第3章 第123話 国主の手紙に便乗するな!? 張良の外交術が冴え渡る!
異世界生活百四十五日目。
「……よし。今日は何もしねえぞ」
神城皇牙は朝食の席で、誰にともなく宣言した。
窓の外では商人の荷車が行き交い、遠くの工房から槌の音が聞こえてくる。城下町は今日も忙しそうだが、だからといって国主まで忙しくする必要はない。
昨日はアストレア学び舎で歴史の特別授業を行った。子どもたちの反応が予想以上に面白く、つい熱弁してしまったせいで、終わる頃には喉がからからになっていた。
好きなこととはいえ、人前で話すのは案外疲れるものである。
「今日はガチャを引いて、飯を食って、昼寝する。これ以上ない完璧な一日だ!」
「殿。まだ一日が始まったばかりでございますよ」
向かいに座る巴御前が微笑む。
「だからこそ、最初に計画を立てるんだよ。予定外の仕事を入れないという、完璧な計画をな!」
「ふふ。うまくいくとよろしいですね」
その含みのある返事が気になったが、皇牙は聞かなかったことにした。
食事を終えると、さっそく《英霊召喚ガチャEX》を開く。
【国家人口:655人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「さあ来い! 俺の代わりに面倒な仕事を片づけてくれる偉人!」
一回目はNの果樹園補助ハルト。二回目はNの仕立て補助リーナだった。
「……よし、最後だ! 虹色を見せてくれ!」
三回目の光は青く染まり、落ち着いた雰囲気の男性が姿を現した。
【R・アーロン】
【職業:文書管理係】
「おおっ、R! しかも文書管理!?」
皇牙は思わず拳を握った。
「最高じゃねえか! 俺の大嫌いな書類仕事を得意とする人材だぞ!」
アーロンは書類の分類や保管、受け渡しの記録に経験があるという。皇牙が城下町の行政について簡単に説明すると、興味深そうに頷いていた。
「ぜひ、お役に立てればと思います」
「おう! でも、来たばっかりだからな。まずは街に慣れてくれよ!」
三人を生活案内の担当者へ引き継ぎ、皇牙は人口表示を確認した。
【国家人口:658人】
【無料召喚:0/3回】
「六百五十八人! いいねえ。俺の理想のスローライフへ、また一歩近づいたな!」
そう言って椅子から立ち上がったところで、扉が叩かれた。
「皇牙様。張良様がお見えです。ヴァルデン子爵領へ送る返書について、出発前にご相談があるとのことです」
皇牙の動きが止まった。
「……なあ、巴」
「はい、殿」
「俺の完璧な計画、何分もった?」
巴は返事をせず、そっと笑った。
◇
執務室では、張良が一通の書簡を机に置いて待っていた。
数日前、隣接するヴァルデン子爵領から正式な交易協議の申し出が届いた。返書の文面は昨日のうちに整え、皇牙も内容を了承している。今日は署名と封印を済ませ、使者を出発させる予定だった。
「……昨日、内容は決まったよな?」
「はい。変更する必要はございません」
張良は穏やかに答えた。
「ただし、出発にあたり、一つ確認しておきたい申し出がございます」
「……申し出?」
「アストレアの商人の一人が、私的な取引の希望を記した書状を、今回の正式な返書に同封していただけないかと」
皇牙は首を傾げた。
「別に、手紙を一緒に運ぶくらいならいいんじゃねえの?」
「運ぶこと自体と、国主の正式な返書に添えることは、意味が異なります」
張良は机の上に二枚の紙を並べた。
「こちらはアストレアからヴァルデン子爵領へ送る正式な返書。こちらは商人個人の希望でございます。二つを同じ封書に入れれば、先方は商人の要望もアストレアの正式な提案だと受け取るかもしれません」
「……ああ、なるほど」
皇牙は紙を見比べた。
正式な返書は、交易について話し合いたいという意思を伝えるものだ。商人個人の希望まで国の約束として扱われてしまえば、後から面倒なことになる。
「じゃあ、その商人が何を頼みたいのか、聞かせてくれよ」
「はい。先方との取引で、布製品を優先的に買い付ける権利を得たいとのことです」
「……ん? それって、ほかの商人が買えなくなるんじゃね?」
「条件によっては、そうなります」
張良は頷いた。
「もちろん、商人が有利な取引を望むこと自体は自然でございます。しかし、それを国の名で後押しするかどうかは別の問題です」
皇牙は椅子の背にもたれ、少し考えた。
商人が利益を求めるのは当然だ。アストレアの商業が発展するなら、それも歓迎したい。
だが、特定の商人だけを国が優遇するとなれば、ほかの商人が不満を抱くかもしれない。何より、自分が知らないうちに国の信用を誰かの商売へ貸してしまうのは、気分がよくなかった。
「……よし。その手紙は一緒に封をするな。商人が自分の名前で送るなら構わねえけど、国の手紙とは分けよう」
