第3章 第120話 商人の荷物を守れ! 俺のチート建築が本領発揮
異世界生活百四十二日目。
神城皇牙は自室の机に向かい、一枚の紙を前にして腕を組んでいた。窓の外では鳥がさえずり、穏やかな朝日が城下町を照らしているというのに、本人の表情はひどく険しい。
「……おかしい。歴史の話なら何時間でもできるはずなのに、全然まとまらねえ」
原因は、昨日アストレア学び舎で引き受けた約束だった。
子どもたちに歴史の話をする。それだけなら簡単だと思ったのだが、いざ内容を考え始めると迷ってしまう。源平合戦なら巴御前がいるし、三国志なら関羽の話も面白い。ナポレオンの戦術について語るのも捨てがたかった。
しかし、どれも話し始めれば長くなる自信がある。
「九歳の子どもに補給線の重要性を語ってもなあ……。いや、案外いけるか?」
「殿。そのお話は、もう少し大きくなってからの方がよろしいかもしれませんね」
いつの間にか扉のそばに立っていた巴御前が、苦笑しながら答えた。
「おお、巴! だったら、お前の話を聞かせてくれよ。源平の頃の暮らしとか、子どもにも面白そうなやつ!」
「私のお話でよろしいのでしたら、喜んで。ただ、まずは朝食を召し上がりませんと」
「……それもそうだな。腹が減ってちゃ名案も浮かばねえ!」
皇牙は紙を机に置き、勢いよく立ち上がった。
もっとも、授業の日程はまだ決まっていない。エレナに内容を相談する時間もあるし、今日中に仕上げる必要はないだろう。
そう考えると、急に気が楽になった。
「よし! 今日は仕事をしねえぞ! ガチャを引いて、朝飯を食って、昼寝だ!」
「ふふ。まずはガチャでございますね」
巴に言われるまでもなく、皇牙は《英霊召喚ガチャEX》を開いた。
【国家人口:646人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「さあ来い、歴史上の大物! できれば俺の代わりに仕事を全部片づけてくれる奴!」
一回目はNの縄職人補助マティアス。二回目はNの乾物加工補助イルマだった。
「よし、最後! ここで金色か虹色の演出を頼むぜ!」
三回目、召喚の光が青く変わった。
【R・クラウス】
【職業:測量技師】
「おっ、R! 測量技師か!」
現れたのは、落ち着いた雰囲気の男性だった。土地の高低差を調べ、道路や建物の予定地を測量する経験があるという。
「いいじゃん! この国、これからも建物を増やす予定だからな!」
皇牙は三人を歓迎し、生活案内の担当者へ引き継いだ。クラウスについては、本人の希望と経験を確認したうえで建設関係の仕事を紹介してもらうことにする。
【国家人口:649人】
【無料召喚:0/3回】
「六百四十九人! あと一人で六百五十人か。なんか記念にご馳走でも食いたくなってきた!」
「まだ六百五十人にはなっておりませんよ」
「分かってるって! 記念日の予習だよ!」
皇牙が笑った、そのときだった。
廊下の向こうから慌ただしい足音が近づき、扉が叩かれた。
「皇牙様! フェリクス様から、西門の件で急ぎのご相談がございます!」
「……えっ。俺の昼寝は?」
誰も答えてくれなかった。
◇
西門へ到着した皇牙は、目の前の光景に思わず足を止めた。
街道の脇には何台もの荷車が並び、荷役人たちが忙しそうに行き来している。既存の屋根付き荷置き場には荷物が収められていたが、収まりきらない木箱や布包みが、荷台に残されたままになっていた。
「……うわ。いつもより混んでねえか?」
「はい。本日はヴァルデン方面からの商隊が、予定より早く到着いたしまして」
フェリクスが皇牙に説明した。
西門の荷置き場は、通常の商隊なら十分利用できる広さがある。ところが、街道の途中で足止めされていた商隊と、予定どおり到着した別の商隊が重なってしまったらしい。さらに地元の商人も出荷の準備を進めており、荷車の停車場所が不足していた。
「商隊が一組ずつなら問題なかったのですが、今日は荷物を降ろす順番を待つ車まで街道に出始めています」
フェリクスは困ったように眉を寄せた。
「それに、天候も気になります。西の空をご覧ください」
皇牙が顔を上げると、灰色の雲がゆっくりと広がっていた。先ほどまで明るかった空は薄暗くなり、風にも雨の匂いが混じり始めている。
