第3章 第122話 俺が歴史の先生!? 本物の偉人たちと特別授業!
異世界生活百四十四日目。
「……おかしい。俺、歴史の話をするだけのはずだよな?」
朝食前の城館で、神城皇牙は机に広げた紙を眺めながら頭を抱えていた。
昨日、アストレア学び舎で行う特別授業の内容を決めたところまではよかった。ところが、好きな歴史について考え始めた途端、筆が止まらなくなったのである。
源平合戦、三国志、古代ローマ。さらにナポレオンの戦術や織田信長の改革まで書き加え、気づけば紙が何枚にも増えていた。
「……これ、全部話したら何時間かかるんだ?」
「殿。子どもたちのお昼のお時間を過ぎてしまうかもしれませんね」
隣で紙を揃えていた巴御前が、困ったように微笑んだ。
「いや、でもさ! せっかく本物の歴史上の人物がいるんだぜ? 普通の授業じゃ絶対に聞けねえ話をしてやりたいじゃん!」
「それでしたら、私のお話も一つだけにいたしましょう。あまり長くなっては、子どもたちも疲れてしまいます」
「……くっ、正論!」
皇牙は惜しそうに三国志の紙を脇へ寄せた。
今日の授業は正式開校前の特別な体験授業であり、時間も長くない。すでにエレナと二宮尊徳が進行を整えてくれている。自分が好き勝手に話してよいわけではなかった。
「よし。難しい戦術の話は封印だ。……でも、ちょっとくらいならいいよな?」
「ふふ。それはエレナ殿にお尋ねくださいませ」
「……先生って厳しいなあ」
そうぼやきながら、皇牙は日課の《英霊召喚ガチャEX》を開いた。
【国家人口:652人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「さあ来い! 今日の特別授業に参加できそうな歴史上の大物!」
一回目はNの洗濯補助エルゼ。二回目はNの木材運搬補助ロルフ。そして三回目はNの製粉補助ヨハンだった。
「……N三連続かあ。虹色の演出、最近見てねえ気がするな」
それでも皇牙は三人を歓迎し、それぞれの経験を聞いてから生活案内の担当者へ引き継いだ。製粉の経験があるヨハンは、街の製粉所について興味深そうに質問していた。
【国家人口:655人】
【無料召喚:0/3回】
「六百五十五人……。最初は俺を入れて四人だったのにな」
窓の外では、商人が店先に品物を並べ、職人たちが仕事場へ向かっている。
あの荒野で城を建てたときには、こんな朝が来るとは思っていなかった。
「……よし。俺が失敗しまくった話も、今日はしてやるか!」
「それはきっと、子どもたちにも喜ばれると思います」
「ただし、格好悪いところは少し盛って格好よくする!」
「殿。それでは失敗談になりませんよ」
巴に笑われ、皇牙もつられて笑った。
◇
学び舎に到着すると、入口の前には何人かの子どもと保護者が集まっていた。
校舎は完成しているものの、机や椅子はまだ揃えられていない。教科書や時間割も準備中で、本格的な授業は始まっていなかった。今日は希望者を集めた、短い特別授業である。
「皇牙様ー!」
真っ先に駆けてきたのは九歳のミアだった。
「おう、ミア! 今日も元気だな!」
「うん! 昔の人のお話、いっぱい聞きたい!」
「任せろ! 源平合戦って知ってるか? 平家と源氏が――」
「皇牙様」
背後から穏やかな声がした。
振り返ると、エレナが授業用の紙を抱えて立っていた。
「お話は、教室へ入ってからお願いいたします」
「……はい」
思わず素直に返事をした皇牙に、ミアが声を上げて笑う。
その少し後ろには、十一歳のトビアスと十歳のニルもいた。
「皇牙様、俺は途中までしかいられないんだ」
トビアスが申し訳なさそうに言った。
「父ちゃんの荷車を直す手伝いがあるから。昼前には戻らないと」
「そっか。だったら途中で抜けていいぞ。今日の話は、また別の日にも聞けるようにしてもらうからさ」
