第3章 第119話 学校ができたら大騒ぎ!? 子どもたちの初めてのお手柄
異世界生活百四十一日目。
「……なあ、巴。俺、学校を造ったのは昨日だよな?」
城館の食堂で朝食を取っていた神城皇牙は、窓の外を眺めながら不思議そうに首を傾げた。まだ朝も早いというのに、昨日完成させたアストレア学び舎へ続く通りには、子ども連れの住民が何組も歩いている。
「はい。昨日の夕方には、子どもたちとご家族が見学に訪れておりましたね」
「だよな。なのに、なんで今朝もあんなに人が集まってるんだ?」
向かいに座る巴御前も窓へ目を向けたが、すぐには答えられないようだった。
学び舎はまだ校舎が完成したばかりで、机や教材の準備も終わっていない。本格的な授業を始めるのは、二宮尊徳や教師のエレナが運営方法を整えてからという話になっていた。
「……もしかして、もう大人気なのか?」
皇牙は口元を吊り上げた。
「ふっ。建設翌日から入学希望者が押し寄せるとは、さすが俺が造った学校。これは将来、大陸最高峰の学府になる予感がするぜ!」
「殿。まだ何があったのか分かっておりませんよ」
「分かってるって! ちょっと夢を語っただけだろ!」
巴に笑われながら、皇牙は残っていたパンを口へ運んだ。
とはいえ、何か問題が起きているなら放っておくわけにもいかない。様子だけ確認して、あとは担当者に任せよう。それが今日の予定になった。
「よし。出かける前にガチャだ!」
皇牙が《英霊召喚ガチャEX》を開くと、いつもの画面が現れた。
【国家人口:643人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「今日こそすげえ偉人が来るかもしれねえぞ! そろそろ新しい歴史上の人物とも会いたいんだよなあ!」
期待を込めて一回目を引くと、白い光の中から野菜選別補助のアーデルが現れた。二回目は配達補助のルカ。そして三回目も白い光が広がり、染色補助のフリーダが召喚された。
「……N三連発かあ! まあ、こういう日もあるよな!」
少しだけ残念そうにしながらも、皇牙は三人を歓迎した。野菜の出荷、荷物の配達、布の染色。どれも今のアストレアには必要な仕事である。
三人を生活案内の担当者へ引き継ぎ、仕事の希望を確認してもらうことにすると、皇牙は満足そうに画面を閉じた。
【国家人口:646人】
【無料召喚:0/3回】
「六百四十六人か。毎日三人ずつ増えてるだけでも、結構な人数になるもんだな」
「皆さんがそれぞれのお仕事に就かれれば、街もさらに賑やかになりますね」
「おう! ……ただし、俺の仕事は増えない方向で頼むぜ!」
皇牙はそう言って立ち上がり、巴とともに学び舎へ向かった。
◇
学び舎の前には、十人ほどの子どもたちと、その保護者が集まっていた。
校舎の扉は開いているものの、中には誰も入っていない。入口ではエレナが一人ずつ事情を説明しており、少し離れた場所ではユリアンが木板に何かを書き込んでいた。
「おう、エレナ! 何かあったのか?」
「あっ、皇牙様。実は、昨日校舎が完成したというお話が広まり、今日から授業が始まると思って来られた方が多いのです」
「……ああ、なるほど。そういうことか」
皇牙は額を押さえた。
昨日、校舎の前で子どもたちと名前まで決めたのだから、学校が始まると思われても不思議ではない。授業の開始日はまだ決まっていないと説明したつもりだったが、その場にいなかった人々には伝わっていなかったようだ。
「申し訳ございません。準備中であることを知らせる案内を、先に用意すべきでした」
エレナが頭を下げると、皇牙は慌てて手を振った。
「いや、俺も昨日は学校ができて嬉しくて、それどころじゃなかったからな! 別に誰かが悪いって話じゃねえよ」
そのとき、集まっていた子どもたちの中からミアが顔を出した。
「皇牙様! 今日はお勉強できないの?」
「うーん、机も揃ってねえしなあ。正式な授業はもう少し待ってくれ」
「そっかあ……」
少女が残念そうに肩を落とす。