「……雨か。荷物が濡れたら困る奴も多いだろうな」
「布や乾物を運んでいる商人もおりますので、できれば屋根のある場所へ移したいところです」
皇牙は腕を組んだ。
新しい共同荷置き場については、数日前からコルベールたちが計画を進めていた。しかし、利用料や管理方法、荷車の動線などを確認している段階で、正式な施設はまだ建設していない。
「……なあ。今すぐ倉庫を造った方が早くねえか?」
「建物だけなら、皇牙様のお力で可能でしょう。しかし、正式な倉庫として運用するには、受付や荷物の保管記録、管理者の配置が必要になります」
「……ああ、そうだった」
フェリクスの返答に、皇牙は頭をかいた。
そこで、ちょうど現場に到着したコルベールが口を開いた。
「まずは、急いで荷物を動かす必要のある商人を確認しましょう。荷車の通路を確保しないことには、作業そのものが滞ってしまいます」
「いや、通路を空けるのは賛成ですが、荷物の行き先が分からないまま動かすのは危険です」
フェリクスはすぐに答えた。
「今日は商隊が重なっています。置く場所を決めずに移動させれば、荷物を取り違える可能性がありますので」
「なるほど。では、商隊ごとに搬入する順番を整理する必要がありますね」
二人の会話を聞いていたイブン・バットゥータが、街道の方を見ながら口を開いた。
「遠方の商隊には、すぐ市場へ運びたい品物と、明日まで動かす予定のない荷物が混ざっているはずです。私が商人たちに確認してまいりましょう」
皇牙は三人の顔を見回した。
「……つまり、コルベールは荷物の整理、フェリクスは荷車の動き、イブンは商人への聞き取りってことか?」
「おおむね、そのとおりでございます」
「分かった! じゃあ、俺は邪魔にならないところで待ってるわ!」
そう答えた皇牙に、フェリクスが苦笑した。
「もし何かございましたら、お力をお借りするかもしれません」
「おう! 必要なら呼んでくれ!」
皇牙は気軽に答え、巴とともに少し離れた場所へ移動した。
現場の仕事は、専門家に任せるのが一番だ。
そう考えていたのだが、空模様は待ってくれなかった。
最初の雨粒が地面を濡らしたかと思うと、風が急に強まり、商人たちが慌てて荷物に覆い布をかけ始めた。布包みを濡らすまいと荷車の位置を変える者もいて、街道の混雑はさらに激しくなる。
「……おいおい。ちょっと待て、これ!」
皇牙が顔をしかめた瞬間、前方から鋭い声が響いた。
「危ない! 荷台が傾いてるぞ!」
荷役人の一人が、大きな木箱を降ろそうとしていた。雨で滑りやすくなった荷台の端に足を置いたところ、荷車がわずかに揺れ、身体の均衡を崩したのだ。
木箱が傾き、その下には別の荷役人が立っている。
「下がれっ!」
巴が地面を蹴った。
皇牙も反射的に片手を突き出す。
「《風魔法》!」
木箱の下から風が巻き上がり、落下する勢いを一瞬で弱めた。同時に巴が荷役人の腕をつかみ、荷車から引き離す。
木箱は風に支えられながらゆっくりと地面に降り、二人の荷役人も無事だった。
「……ふう。間に合った!」
皇牙が息を吐くと、巴は助けた荷役人の様子を確かめた。
「お怪我はございませんか?」
「は、はい! ありがとうございます!」
男は青ざめた顔で何度も頭を下げた。
「謝るのは後でいい! まず荷車を安全な位置へ動かせ!」
皇牙の声に、周囲の者たちが我に返った。
幸い誰も怪我をしなかったが、このまま作業を急がせれば、また事故が起こるかもしれない。
皇牙は雨に濡れ始めた荷物と、街道を塞ぎかけている荷車を見渡した。
「……よし。もうちょっと俺も働くか!」
今度は誰も、止めなかった。
◇
「まず、雨をどうにかする!」
皇牙は空へ向けて手をかざした。
広い範囲を覆うように風を操り、荷置き場の周囲へ降り込む雨を一時的に横へ流す。完全に雨を止めたわけではないが、荷物を移動させる時間を稼ぐには十分だった。
「うおおっ! 雨がこっちに落ちてこねえ!」
近くにいた商人が驚きの声を上げる。
「驚くのは後だ! 今のうちに濡れたら困る荷物を移動させろ!」
皇牙が叫ぶと、フェリクスがすぐに指示を出した。
「荷車は一台ずつ動かしてください! 後ろの方は、まだ進まないように!」