皇牙が答えると、そばにいた二宮尊徳も頷いた。
「家の仕事を手伝う子どもたちが、学ぶ機会を失わないようにしたいと考えております。正式開校までに、短い時間でも参加できる方法を整えましょう」
「おう。そのへんは頼んだぜ!」
皇牙はトビアスの肩を軽く叩いた。
「今日は聞けるところだけ楽しんでけ!」
「うん!」
一方、ニルは巴の姿を見つけるなり、目を輝かせていた。
「巴様! 今日は強い武将の話をしてくれるんだよね!?」
「ええ。ただし、強さについてのお話は、少し想像と違うかもしれませんよ」
「えっ?」
首を傾げるニルを見て、皇牙はにやりと笑った。
「くくく……今日は本物の武将の秘密を聞けるぞ!」
その言葉に、子どもたちは一斉に教室へ駆け込んでいった。
◇
教室の前に立った皇牙は、集まった子どもたちの顔を見渡した。
長椅子に座る子、木製の小さな机へ身を乗り出す子、保護者の隣で緊張している子。全員がこちらを見つめている。
普段は大勢の家臣を前にしても平気なのに、なぜか今日は少し落ち着かなかった。
「……えー、今日は歴史の話をする! まず、お前らに質問だ!」
皇牙は板に大きな文字を書いた。
『強い人は、最初から強かったのか?』
「どう思う?」
最初に手を上げたのは、予想どおりニルだった。
「強い人は、最初から強かったと思う!」
「ほう。何でだ?」
「だって、巴様はすごく強いもん!」
「なるほど! じゃあ、その巴本人に聞いてみよう!」
皇牙が振り返ると、巴は苦笑しながら子どもたちの前へ進んだ。
「私も、最初から強かったわけではございません」
「ええっ!?」
ニルが思わず立ち上がった。
巴はその反応を見て、少し懐かしそうに目を細めた。
「若い頃、年長の方と木刀で稽古をしたことがございます。私は力に自信がありましたので、思いきり打ち込めば勝てると思っておりました」
巴は両手で木刀を握る仕草をしてみせた。
「ところが、相手は私の攻撃を難なくかわし、足元を崩したのです。私は勢い余って地面へ転び、泥だらけになってしまいました」
教室に笑い声が広がった。
「巴様でも転んだの!?」
「ええ。それも、何度も」
巴が笑って答えると、ニルは信じられないものを見るような顔をした。
「ですが、そのとき教わったのです。相手を倒すことばかり考えていては、自分の足元も、周りの仲間も見えなくなると」
「……なるほどな!」
皇牙は思わず身を乗り出した。
「源平の戦いでも、武勇だけじゃなく周囲を見る力が重要だったわけだ! 特に騎馬武者同士の戦いでは――」
「皇牙様」
エレナの声で、皇牙はぴたりと口を閉じた。
「……あっ。今の、難しかったか?」
子どもたちの何人かが頷いた。
「……すまん、つい熱くなった!」
教室に笑いが起こる。
しかし、ニルだけは真剣な表情で巴を見つめていた。
「……じゃあ、俺もいっぱい稽古すれば、巴様みたいになれる?」
「稽古は大切でございます。ただ、強くなって何をしたいのかも、忘れないでくださいね」
「……何をしたいか?」
「ええ。誰かを傷つけるためではなく、大切な人を守るために力を使えたなら、私は嬉しく思います」
ニルはしばらく考えたあと、小さく頷いた。
「……うん。俺、みんなを守れるくらい強くなりたい!」
皇牙は嬉しそうに笑った。
「いいじゃん! じゃあ、まずは転んでも立ち上がるところからだな!」
「転ばないように頑張るよ!」
再び教室が笑いに包まれた。
その空気が落ち着いたところで、二宮尊徳が前へ進んだ。
「では、今度は私から、村を立て直したときのお話をいたしましょう」
◇
尊徳は板に、小さな畑と家の絵を描いた。
「私が立て直しに関わった村の中には、田畑が荒れ、暮らしに困っている人々が大勢おりました。働く人手も足りず、作物を育てる道具すら十分ではなかったのです」
