第3章 第121話 天才ダ・ヴィンチの模型実験! 俺の倉庫計画が進化する!
異世界生活百四十三日目。
「……なあ、巴。国主って、自分で休日を決めてもいいんだよな?」
神城皇牙は朝食を終えると、城館の窓から城下町を見下ろしながら尋ねた。
昨日の雨が嘘のように空は晴れ渡り、街道を行き交う荷車の音が遠くから聞こえてくる。西門では商隊の荷物を守るために臨時の屋根付き施設を造ったが、幸い怪我人も出ず、混乱は収まった。
だからこそ、今日は何もせずに過ごしたかった。
「もちろん、殿がお休みになることはできます。ただ、皆さんから急ぎのご相談があれば、私がお伝えいたします」
「……それって結局、休めねえってことじゃね?」
巴御前は口元を押さえて笑った。
「急ぎのお話がなければ、ゆっくりお過ごしいただけますよ」
「よし! その言葉を信じるぜ!」
皇牙は椅子から立ち上がり、いつもの画面を呼び出した。
何より先に、毎朝の無料ガチャである。
【国家人口:649人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「今日は六百五十人突破の日だな! せっかくだから、とんでもねえ大物を引いてやる!」
一回目はNの革細工補助エミール。二回目はNのパン製造補助クララだった。
「頼むぞ、最後の一回! 虹色、虹色、虹色!」
召喚の光が青く染まり、一人の男性が姿を現す。
【R・ゲオルク】
【職業:道路整備職人】
「おっ、R! 道路整備職人か!」
ゲオルクは石畳の敷設や道路の補修、排水溝の維持管理を得意としているという。昨日召喚された測量技師クラウスに続き、街づくりに役立ちそうな人材だった。
「いいねえ! アストレアも道路が増えてきたし、助かるぜ!」
皇牙は三人を歓迎し、生活案内の担当者へ引き継いだ。仕事については、それぞれの希望を確認してから紹介してもらう。
【国家人口:652人】
【無料召喚:0/3回】
「よっしゃ! 六百五十人突破!」
皇牙は拳を突き上げた。
「巴! 今日は記念に豪華な晩飯を頼もうぜ!」
「ふふ。厨房の皆さんに相談してみましょう」
「よし! これで今日の重大任務は完了だ!」
満足して椅子へ座ろうとしたところで、扉が叩かれた。
「皇牙様。レオナルド様とフェリクス様が、西門の件でご相談にいらしております」
「……えっ。昨日の問題、もう終わったんじゃなかったのか?」
皇牙が振り返ると、巴は申し訳なさそうに微笑んだ。
「どうやら、急ぎのお話があったようでございますね」
「……俺の休日、短すぎねえ?」
ぼやきながらも、皇牙は立ち上がった。
西門の臨時荷置き場は、自分が造ったものだ。そこで問題が見つかったのなら、少しくらい話を聞く必要はあるだろう。
ただし、書類仕事だけは絶対に引き受けないつもりだった。
◇
西門の外へ到着した皇牙は、泥の残る地面を見て眉をひそめた。
昨日造った臨時の屋根付き施設は無事だった。屋根から落ちる雨水も、建設時に確認した既存の排水溝へ流れており、施設の床には大きな水たまりもない。
ところが、施設へ続く未整備の道には、荷車の車輪が残した深い轍が何本も走っていた。その一部に雨水がたまり、ぬかるみになっている。
「……なるほど。屋根の下じゃなくて、外の道か」
「はい。昨日は普段より多くの荷車が行き来しましたので、柔らかい地面が傷んでしまったようです」
フェリクスは足元の轍を指した。
「昨日の排水設備は正常に働いております。ただ、この道はまだ正式に整備しておりませんでした。荷車の通行量が増えると、こうした問題が起こるようです」
「だったら石畳にすりゃいいじゃねえか。俺なら一瞬だぞ?」
「それも必要でしょう。しかし、正式な共同倉庫を建てる位置によっては、荷車の通る道も変わります」
声をかけてきたのは、測量技師のクラウスだった。
昨日召喚されたばかりだが、今朝、本人が希望して調査に参加することになったらしい。彼の手には、目印を付けた簡単な測量図があった。
