当が決まっておらず、少し混乱しました」
報告を聞いた信長は、満足そうに笑った。
「よし。ならば、今日の訓練は成功だ!」
「……おいおい、結構失敗してなかったか?」
皇牙が尋ねると、信長は胸を張った。
「本番で初めて失敗するより、訓練で失敗した方がよかろう。次に同じことを起こさぬようにすればよい!」
「……なるほどな!」
皇牙は思わず頷いた。
そのとき、勘助が図面を広げた。
「皇牙様。実際に人々を動かしてみたことで、一つ改善したい場所が見つかりました」
「おっ、どこだ?」
「市場の南側でございます。荷車の往来が多く、道が塞がれると迂回しにくい構造になっております」
勘助は二つの建物の間にある細長い土地を指した。
「こちらは現在、建物のない場所です。周囲の利用状況を確認したうえで、裏通りへ抜ける道として整備できれば、避難経路を増やせるかと」
「……おおっ! だったら俺が造るぜ!」
皇牙はすぐに反応した。
「必要な幅と場所を決めてくれれば、《国家創造EX》で一瞬だろ?」
「はい。ただし、普段から荷車が置かれるようでは意味がございません。通路の使い方も、あわせて決めておく必要がございます」
「そこは任せた! 俺は道を造る担当、お前は道を考える担当だな!」
皇牙は満足そうに笑った。
一方、ナイチンゲールも救護体制について提案していた。
「今日の訓練では、負傷者役を運ぶまでに時間がかかりました。今後は、兵士だけでなく希望する住民にも、救護の基本を学んでいただきたいと思います」
「……確かに、兵士がいつも近くにいるとは限らねえもんな」
皇牙は腕を組んだ。
「よし。それも頼む! 必要な場所や道具があれば教えてくれ!」
「承知いたしました」
ナイチンゲールは小さく微笑んだ。
そこで信長が、にやりと笑いながら皇牙へ顔を向けた。
「どうだ、皇牙。貴様の魔法がなくとも、街を守る準備はできるであろう?」
「……ああ。正直、ここまで考えてるとは思わなかったわ」
皇牙は素直に認めた。
「俺がいれば火事を消すのは簡単だ。でも、俺がいないときにどうするかまでは、ちゃんと考えとかなきゃいけねえんだな」
「そういうことだ」
信長は満足そうに頷いた。
皇牙は少し考えたあと、口元を緩めた。
「……ってことは、これからは安心して昼寝できるってことじゃねえか!」
「貴様は結局そこへ戻るのか!」
信長の呆れ声に、周囲から笑いが起こった。
◇
夕方、皇牙は巴とともに市場の裏通りを歩いていた。
勘助が示した場所には、確かに細長い空き地があった。すぐに通路を造ることもできそうだが、隣接する店の荷物置き場や人の往来を確認する必要があるため、今日は位置を見るだけにしている。
「……こういう道って、何となく造ればいいと思ってたけど、ちゃんと考えないと駄目なんだな」
「はい。殿のお力で建物や道路を造ることはできますが、使うのは街の人々でございますから」
巴は穏やかに答えた。
皇牙はしばらく黙って周囲を見渡した。
荒野に最初の城を建てた頃は、住む場所を用意するだけで精いっぱいだった。今では市場ができ、工房が増え、子どもたちが学ぶための校舎まで建っている。
街が大きくなれば、考えるべきことも増える。
だが、それをすべて自分で背負う必要はない。
「……なあ、巴。俺、やっぱり偉人ガチャがあってよかったわ」
「ふふ。どうしてでございますか?」
「だってさ、信長も関羽も勘助もナイチンゲールも、俺じゃ思いつかねえことを考えてくれるだろ? 俺一人で国を造ってたら、絶対こんなに上手くいってねえよ」
巴は少し驚いたように皇牙を見つめ、それから柔らかく微笑んだ。
「皆も、殿だからこそ力を尽くしているのでございますよ」
「……そうか?」
「はい。殿は皆の力を信じ、任せてくださいますから」
皇牙は照れくさそうに頭をかいた。
「……いや、俺は楽したいだけなんだけどな」
「ふふ。存じております」
その返事に、二人は声を上げて笑った。
そこへ、背後から威勢のよい声が響いた。
「皇牙! 次は夜間の訓練も考えておるぞ!」
「……はあ!?」
振り返ると、信長が通りの向こうから手を振っていた。
「夜に火が出ぬとでも思っておるのか!」
「いや、そうだけど! 俺は夜くらいゆっくり寝たいんだよ!」
「ならば、なおさら我らが備えておかねばなるまい!」
信長は豪快に笑い、そのまま歩き去っていった。
皇牙はしばらくその背中を見送り、深々とため息をついた。
「……あいつ、絶対仕事が趣味だろ」
「殿とは正反対でございますね」
「……ぐうの音も出ねえ!」
アストレアの人口は六百六十四人。
市場では防災訓練が行われ、避難路や救護体制の課題が明らかになった。勘助は新たな通路の位置を検討し、関羽とナイチンゲールも次の訓練へ向けて準備を進めることになっている。
ヴァルデン子爵領へ向かった使者はまだ旅の途中であり、パン工房でも新しいパンの試作が続いていた。
国は今日も、少しずつ変わっている。
「……よし! 俺も明日は少し休もう!」
皇牙は満足そうに宣言した。
しかし、巴は楽しそうに笑うばかりだった。
どうやら、その予定が本当に守られるかどうかは、誰にも分からないらしい。
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