ミアが心配そうに眉を寄せた。
「……ご飯も食べられなかったの?」
「苦しい暮らしをしていた人もおりました。そこで私は、いきなり大きなことを始めるのではなく、何ができるのかを一つずつ考えました」
尊徳は畑の絵に小さな線を書き足した。
「荒れた田畑を整え、収穫を増やし、少しずつ蓄えを作る。そして、困っている人を助けられる仕組みを整えていったのです」
「……すげえ!」
皇牙は感心したように声を漏らした。
「俺だったら、いきなりでっかい農地を造って終わりにしちまいそうだな」
「皇牙様のお力は素晴らしいものでございます。しかし、畑を造るだけでは作物は育ちません。種をまき、水を与え、毎日世話をする人々が必要です」
「……ああ。最初の頃、俺もそれで苦労したわ」
皇牙は苦笑した。
荒野に農地を造ったばかりの頃、建物も土地も立派なのに、実際に働く人や道具が足りなかった。あのとき農民と職人に教えられたことは、今でも覚えている。
「……つまりさ、歴史に名前を残した人が一人で全部やったわけじゃねえんだよな!」
「そのとおりです」
尊徳が頷く。
「村の人々がそれぞれ力を出し合ったからこそ、暮らしを立て直すことができたのです」
すると、ミアが勢いよく手を上げた。
「じゃあ、私がお店でお手伝いするのも、大事な仕事?」
「もちろんだ!」
皇牙は即答した。
「お前が商品を並べたり、お客さんに場所を教えたりするのも、誰かの役に立ってるだろ?」
ミアは嬉しそうに頷いた。
「うん! でも、もっと字が読めたら、お客さんにいろんなことを教えられると思う!」
「おおっ! いい目標じゃん!」
皇牙は感心した。
すると、今度はトビアスが手を上げた。
「……皇牙様。俺、父ちゃんの仕事を手伝ってるけど、長さを測るのが苦手なんだ」
「長さ?」
「うん。荷車の部品を直すとき、ちゃんと測らないと合わなくなるんだ。でも、数字を間違えちゃうことがあって……」
皇牙は少し考え、尊徳へ顔を向けた。
「……なあ、尊徳。そういうのも学び舎で教えられるか?」
「もちろんでございます。数を数えることも、長さを測ることも、暮らしに役立つ大切な学びです」
尊徳はトビアスへ微笑んだ。
「もしよろしければ、今度、荷車の部品を測る練習をしてみましょうか」
「本当!?」
「はい。お父上にもご相談して、仕事に役立つ形を考えましょう」
トビアスの顔がぱっと明るくなった。
その様子を見ていた皇牙は、ふと気づいた。
歴史の話をしているはずなのに、いつの間にか子どもたちは、自分たちの未来について話し始めていた。
それが、思っていた以上に嬉しかった。
◇
授業の終わりが近づいた頃、ミアが突然、皇牙へ質問した。
「ねえ、皇牙様。皇牙様は、何でそんなにすごい人をいっぱい知ってるの?」
「……ん?」
「巴様も、尊徳様も、レオナルド様も。どうして昔の人のお話をそんなに知ってるの?」
皇牙は一瞬、言葉に詰まった。
前世では歴史系の学部で学び、暇さえあれば本を読んでいた。だが、その理由を子どもへ説明するのは、意外と難しい。
「……好きだったから、かな」
「好き?」
「おう。昔の人間が何を考えて、どうやって生きてたのか知るのが面白かったんだよ。今とは全然違う時代なのに、俺らと同じように悩んだり、笑ったり、失敗したりしてたんだぜ?」
皇牙はそう言ってから、隣の巴を見た。
「……まあ、まさか本物に会えるとは思ってなかったけどな!」
巴が静かに笑う。
そのとき、ニルが首を傾げた。
「じゃあ、皇牙様が今してることも、いつか歴史になるの?」
「…………は?」
皇牙は完全に固まった。
「だって、皇牙様がこの国を造ったんでしょ? ずっと後の人が、皇牙様のお話を聞くかもしれないじゃん!」
教室が静かになった。
皇牙はしばらく考えたあと、頭をかいた。