「皇牙様。こちらをご覧ください」
クラウスは図面を広げた。
「臨時施設の排水は問題ありません。しかし、共同倉庫の候補地には、周囲よりわずかに低い場所があります。今は空き地なので目立ちませんが、建物を増やすと雨水が集まりやすくなる可能性があります」
「……えっ。じゃあ、でっかい倉庫を造ったら水浸しになるのか?」
「必ずそうなるとは限りません。ただ、今の配置のまま建設するより、位置と道路の形を見直した方が安全です」
皇牙は図面を覗き込み、腕を組んだ。
建物なら何度でも造り直せる。だが、完成した倉庫を使い始めてから移動させるとなれば、商人たちの荷物も、そこで働く人々の仕事も動かさなければならない。
「……なるほどな。先に気づいてくれて助かったぜ!」
その言葉に、クラウスは少し照れたように頭を下げた。
「お役に立てたのでしたら何よりです」
「いやいや、めちゃくちゃ役立ってるって!」
皇牙が笑うと、そばで図面を眺めていたレオナルド・ダ・ヴィンチが顔を上げた。
「では、ここからは私の出番だね」
「おっ! 何か思いついたのか?」
「少し試してみたいことがあるんだ」
レオナルドの足元には、布をかぶせた大きな木箱が置かれていた。
彼が布を取り払うと、中から小さな街のようなものが現れた。
「……おおおっ!?」
皇牙は思わず身を乗り出した。
木箱の中には、西門の街道、臨時の荷置き場、正式な倉庫の候補地が再現されていた。建物は木片、道は薄い板で作られ、地面の高低差も小さな段差で表現されている。
「すげえ! これ、街の模型じゃねえか!」
「そうとも。クラウス殿の測量結果を参考に、工房の職人たちにも手伝ってもらったんだ」
「いつの間にこんなの造ったんだよ!」
「昨日の夜から少しずつね。気になってしまって、つい夢中になった」
皇牙は呆れたように笑った。
「……俺も人のこと言えねえけど、お前も相当な凝り性だな!」
レオナルドは楽しそうに頷き、模型の脇に置いた小さな容器を持ち上げた。
「まずは、現在の地形で水がどう流れるか確かめよう」
容器から流れた水は、模型の道路脇を伝い、低い場所へ集まっていく。やがて一部があふれ、倉庫の建設予定地を濡らした。
「……うわ。本当に水が集まった!」
「では、倉庫を少し高い場所へ移したらどうなるかな?」
レオナルドが木片を動かし、模型の道路を組み替える。再び水を流すと、今度は倉庫の周囲を避けるように水が進んだ。
「おおっ! 今度は大丈夫そうだな!」
「ところが、そう簡単でもないんだ」
レオナルドは別の容器を取り出し、先ほどより多くの水を流した。
すると、道路の曲がり角に水がたまり、少しずつ外へあふれ始めた。
「……あれっ!?」
「倉庫の位置だけを変えても、道路の排水が不十分なら同じことが起こる。しかも、この曲がり角では大きな荷車が通りにくくなるだろう」
皇牙は模型をじっと見つめた。
建物が濡れなければいいと思っていたが、それだけでは足りない。商人たちが安全に荷物を運べなければ、倉庫としての意味がないのだ。
「……じゃあ、倉庫と道路と排水溝を、まとめて考える必要があるってことか!」
「そのとおり!」
レオナルドは嬉しそうに笑った。
「クラウス殿の測量結果を使って、もう一つ案を考えてみよう」
彼は模型の道路を緩やかな曲線に変更し、脇に小さな排水溝を設けた。さらに、荷車が横切る部分には、水が下を通れる石造りの通水路を再現する。
ただし、溝を深くしすぎれば掃除が難しくなる。
そこでレオナルドは、蓋を取り外せる構造を提案した。
「ここなら泥がたまっても掃除できる。道路を壊さずに手入れできるようにしておけば、長く使えるはずだ」
「……おおっ! それめちゃくちゃ便利じゃねえか!」
皇牙は思わず拳を握った。
模型に水を流すと、今度は道路脇の溝を通り、出口へ向かって滑らかに流れていく。