「私も、そのように考えておりました」
張良は満足そうに頷いた。
「ただ、申し出を断るだけでは、商人との間に余計な不満が残るかもしれません。本人にも理由をご説明しておこうと思います」
「おう。そこは頼む!」
皇牙は立ち上がりかけた。
しかし、張良はまだ席を離れない。
「皇牙様。もしよろしければ、商人本人のお話もお聞きいただけませんか」
「……えっ。俺が?」
「はい。国主が商人の事情を知っておくことは、今後の交易にも役立つかと」
「……面倒くせえ」
皇牙は正直に呟いた。
それでも、張良が理由もなく仕事を増やす人物ではないことは知っている。
「……分かったよ。短く頼むぞ!」
張良は静かに頭を下げた。
◇
しばらくして執務室へ通されたのは、布製品を扱う商人だった。
年の頃は四十代ほどだろうか。小ぎれいな服を着た男性は、緊張した面持ちで皇牙の前に進み出た。
「皇牙様。お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はいいって。それより、話を聞かせてくれ」
皇牙が椅子を勧めると、商人は少し安心したように腰を下ろした。
「実は私ども、ヴァルデン方面から仕入れている布の量が、最近増えておりまして。今後も安定して仕入れるため、先方と長期の取り決めを結べればと考えております」
「……なるほど。商売を続けるための約束が欲しいわけか」
「はい。ただ、先方の商人に話を持ちかけても、私どものような小さな店では、なかなか信用していただけないこともございまして……」
皇牙は腕を組んだ。
言い分は理解できる。まだ歴史の浅いアストレアでは、ほかの国との取引実績が少ない商人もいるだろう。
「だから、俺の手紙に一緒に入れてほしかったってことか?」
「……はい。国主様の正式な返書とともに届けば、先方にも真剣に受け取っていただけるのではないかと」
商人は申し訳なさそうに頭を下げた。
「決して、ほかの商人を困らせたいわけではございません」
皇牙は少し考え、張良へ視線を向けた。
「……なあ。国の手紙に入れるのが駄目なら、別の方法はねえの?」
「ございます」
張良は待っていたかのように答えた。
「商人個人の取引希望は、本人の名で先方の商人へ届ければよいのです。そのうえで、アストレアとしては交易協議を通じ、双方の商人が安全に取引できる環境を整えてまいります」
「……つまり、国が商売の相手を勝手に決めるんじゃなくて、商人同士で話し合えるようにするってことか」
「そのとおりでございます」
張良は商人へ向き直った。
「今回の返書には同封できませんが、別の封書として届ける方法はございます。宛先や受取人を明確にしたうえで、商人同士の連絡として扱うのがよろしいでしょう」
商人はしばらく黙っていたが、やがて深く頭を下げた。
「……承知いたしました。私の考えが浅かったようです」
「いや、商売を大きくしたいってのは悪いことじゃねえよ」
皇牙は肩をすくめた。
「ただ、俺の名前で約束したことになっちまうのは困るからな。自分の商売は、自分の名前で頑張ってくれ!」
「はい! ありがとうございます!」
商人が退出すると、皇牙は椅子へ深くもたれた。
「……ふう。意外と話が長くなったな」
「ですが、よい確認になりました」
張良は書簡を整えながら答えた。
「国の信用は、簡単に貸し借りできるものではございません。今回のような小さな判断の積み重ねが、今後の外交を支えることになります」
「……信用、か」
皇牙は机の上の正式な返書を見つめた。
城も道路も、必要なら一瞬で造れる。だが、信用というものは、どうやらそう簡単には造れないらしい。
「……面倒くせえけど、大事なんだな」
「はい」
張良は静かに頷いた。
「だからこそ、私たちが慎重に扱ってまいります」
皇牙は思わず笑った。
「……よし! そういう難しいことは、全部お前に任せる!」
◇
午後、西門の外では、ヴァルデン子爵領へ向かう使者の準備が整っていた。
馬車には道中の食料や必要な荷物が積まれ、護衛も出発前の確認を終えている。使者は正式な返書を携え、子爵領の指定された連絡先へ届ける予定だった。
張良は書簡の封印を確かめ、使者へ手渡した。
「こちらが正式な返書でございます。受取人へ直接お渡しし、受領の確認をお願いいたします」
「承知いたしました」
使者が頭を下げる。
その横では、別の担当者が商人個人の封書を確認していた。正式な外交文書とは分けられ、それぞれの宛先と差出人が記録されている。
「……なるほど。こうやって分けとけば、誰の手紙か分からなくならねえな」
皇牙が感心すると、張良は頷いた。
「はい。先方へ誤解を与えないことも、外交では大切でございます」