「……いや、俺なんて、毎日ガチャ引いて昼寝したいだけの奴だぞ?」
「でも、お城も学び舎も造ってくれたよ!」
ミアが笑う。
「それに、みんなが困ったとき助けてくれる!」
ニルも続けた。
皇牙は返す言葉を失った。
別に偉人になりたいわけじゃない。誰かに尊敬されるために国を造ったわけでもない。ただ楽をして、好きなものに囲まれて暮らしたかっただけだ。
それなのに、目の前の子どもたちは、そんな自分をまっすぐに見つめている。
「……参ったなあ」
皇牙は照れ隠しに笑った。
「じゃあ、もし将来俺の話が歴史の本に載るなら、ちゃんと書いといてくれよ。『仕事は嫌いだったけど、ガチャは大好きだった』ってな!」
教室中が笑いに包まれた。
巴も笑っていたが、その眼差しはどこか温かかった。
皇牙は最後に、板へ書いた最初の質問を指した。
「……今日の答えは、一つじゃなくていい。強い人が最初から強かったのか、誰かを助けるには何が必要なのか。家に帰ってからも、ちょっと考えてみてくれ!」
子どもたちは元気よく返事をした。
授業が終わると、トビアスは父親との約束の時間に間に合うよう、先に校舎を出ていった。ミアは覚えたい文字をエレナへ尋ね、ニルは巴へ次の稽古について質問している。
三人とも、同じ話を聞いていたはずなのに、持ち帰ったものは少しずつ違っていた。
◇
子どもたちが帰ったあと、皇牙は教室の長椅子へ深く腰を下ろした。
「……はあ。疲れたあああ!」
エレナが笑いながら水を差し出す。
「お疲れさまでした。子どもたち、とても楽しそうでしたよ」
「そりゃよかった。途中から俺も楽しくなっちまってさ。用意した話、ほとんど使わなかったけどな!」
「それでよろしいのです。今日のように、子どもたちの疑問から学びを広げることも大切ですから」
尊徳も頷いた。
「トビアスのように、家の仕事と学びを両立したい子もおります。正式開校までに、時間割や教材を工夫してまいりましょう」
「おう! そこは任せた。俺は毎日の先生なんて絶対無理だからな!」
皇牙は慌てて付け加えた。
その帰り道、校舎の入口では看板職人オスカーが新しい案内板を取り付けていた。以前ミアが考えた、本と丸印を組み合わせた図案が描かれている。
「おっ、完成したのか!」
「はい。文字が読めない子にも、ここが学び舎だと分かるようにしました」
皇牙は看板を見上げ、満足そうに頷いた。
校舎はできた。案内板もできた。机や教材はまだ足りないが、少しずつ準備は進んでいる。
「……へへっ。いい学校になりそうじゃねえか」
「はい。きっと、多くの子どもたちがここで学ぶことになるのでしょうね」
巴の言葉に、皇牙は少しだけ遠くを見た。
いつか、今日の子どもたちが大人になる。その頃には、この街も今とは違う姿になっているのだろう。
そんな未来を想像するのは、意外と悪くなかった。
「……なあ、巴。お前の昔話、また聞かせてくれよ」
「もちろんでございます。ですが、次は殿も、昔のお話を聞かせてくださいませ」
「俺の? 大学で歴史の本読んで、ゲームして、ガチャ回してた話くらいしかねえぞ?」
「ふふ。それでも、私には知らないお話ばかりでございますから」
皇牙は少し驚いたあと、楽しそうに笑った。
「……そっか。じゃあ、今度ゆっくり話すか!」
アストレアの人口は六百五十五人。
学び舎はまだ正式開校前だが、今日の教室では、子どもたちがそれぞれ新しい目標を見つけていた。
そして、楽をしたくて国を造った皇牙もまた、誰かに何かを伝える面白さを知った。
「……まあ、歴史の話なら何回でもしてやるけどな! 書類仕事だけは勘弁だ!」
巴の笑い声が、夕暮れの街道に柔らかく響いた。
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