もちろん模型だけで安全が保証されるわけではない。それでも、複数の案を比べることで、建設前に問題を見つけられるのは大きかった。
「……レオナルド、お前やっぱ天才だわ!」
「ははは。褒めてくれるのは嬉しいけれど、今回はクラウス殿の測量があってこそだよ」
その言葉に、クラウスが驚いたように顔を上げた。
「私のような者の仕事が、これほど役立つとは……」
「何言ってんだ。測ってくれる奴がいなかったら、俺なんて適当に建物を造ってたぞ!」
皇牙は笑いながら肩を叩いた。
クラウスも、ようやく安心したように笑った。
◇
午後になると、コルベールとイブン・バットゥータも模型を囲んだ。
「なるほど。倉庫の位置を少し変えるだけでなく、入口と出口を分けるわけですね」
コルベールが図面を見ながら呟いた。
「遠方から来る商隊にとってはありがたいことですな。大きな荷車ほど、狭い場所で向きを変えるのは難しいものです」
イブンも頷いた。
正式な共同倉庫では、荷物の受付と保管区画を設ける予定だった。今回の配置なら、入口側で荷物を受け付け、反対側から搬出できる。荷車同士が向き合う場面も減らせそうだ。
「……よし! じゃあ、この案で建てちまおうぜ!」
皇牙が張り切ると、コルベールは穏やかに首を振った。
「正式な倉庫の管理規則は、もう少し確認が必要です。ですが、建設位置と道路の基本的な形は、これで決められるでしょう」
「……やっぱ、全部完成するのはもう少し先か」
「はい。ただ、必要なことが具体的になってきました。昨日の臨時施設も、今後は急な商隊の到着に対応する場所として活用できます」
「そっか。なら無駄じゃねえな!」
皇牙は満足そうに頷いた。
そのとき、道路整備の担当者に案内されてゲオルクがやって来た。今朝召喚されたばかりだが、本人が仕事場を見たいと希望したらしい。
「皇牙様。こちらで道路の改修を計画されていると伺いました」
「おう! ちょうどいいところに来たな!」
皇牙は模型を指し示した。
「これから道路を造り直すんだけど、手入れしやすい排水溝にしたいんだ。何か気になるところあるか?」
ゲオルクは模型をしばらく眺め、蓋の部分へ目を向けた。
「この構造なら掃除はしやすそうです。ただ、石の蓋が重すぎると、作業する者が苦労するかもしれません」
「……あっ、確かに!」
「数人で安全に持ち上げられる大きさに分けていただければ、維持管理もしやすくなると思います」
レオナルドが目を輝かせた。
「なるほど! 実際に手入れする人の意見は大切だね」
「よし! じゃあ、その案も入れよう!」
皇牙は図面を受け取り、クラウスとフェリクスが排水先を確認するのを待った。
既存の排水路へ無理なく水を流せること、周囲の農地や住居へ水が向かわないことを確かめてから、必要な範囲だけを整備する。
「……よっしゃ! 《国家創造EX》!」
光が地面を包み、ぬかるんだ道の一部が石畳へ変わった。道路脇には浅い排水溝が設けられ、荷車の通路を横切る場所には石造りの通水路が現れる。
取り外し可能な蓋も、ゲオルクの意見を取り入れ、管理しやすい大きさに分けておいた。
「……完成!」
皇牙は得意げに胸を張った。
続けて水魔法を使い、少しずつ水を流して確認する。水は道路脇の溝を通り、既存の排水路へ向かっていった。
「おおっ! ちゃんと流れてる!」
レオナルドは水の動きを注意深く観察し、クラウスは地面に水がたまる場所がないか確認した。
「今の水量では問題なさそうだね。ただ、大雨の日にも様子を見たい」
「おう! 何かあったらまた直せばいいしな!」
その横では、フェリクスが荷車を一台通していた。車輪は泥にはまらず、滑らかに石畳を進んでいく。
「以前より通りやすくなりました。正式な倉庫の入口も、この形を参考にできそうです」
「よし! これで一歩前進だな!」
皇牙は満足そうに笑った。
建物を一瞬で造ることはできても、どうすれば人々が使いやすいかは、実際に考えてくれる者たちが必要なのだ。