すると、少し離れた場所からコルベールとイブン・バットゥータが近づいてきた。
「皇牙様。交易協議に向けた準備について、私からもご報告がございます」
「おっ、何か決まったのか?」
コルベールは手元の書類を開いた。
「正式な共同倉庫の運用について、商人たちから意見を集めております。地元の商人と遠方の商隊が利用できるよう、利用予定の確認と当日の空き状況を組み合わせる案です」
「おお、いいじゃん!」
「ただし、細かな利用料や保管期間については、まだ調整が必要でございます」
「そこは任せた!」
皇牙が即答すると、イブンが愉快そうに笑った。
「旅商人にとって、荷物を安心して預けられる場所があるのは大きな魅力です。アストレアが交易の拠点として知られるようになれば、訪れる商隊も増えるでしょう」
「……へへっ。そうなったら、もっと美味いものが入ってくるかもしれねえな!」
「もちろんです。遠方の香辛料や珍しい食材が届くこともあるでしょうな」
「マジか!」
皇牙の目が輝いた。
交易の細かな条件は面倒だが、美味しい料理につながるなら話は別である。
「……よし! 張良、コルベール、イブン! うちの国が商売しやすくなるよう、よろしく頼むぜ!」
三人はそれぞれ頷いた。
やがて使者が馬車へ乗り込み、出発の準備が整う。
皇牙は片手を上げた。
「道中、気をつけてな! 無理せず、安全第一で行ってこい!」
「ありがとうございます、皇牙様!」
馬車はゆっくりと動き出し、西の街道へ進んでいった。
車輪の音が遠ざかるのを見送りながら、皇牙は小さく息を吐いた。
かつては四人しかいなかったアストレアが、今では隣の貴族領へ正式な書簡を送るまでになっている。
自分はただ楽をしたかっただけなのに、いつの間にか本当に国を治める立場になってしまったらしい。
「……なんか、こういうの見ると国っぽいよな」
「はい。殿がお造りになった国が、少しずつ外の世界ともつながり始めております」
巴の言葉に、皇牙は照れくさそうに笑った。
「……まあ、俺は外交なんて面倒だから、できれば全部任せたいけどな!」
「ふふ。それでも、今日のように大切な判断はなさってくださいますでしょう?」
「……そりゃ、必要ならな」
皇牙は肩をすくめた。
国の信用を守ることが、住民たちの暮らしを守ることにつながるのなら、多少の仕事は仕方ない。
もっとも、それを認めたところで、毎日働くつもりはなかった。
◇
夕暮れの城館へ戻った皇牙は、ようやく念願の休息を手に入れていた。
椅子へ深く腰掛け、厨房から届けられた焼き菓子を頬張る。窓の外では、城下町の灯りが一つずつともり始めていた。
「……あー、最高。やっぱ仕事のあとのおやつは格別だな!」
「殿。今日は大切なお話もございましたね」
巴がお茶を注ぎながら言った。
「おう。まさか、手紙を一緒に送るだけであんなに考えることがあるとはなあ」
皇牙は苦笑した。
自分なら、書類をまとめて一つの封筒に入れてしまったかもしれない。だが、張良はそれが相手にどう受け取られるかまで考えていた。
「……やっぱ、張良ってすげえよな」
「はい。いつも先のことまでお考えになっておられます」
「俺だったら、面倒だから全部まとめて送っちまいそうだわ!」
皇牙が笑うと、巴も小さく微笑んだ。
アストレアの人口は六百五十八人。
ヴァルデン子爵領への正式な返書は、使者とともに西の街道へ旅立った。商人たちの私的な取引希望は国の文書とは分けられ、共同倉庫の運用規則も、担当者たちによって少しずつ形になり始めている。
相手からどのような返事が届くのかは、まだ分からない。
それでも、今日一つだけはっきりしたことがあった。
アストレアという国の名前は、これから多くの人々の商売や暮らしに関わっていく。その名前をどう使うのかは、案外大事なことらしい。
「……よし。これからも、難しいことは張良に任せよう!」
「ふふ。それが本日の結論でございますか?」
「当たり前だろ! 俺は優秀な奴らに仕事を任せて、悠々自適に暮らすために国を造ったんだからな!」
皇牙は自信満々に笑った。
そして、残っていた焼き菓子へ手を伸ばす。
「……あっ、そうだ。明日の朝飯、ちょっと豪華にできねえかな?」
「殿。明日も何かのお祝いでございますか?」
「いや、特に理由はねえけど。美味いものを食べるのに理由なんかいらねえだろ!」
巴は声を立てて笑った。
国の外では、新しい交易関係へ向けた一通の書簡が運ばれている。
その一方で、国主本人は明日の朝食のことを真剣に考えていた。
相変わらず仕事嫌いで、食いしん坊で、ガチャが大好きな男。
そんな皇牙の国づくりは、今日も少しだけ前へ進んだ。
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