その横では、コルベールが商隊ごとに荷物の置き場所を決め、記録係に順番を書き留めさせている。イブンは遠方の商人たちに事情を説明し、すぐ売る予定の品物と、明日まで保管する荷物を分けるよう協力を求めていた。
しかし、雨を風で防げるのは皇牙が魔法を使っている間だけだ。建物がなければ、次の商隊が来たときに同じ問題が起こる。
「……なあ、フェリクス! 西門の外にある空き地、覚えてるよな!」
「はい! 共同荷置き場の候補地でございますね!」
「あそこに臨時の雨よけを造る! 屋根だけあれば、とりあえず荷物は守れるだろ!」
フェリクスは一瞬考え、頷いた。
「それでしたら、街道側に広い入口を確保していただきたいです! 荷車が向きを変えられる場所も必要になります!」
「了解!」
皇牙は周囲を見渡し、荷車がまだ入っていない空き地へ向かった。
コルベールも雨の中を駆け寄ってくる。
「皇牙様。念のため申し上げますが、正式な倉庫とは別の施設としてお願いいたします。今は安全に荷物を置ける場所があれば十分です」
「分かってるって! 壁も扉もない、屋根付きの広場にする!」
皇牙はにやりと笑った。
「……本当は巨大な石造りの交易宮殿とか造りたかったけどな!」
「それは、また別の機会にお願いいたします」
冷静なコルベールの返答に、皇牙は思わず吹き出した。
「ははっ! 了解!」
そして、地面へ手を向ける。
「《国家創造EX》!」
淡い光が空き地を包み込んだ。
次の瞬間、頑丈な石柱に支えられた大きな屋根が姿を現す。四方は開放され、荷車が通れるよう十分な幅が確保されていた。雨水がたまらないよう床には緩やかな傾斜を付け、外へ流れる簡単な排水溝も設けてある。
内部には商品も棚もない。ただ雨を避け、荷物を一時的に置くための場所だった。
「……よっしゃ! 完成!」
皇牙が満足そうに胸を張ると、商人たちから歓声が上がった。
「すごい! あんな建物が一瞬で!」
「これなら荷物を濡らさずに済むぞ!」
だが、皇牙はすぐに手を上げた。
「おーい! 勝手に荷物を運び込むなよ! 誰の荷物か分からなくなったら困るからな!」
その言葉に、フェリクスが頷いた。
「搬入は順番に行います! 荷物の置き場所はこちらで指定いたしますので、指示に従ってください!」
コルベールも記録係とともに、新しい施設へ移動した。
「本日の利用は臨時対応といたします。荷物の持ち主と数量を確認し、搬出時にも照合を行いましょう」
イブンは商人たちへ声をかけ、荷物を長く預ける場所ではないことを説明していった。
皇牙は三人が動き始めたのを見届け、魔法で流していた雨の範囲を少しずつ狭めた。
屋根の下へ移された荷物は、もう雨に濡れる心配がない。
自分の魔法と建築で危険を取り除き、その後の管理は専門家たちが担う。
役割がはっきり分かれていることに、皇牙は妙な満足感を覚えた。
「……へへっ。やっぱ俺、偉人ガチャを引いて正解だったな!」
隣に立つ巴が、柔らかく微笑んだ。
「はい。皆さん、それぞれのお力を発揮しておられますね」
「俺一人だったら、とりあえず建物を造って満足してたと思うわ!」
皇牙は笑った。
雨はまだ降っていたが、西門の混乱は少しずつ落ち着いていった。
◇
午後、雨が弱まる頃には、荷物の移動もほぼ終わっていた。
臨時の雨よけ施設には商隊ごとに区画が設けられ、荷物の出し入れを記録する担当者が配置されている。ただし、壁も施錠設備もないため、長期保管には向かない。日が暮れる前には、必要な荷物を既存の倉庫や宿の保管場所へ移す予定だった。
「なるほど。じゃあ、今日の施設はあくまで一時的な避難場所なんだな」
皇牙が確認すると、コルベールは頷いた。
「はい。正式な共同倉庫には、受付、保管区画、管理者の詰め所などが必要になるでしょう。今回の施設は、その前段階として活用できます」
「そっか。じゃあ、今日の様子を参考にして、本番の設計を考えてくれ!」
「承知いたしました」
フェリクスは、荷車の通り方について気づいた点を報告した。
「入口は十分な広さがありました。ただ、荷車の出入りが重なる場合に備えて、進行方向を分けた方がよいかもしれません」
「なるほどな。そういうのは実際に使ってみないと分かんねえな」
「はい。正式な施設では、入口と出口を別にする案も検討いたします」