隣にいたトビアスも、抱えていた木板を見つめた。
「俺、昨日の続きをやりたかったんだけどな。父ちゃんの仕事が今日は午後からだから、午前中なら来られると思って」
少し離れた場所では、ニルが巴へ何か尋ねている。彼も学び舎を楽しみにしていたらしい。
皇牙は三人の様子を眺め、少し考え込んだ。
せっかく学びたいと思って来てくれたのに、ただ帰ってもらうのも寂しい。かといって、準備が整っていないまま授業を始めれば、エレナたちの負担が増えてしまう。
「……なあ、エレナ。正式な授業じゃなくて、何か簡単なことならできねえか?」
「そうですね……。短い時間であれば、今ある教材を使って体験していただくことはできます」
「おっ、いいじゃん!」
皇牙が顔を明るくしたところへ、二宮尊徳が姿を現した。
事情を聞いた尊徳は、集まった子どもたちを見渡してから穏やかに頷いた。
「せっかくですから、今日は暮らしの中で役立つ学びを体験していただくのはいかがでしょう。読み書きや計算は、教室の中だけで使うものではございませんから」
「暮らしの中で役立つ学び?」
「はい。例えば、品物の数を確かめたり、荷物の行き先を読み取ったりすることです」
その言葉に、皇牙は前世で遊んだ街づくりゲームを思い出した。
資材の数を間違えれば建物が完成せず、荷物の届け先を間違えれば店に商品が並ばない。ゲームなら画面の数字を見るだけで済むが、この街では人が一つずつ確認している。
「……おおっ! それなら、ただ数字を書くより面白そうじゃねえか!」
「では、私の方で簡単な内容を考えてみます」
エレナは頷き、ユリアンとともに教材の準備へ向かった。
皇牙は子どもたちへ向き直り、にやりと笑った。
「よし! 今日は特別に、アストレア学び舎の体験時間だ! ただし、先生の言うことはちゃんと聞けよ!」
「はーい!」
元気な返事が響き、皇牙は満足そうに頷いた。
これで今日の仕事は終わりだ。あとは授業の様子を少し見て帰ればいい。
そう思っていたのだが、話は予想外の方向へ進むことになった。
◇
教室では、エレナが小さな木片を机に並べていた。
昨日まで使っていた教材をユリアンが運び込み、子どもたちはその周囲に集まっている。机はまだ一つしかないため、全員が同時に作業できるわけではないが、短い体験には十分だった。
「今日は、品物を間違えずに届けるための練習をしましょう」
エレナは木片を幾つかの組に分け、それぞれに簡単な印を付けた。
「例えば、こちらの木片が五つ、こちらが三つあります。全部合わせると幾つでしょう?」
「八つ!」
真っ先に答えたのはトビアスだった。
「正解です。では、八つのうち三つを別のお店へ届けたら、残りは幾つになりますか?」
「五つ!」
今度はミアも声を上げた。
皇牙は教室の後ろで腕を組み、感心したように頷いていた。
「……なるほどな。店の仕事と結びつけると、分かりやすいもんだな」
「実際の暮らしに近い方が、学んだことを覚えやすい場合もございます」
隣に立つ尊徳が穏やかに答える。
そのとき、校舎の外から慌ただしい声が聞こえてきた。
「すみません! こちらに配達の荷物が届いているはずなのですが!」
皇牙が顔を出すと、若い配達人が荷車を引いて立っていた。荷台には木箱が三つ積まれており、そのうち一つには見覚えのある印が付いている。
「どうしたんだ?」
「職人さんから、学び舎で使う机の部品を運ぶよう頼まれたんです。ところが、途中で別の荷物も積んだせいで、どれがどの届け先の分か分からなくなってしまって……」
配達人は困ったように頭をかいた。
木箱にはそれぞれ札が付いていたが、一枚は汚れて文字が読みにくくなっている。残りの二枚にも、似たような記号が書かれていた。
「……いや、開けて確かめればよくね?」
皇牙が言うと、配達人は頷いた。
「それでもよいのですが、どの荷物が誰のものか分からなくなると、後で困るかもしれませんので」
確かに、勝手に開けて中身を確認すれば、別の問題が生じる可能性がある。