そして、その知恵が集まれば、自分の能力はもっと役立つものになる。
「……やっぱ、偉人ガチャ最高だわ!」
巴はその隣で、楽しそうに微笑んでいた。
◇
夕方、城館へ戻った皇牙を待っていたのは、張良だった。
「皇牙様。ヴァルデン子爵領への返書がまとまりました」
「おっ、ようやくか!」
皇牙は書簡を受け取り、椅子へ腰を下ろした。
先日、ヴァルデン子爵領から正式な交易協議の申し出が届いていた。張良が外交面を、コルベールが交易条件を確認し、返答を整えていたのである。
「先方の提案を歓迎しつつ、協議する場所と参加者について、こちらの希望を記しております」
張良は落ち着いた声で説明した。
「また、交易条件は今後の協議で決めるものとし、現段階では独占的な権利を認めておりません」
「……なるほど。いきなり全部約束したら面倒だもんな」
「はい。まずは互いの希望を確認することが大切かと」
皇牙は書簡に目を通し、頷いた。
「よし。これでいこう! 商売で仲良くなれるなら、それが一番だからな」
「承知いたしました。では、正式に発送する手配を進めます」
「おう! 頼んだ!」
張良が退出すると、皇牙は大きく伸びをした。
「……ふう。今日は結構働いた気がするな」
「殿。西門の皆さんも、改修を喜んでおられましたよ」
巴が差し出したお茶を受け取り、皇牙は窓の外を見つめた。
西門の共同倉庫はまだ完成していない。それでも、今日は建設位置と道路の基本的な形が決まり、今後の計画を進めるための大切な一歩になった。
「……まあ、俺が造るだけなら一瞬だしな。問題は、その前に考えることが山ほどあるってことか」
「はい。ですが、殿には頼もしい方々が大勢おられます」
「へへっ。そこが俺の最大の強みだな!」
皇牙は笑いながらお茶を飲んだ。
ふと、机の上に置かれた紙が目に入る。
昨日、子どもたちへの歴史の話を考えていたときに書いたものだった。
『強い人は、最初から何でもできたのか?』
「……あっ! そうだ、歴史の授業!」
皇牙は慌てて紙を取り上げた。
「今日のレオナルドとクラウスの話、ちょうどいい例になるかもしれねえな!」
「と申しますと?」
「どんなにすごい奴だって、一人で何でもできるわけじゃないってことだよ。レオナルドだって、クラウスの測量がなきゃ正しい図面は描けなかっただろ?」
巴は少し驚いたように目を見開いたあと、柔らかく微笑んだ。
「……なるほど。それは子どもたちにも伝わりやすいお話かもしれませんね」
「だろ! 歴史上の偉人だって、一人で全部成し遂げたわけじゃねえ。周りの人間がいたからこそ、大きなことができたんだ!」
皇牙は夢中になって話しながら、紙へ新しい文章を書き加えた。
かつての自分なら、歴史上の人物がどれほど強かったか、どれほど偉大な功績を残したかを話そうとしていただろう。
だが今は、少し違う。
アストレアで暮らす人々と接するうちに、偉人を支える者たちの存在にも目を向けるようになっていた。
「……よし! 今度エレナに相談してみるか!」
皇牙は満足そうに紙を置いた。
アストレアの人口は六百五十二人。
西門の道路は改修され、共同倉庫の計画も一歩進んだ。ヴァルデン子爵領への返書もまとまり、交易の未来が少しずつ形になり始めている。
そして国主本人は、仕事が終わった喜びよりも、子どもたちへ何を話すか考える楽しさに夢中になっていた。
「……くくく。やっぱ歴史って最高だな!」
「ふふ。殿は本当に歴史がお好きなのですね」
「当たり前だろ! ……まあ、授業の準備が仕事扱いなのは納得いかねえけどな!」
皇牙がぼやくと、巴は声を立てて笑った。
結局、今日も昼寝はできなかった。
それでも、好きな歴史の話を考えながら過ごす夜は、皇牙にとって悪くないものだった。
お読みいただきありがとうございます。
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よろしくお願いいたします。




