第3章 第118話 俺の国に学校がない!? 未来の偉人を育てる学び舎
異世界生活百四十日目。
「……学校を造ってほしい?」
朝食の席で二宮尊徳からそう切り出された神城皇牙は、蜂蜜を塗ったパンを口に運ぶ手を止めた。
食堂の窓からは朝の城下町が見える。仕事へ向かう住民たちが通りを行き交い、遠くでは荷車の車輪が石畳を踏む音がしていた。
「はい。以前からエレナ殿たちと準備を進めておりましたが、そろそろ専用の場所が必要になってまいりました」
尊徳の隣には、教師のエレナと図書を管理するユリアンが座っていた。三人とも、机の上に何枚かの紙を広げている。
「学校くらいなら一瞬で造れるぞ? それこそ、でっかい学園でも!」
皇牙は途端に目を輝かせた。石造りの立派な校舎、中央にそびえる時計塔、広々とした中庭。前世で遊んだ街づくりゲームのような光景が頭に浮かぶ。
「……あ、そうだ! 城とつながる巨大な図書館とかどうよ!」
「殿。学校のお話でございますよね?」
隣に座る巴御前が、困ったように微笑んだ。
「分かってるって! でも、せっかく造るなら格好いい方がいいだろ!」
「お気持ちはありがたいのですが、まずは教える内容と人数を考えたいのです」
エレナが申し訳なさそうに口を開いた。
「今は空いている部屋を借りて、希望する子どもたちに読み書きを教えております。ただ、決まった時間に集まれる子ばかりではありません。家の仕事を手伝う子もおりますから」
「……ああ、そうか」
皇牙は腕を組んだ。
日本では学校に通うのが当たり前だった。だが、この世界では子どもも家業を手伝っている。親の仕事や暮らしを無視して、全員を朝から夕方まで集めるわけにはいかない。
尊徳は机の紙を一枚めくった。
「そこで、まずは読み書きと計算を中心に、無理なく通える学びの場を作りたいと考えております。職人の技術や兵士の訓練などは、本人が成長してから専門家に学ぶ道もありましょう」
「なるほど。じゃあ、いきなり全部教える学校にするわけじゃねえんだな」
「はい。まずは学ぶ楽しさを知ってもらうことが大切かと」
皇牙は頷いた。
「……よし。だったら、実際に子どもたちがどうしてるか見せてくれ!」
尊徳は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。では、今の学習の様子をご案内いたしましょう」
「その前に、ガチャだけ引かせてくれ! 俺の一日で一番大事な行事だから!」
皇牙の言葉に、食堂の空気が少し和らいだ。
《英霊召喚ガチャEX》を開くと、見慣れた画面が現れる。
【国家人口:640人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
一回目はNの製本補助リヒト。二回目はNの製粉作業員ハンナ。そして三回目、青い光とともに現れたのはRの看板職人オスカーだった。
「おっ、Rだ! しかも製本補助に看板職人って、文字に関係する奴が二人も来たじゃねえか!」
皇牙は大喜びで三人を迎えた。リヒトには本の綴じ方や補修の経験があり、オスカーは文字だけでなく、絵を使った案内板も作れるという。
もっとも、本人たちにも新しい生活がある。希望や得意な仕事を確かめてもらうため、皇牙は三人を生活案内の担当者へ引き継いだ。
【国家人口:643人】
【無料召喚:0/3回】
「よし、六百四十三人! 学校ができたら、この国で育つ奴らもどんどん増えるのかな」
何気なく呟くと、尊徳が穏やかに頷いた。
「今すぐ成果が出るものではありません。しかし、学ぶ機会は、いずれ街全体の力になるでしょう」
「……そういう長い目で見る話、嫌いじゃねえな」
皇牙は笑い、残していたパンを一口で食べた。
◇
午前中、皇牙たちは市場から少し離れた建物を訪れた。
現在、子どもたちは使われていない部屋を借り、都合のよい時間に集まっている。中には長机が二つ置かれ、数人の子どもが小さな木板に文字を書いていた。