皇牙が考え込んでいると、ユリアンが札を確認し始めた。
「これは工房の記録と照らし合わせれば、分かるかもしれません。昨日、学び舎の備品をお願いした際の控えがございますので」
「おおっ! さすがユリアン!」
ユリアンはすぐに帳面を取りに戻った。
その様子を見ていたトビアスが、ふと木箱へ目を向けた。
「……あれ? この印、父ちゃんの工房で見たことある」
少年が指さしたのは、箱の隅に焼き付けられた小さな記号だった。
「それ、荷車の部品を作る工房の印だよ。父ちゃんが修理の仕事で使うから覚えてるんだ」
「へえ! じゃあ、この箱は学び舎の机じゃねえのか?」
「たぶん、違うと思う」
トビアスは少し自信なさそうに答えた。
皇牙は無理に結論を出さず、ユリアンが戻るのを待った。
やがて帳面と照らし合わせた結果、トビアスの見立てが正しかったことが分かった。三つの木箱のうち、二つは別の工房へ届ける部品で、学び舎の備品は残る一箱だったのである。
「……おおっ! トビアス、すげえじゃん!」
皇牙が褒めると、少年は照れくさそうに笑った。
「父ちゃんの仕事を手伝ってるから、覚えてただけだよ」
「いやいや、それがすげえんだって! ちゃんと役に立ってるじゃねえか!」
尊徳も静かに頷いた。
「学びは教室の中だけにあるものではございません。普段の仕事から覚えたことも、大切な知識です」
その言葉を聞いたトビアスは、少し誇らしそうに胸を張った。
◇
荷物の届け先が分かったところで、ユリアンは配達人へ確認した。
「学び舎の備品は、この一箱で間違いありません。ただ、今後も同じようなことが起こるかもしれませんね」
「申し訳ありません。札が汚れて読めなくなってしまうとは思わなくて……」
配達人が肩を落とす。
皇牙は木箱を眺めながら、ふと何かを思いついた。
「……なあ。文字だけじゃなくて、絵も描いておけばよくね?」
全員が皇牙へ目を向けた。
「例えば、学び舎に届ける荷物なら本の絵、工房なら槌の絵とかさ。文字が読みにくくなっても、どこへ届けるか分かりやすいだろ?」
ユリアンは少し考え、頷いた。
「確かに、簡単な印を付けておけば確認しやすくなるかもしれません。ただし、似た印が増えすぎないよう決まりを整える必要がありますね」
「そこは任せた! 俺は思いついただけだから!」
皇牙が笑うと、エレナが子どもたちへ目を向けた。
「せっかくですから、皆さんも考えてみませんか? どんな印なら、文字を知らない人にも分かりやすいでしょう」
子どもたちは一斉に顔を見合わせた。
「本の絵!」
「車輪!」
「剣も!」
「いや、剣はどこへ届ける荷物なんだよ!」
ニルの答えに、皇牙が思わず突っ込む。
「兵士のところ!」
「……ああ、なるほど。ちゃんと考えてたんだな!」
教室に笑い声が広がった。
そのとき、ミアが木板に小さな絵を描き始めた。
「……ねえ、これならどうかな?」
差し出された木板には、開いた本と、その下に大きな丸が描かれていた。
「本を読む場所だから、本の絵! 丸は、ここに集まる人がみんな一緒って意味!」
皇牙は思わず目を丸くした。
「……おおっ! いいじゃん!」
エレナも感心したように頷いた。
「分かりやすい絵ですね。ただ、実際の看板に使うには、もう少し整えた方がよさそうです」
「それなら、オスカーに頼んでみるか!」
皇牙はすぐに思いついた。
昨日召喚されたRの看板職人オスカーなら、子どもたちの絵を見やすい案内板に仕上げられるかもしれない。
午後、学び舎を訪れたオスカーは、ミアの絵を興味深そうに眺めた。
「なるほど。これはよい発想ですね。文字を知らない方にも、ここが学ぶ場所だと伝わりそうです」
「だろ!? 俺もそう思った!」
皇牙が得意げに言うと、巴がくすりと笑った。
「殿。考えられたのはミアでございますよ」
「分かってるって! 俺は褒めてるだけだろ!」
オスカーは木板を手に取り、少し考えたあとで口を開いた。