そこへイブンが戻ってきた。
「商人たちからも意見を聞いてまいりました。遠方から来る商隊は、天候によって到着が遅れることもあります。事前の利用申請だけでなく、急な到着にも対応できる余裕を残した方がよいでしょう」
「よし。じゃあ、そのへんは三人で相談してくれ!」
皇牙は満足そうに頷いた。
専門家たちが動き始めると、会話は自然と施設の運営方法へ移っていった。皇牙はしばらく聞いていたが、細かな数字や管理手順の話になったところで、そっと一歩後ろへ下がった。
「……じゃ、俺はそろそろ戻っていい?」
「はい。ここからは我々で対応できます」
コルベールの返答に、皇牙は心の中で歓声を上げた。
「よっしゃ! あとは頼んだ!」
そのとき、フェリクスが思い出したように口を開いた。
「そういえば、本日召喚された測量技師のクラウス殿ですが、もし本人が希望されるようでしたら、正式な共同倉庫の計画に協力していただけるかもしれません」
「おおっ! 確かに!」
皇牙は目を輝かせた。
「今日のガチャ、めちゃくちゃいいタイミングだったじゃねえか!」
ただし、クラウスは召喚されたばかりだ。まずは生活に慣れてもらい、そのうえで本人の希望を聞く必要がある。
「……まあ、急がせるのも悪いしな。興味があるかだけ聞いといてくれ!」
「承知いたしました」
皇牙は満足そうに頷き、西門を後にした。
◇
夕方、城館へ戻った皇牙は、ようやく自室の椅子へ腰を下ろした。
「……はあ。今日こそ昼寝できると思ったのになあ」
窓の外では、雨上がりの城下町が夕日に照らされている。西門の方角には、今日造った臨時の雨よけ施設の屋根が見えていた。
そこへ巴がお茶を運んできた。
「殿。今日は皆さん、本当に助かったとおっしゃっておりました」
「……まあ、あのままじゃ荷物が台無しになってたかもしれねえしな」
皇牙は少し照れくさそうに笑い、お茶を一口飲んだ。
自分は仕事を増やしたくない。できれば毎日、城で昼寝をして暮らしたい。それでも、目の前で誰かが困っているのを見れば、放っておく気にはなれなかった。
「……でもさ。今日、一番大変だったのはフェリクスたちだろ」
「はい。皆さん、雨の中でも落ち着いて対応しておられました」
「だよな。あとでちゃんと労ってやらねえとな」
皇牙はそう言って、もう一口お茶を飲んだ。
ふと、机の上に置かれた紙が目に入った。朝から考えていた、子どもたちへの歴史の話である。
「……あっ!」
皇牙は思わず声を上げた。
「どうかなさいましたか?」
「歴史の授業の準備、結局一文字も進んでねえ!」
巴が口元を押さえて笑った。
「ふふ。今日は西門のことでお忙しゅうございましたから」
「いや、でも約束したしなあ……」
皇牙は紙を手に取り、しばらく眺めていた。
そこで、ふと巴へ顔を向ける。
「……なあ、巴。お前の昔の話、もう少し聞かせてくれよ」
「私の、でございますか?」
「おう。戦のことだけじゃなくて、子どもの頃に何して遊んでたとか、どんな暮らしをしてたとかさ。そういう話の方が、あいつらも面白いかもしれねえだろ?」
巴は少し驚いたように目を見開いた。
「……そのようなお話でよろしいのでしたら、いくらでも」
「よっしゃ! じゃあ、今日はそれを聞きながら考えるか!」
皇牙は嬉しそうに笑った。
アストレアの人口は六百四十九人。
西門には新しい臨時の雨よけ施設が生まれ、商人たちの荷物は無事に守られた。正式な共同倉庫の計画も、今日の経験によって一歩前へ進んでいる。
そして城館の一室では、歴史好きの国主が、本物の女武者から昔の暮らしについて話を聞こうとしていた。
「……なあ、巴。そういえば、お前の時代って昼寝する文化あったのか?」
「……殿。お聞きになりたいのは、そちらでございますか?」
「いや、違う違う! ちゃんと歴史の勉強だって!」
皇牙が慌てて言い訳すると、巴は声を上げて笑った。
結局、今日も思いどおりの昼寝はできなかった。
それでも、好きな歴史の話を聞きながら過ごす夜は、皇牙にとって悪くない時間になりそうだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
そして本日はここまで明日も10話投稿します。
よろしくお願いいたします。