「あっ、皇牙様!」
最初に気づいたのは九歳のミアだった。
少女は勢いよく立ち上がったが、手に持っていた木板を落としそうになり、慌てて抱え直した。
「おっと、危ねえ! そんなに慌てなくていいぞ!」
「だって、皇牙様が来るなんて思わなかったから!」
ミアは嬉しそうに笑った。
木板には、パン、野菜、布といった商品の名前が少し不揃いな文字で書かれていた。以前、父親の商売を手伝うために文字を覚えたいと話していた少女だ。
「おおっ、結構書けるようになったじゃねえか!」
「うん! この前、お店の看板を自分で読めたの!」
「すげえな!」
皇牙が大げさに褒めると、ミアは得意げに胸を張った。
その隣では、十一歳のトビアスが長さの違う木片を並べていた。父親が荷車の修理をしており、将来は自分も職人になりたいという少年である。
「俺は寸法を習ってるんだ。木を切るときに長さを間違えると、使えなくなっちゃうから」
「へえ。もう実際の仕事に役立ちそうじゃん!」
「うん! でも、まだ計算は苦手なんだよなあ」
トビアスが頭をかく。
少し離れた席には、十歳のニルもいた。彼は巴の姿を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「巴様! 俺、今日も勉強してます!」
「それは立派ですね。何を学んでおられるのですか?」
「数を数える練習です! 兵士になったら、仲間の人数を間違えちゃ駄目だって教わりました!」
巴は少年の前に膝をつき、優しく頷いた。
「そのとおりです。人を守るには剣の腕だけでなく、周囲をよく見て考えることも大切ですから」
ニルは真剣な顔で頷いた。
皇牙は三人を眺め、自然と笑みを浮かべた。
ミアは商売、トビアスは修理、ニルは兵士。望むものは違っても、それぞれが自分の夢のために学ぼうとしている。
だが、そこへエレナが近づいてきた。
「皇牙様。実は、少し気になっていることがございます」
「ん? どうした?」
エレナは子どもたちを見ながら、声を落とした。
「トビアスは昨日も途中で帰りました。お父様のお仕事を手伝うためです。本人はもっと学びたいようなのですが……」
皇牙が少年を見ると、トビアスは気まずそうに目を伏せた。
「……父ちゃん、一人で荷車を直してるから。忙しいときは俺が手伝わないと困るんだ」
「別に、手伝うのは悪いことじゃねえだろ?」
皇牙が言うと、トビアスは小さく頷いた。
「でも、勉強もしたいんだ。父ちゃんみたいに上手に修理できるようになりたいから」
その言葉に、皇牙はしばらく黙った。
学校へ通えば家の仕事ができなくなる。家を手伝えば勉強する時間が減る。どちらか一方を諦めなければならないというのは、何だか面白くない。
「……なあ、尊徳。これ、どうにかならねえの?」
尊徳は静かに頷いた。
「皆が同じ時間に集まる必要はないと思っております。午前と午後に学ぶ時間を分け、都合のつく方に参加してもらう方法もございます」
「おおっ! それなら、家の仕事も手伝えるじゃん!」
「ただし、同じ内容を教える時間が増えますので、エレナ殿一人に負担が集中しないよう工夫が必要です」
エレナも頷く。
「最初は参加人数を絞り、読み書きと計算の基礎から始めたいと思います。私だけでなく、ユリアン殿にも教材の準備を手伝っていただければ助かります」
「本や練習用の木板でしたら、私の方で用意できるものもございます」
ユリアンが答えた。
皇牙は三人の顔を見回した。
「……じゃあ、それでいこうぜ! 無理して毎日来なくてもいいし、家の事情に合わせて学べるようにしよう!」
トビアスがぱっと顔を上げた。
「……本当に?」
「おう! 勉強したいのにできないって、もったいねえだろ!」
少年の顔に、嬉しそうな笑みが広がった。
その様子を見た皇牙は、何となく胸が温かくなるのを感じた。
◇