「では、この絵を参考にして看板を作りましょう。ただし、実際に使うものは材料や塗料の準備が必要です。完成まで少々お時間をいただきます」
「おう! 任せた!」
皇牙は満足そうに頷いた。
その隣では、ユリアンが配達用の札についても相談している。荷物の行き先を示す印を統一できれば、今後の運搬作業にも役立つだろう。
皇牙は二人の会話を聞きながら、ふと笑みを浮かべた。
学び舎の看板を作るという小さな話が、街の荷物を運ぶ仕組みまで改善するきっかけになりそうだった。
◇
夕方、体験に参加した子どもたちが帰る頃には、学び舎の前に集まっていた人々もすっかり少なくなっていた。
エレナは今日の出来事を振り返りながら、尊徳と今後の授業内容を相談している。ユリアンは教材を片付け、オスカーは看板の図案を持ち帰る準備をしていた。
「……なあ、尊徳。今日みたいなのを授業にしたら、子どもたちも楽しそうだよな」
皇牙が尋ねると、尊徳は穏やかに微笑んだ。
「はい。ただし、毎回都合よく問題が起こるわけではございません。普段の仕事や暮らしを題材に、学ぶ内容を考えてまいりましょう」
「なるほどな。そっちは任せた!」
皇牙は笑った。
今朝まで、学校は建物を造ればあとは教師に任せればいいと思っていた。だが、今日の出来事を見て、学校が街の暮らしとつながっていることを実感した。
子どもたちは、まだ文字や数字を覚え始めたばかりだ。それでも、自分が知っていることを使って人の役に立てる。
そんな経験を積んでいけば、きっと学ぶことがもっと楽しくなるのだろう。
「……よし! 俺も今日はいいもの見せてもらったぜ!」
皇牙が満足そうに伸びをすると、エレナが近づいてきた。
「皇牙様。一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ん? 何だ?」
「今日、子どもたちが皇牙様のお話をとても楽しそうに聞いておりました。もしよろしければ、今度は皇牙様にも何かお話をしていただけませんか?」
「……は?」
皇牙の動きが止まった。
「例えば、皇牙様がご存じの遠い国のお話や、歴史のお話などです」
その言葉に、皇牙は思わず目を輝かせた。
歴史の話なら得意だ。前世でも、興味のある時代について語り始めると止まらなくなることがあった。
「おっ、それなら任せろ! 古代ローマの話から始めて、三国志、戦国時代、それからナポレオンの戦争まで……!」
「殿。子どもたちには、少々難しいのでは?」
巴が慌てて声をかける。
「……あっ」
皇牙は我に返った。
周囲では尊徳もエレナも、困ったように笑っている。
「……じゃあ、まずは簡単な歴史の話からにしましょうか」
エレナが提案すると、皇牙はしばらく考えたあと、にやりと笑った。
「……よし! だったら、子ども向けに面白い話を考えてやるぜ!」
「ありがとうございます。では、次の体験の機会にお願いできればと思います」
「おう、任せろ!」
そこまで答えたところで、皇牙は重大なことに気づいた。
「……ん? 待てよ。それって、俺が授業の準備をするってこと?」
「はい。もちろん、内容はこちらでも確認いたします」
「……うおおおい! 結局、仕事が増えてるじゃねえか!」
皇牙の叫び声に、学び舎の前で笑いが起こった。
隣で巴も声を上げて笑っている。
「殿。ご自分からお引き受けになったのではありませんか?」
「いや、だって歴史の話だぞ!? そんなの聞かれたら、断れねえだろ!」
不満そうに言いながらも、皇牙の顔にはどこか楽しそうな笑みが浮かんでいた。
アストレアの人口は六百四十六人。
小さな国の学び舎では、今日、子どもたちが初めて学んだことを街の暮らしに役立てた。
そして、その国の主は、仕事を減らすどころか、自分から新しい仕事を引き受けてしまったのである。
「……まあ、歴史の話なら楽しいからいいか!」
そう開き直る皇牙を見て、巴はもう一度、楽しそうに笑った。
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