昼過ぎ、皇牙たちは学校の建設予定地を見に行った。
市場と住宅地の間にある空き地は、街の中心からも遠すぎず、子どもたちが通いやすい場所だった。周囲にはまだ住宅が少なく、荷車の多い街道からも少し離れている。
「ここなら、結構いい学校が造れそうじゃね?」
皇牙が目を輝かせる。
「せっかくだし、巨大な時計塔を付けて、中央には立派な噴水を……」
「殿。まずは教室のお話ではございませんか?」
巴の言葉に、皇牙は不満そうに口を尖らせた。
「分かってるって! でも、学校って格好いい方が勉強する気になるだろ!」
「私は、明るくて静かな教室があれば十分だと思います」
エレナが微笑んだ。
「それに、最初から広すぎる建物では、掃除や管理も大変になってしまいます」
「……うっ。それは確かに」
皇牙は頭をかいた。
自分の能力なら、巨大な学園だろうと一瞬で造れる。しかし、そこで働く教師や管理する人が増えるわけではない。大きさだけ立派でも、中身が伴わなければ意味がない。
「じゃあ、今の人数に合わせた小さな校舎にするか。教室を二つと、先生たちの部屋、それから本を置く部屋くらいでどうだ?」
尊徳は頷いた。
「よいと思います。教室を分ければ、読み書きと計算を別々に教えることもできますな」
「本を置く部屋は、湿気が入りにくい造りにしていただけると助かります」
ユリアンが付け加える。
「了解! そこは任せとけ!」
皇牙は地面へ手を向けた。
《国家創造EX》を発動すると、空き地に淡い光が広がった。やがて、石造りの小さな校舎が姿を現す。大きな窓から自然光が入り、入口には雨を避けられる庇が付いていた。
建物の内部には教室が二つ、教師用の控え室、そして書籍を保管するための小部屋がある。廊下は子ども同士がすれ違える広さにし、校舎の外には小さな庭も設けた。
「……よっしゃ! 完成!」
皇牙は得意げに胸を張った。
巴が校舎を見上げ、感心したように微笑む。
「殿。とても立派な学びの場でございますね」
「へへっ! まあ、時計塔は我慢したけどな!」
しかし、教室の中はまだ空っぽだった。机も椅子もなく、本棚も置かれていない。
「……ああ、そうだった。建物を造っても、中の道具は別なんだよな」
皇牙が呟くと、ユリアンが頷いた。
「はい。必要な備品については職人の方々へ相談してまいります。新しく召喚されたリヒト殿も、希望されるようでしたら書籍の補修を手伝っていただけるかもしれません」
「おう! 無理のない範囲で頼む!」
尊徳は校舎を見つめながら、静かに口を開いた。
「建物が完成しても、学びはこれからでございます。子どもたちの様子を見ながら、少しずつ進めてまいりましょう」
「……だな。俺も楽しみにしてるぜ!」
◇
夕方、校舎の完成を聞きつけた子どもたちが、保護者とともに見学へ訪れた。
ミアは大きな窓に目を輝かせ、ニルは教室の広さを確かめるように歩いている。トビアスは新しい建物を興味深そうに眺めていたが、その表情には少しだけ不安が残っていた。
「……なあ、トビアス。どうした?」
皇牙が尋ねると、少年は遠慮がちに答えた。
「父ちゃんが、ちゃんと仕事も手伝うなら通っていいって。でも、忙しい日は来られないかもしれないんだ」
「それなら、今日尊徳たちと話しただろ。都合のいい時間に来られるようにするって」
「……本当に、途中からでも大丈夫なの?」
「もちろんだろ。勉強は続けることが大事なんだってさ!」
皇牙が笑いかけると、トビアスはようやく安心したように頷いた。
その隣では、ミアが母親の手を引いて教室を見せている。
「お母さん、ここで勉強するんだよ! もっと字が読めるようになったら、お店の手伝いもできるの!」
母親は嬉しそうに微笑みながらも、どこか恐縮した様子で皇牙へ頭を下げた。
「皇牙様。このような場所を造っていただき、本当にありがとうございます」
「いやいや、まだ建物だけだぞ! これから机とか本も揃えないといけねえし!」
皇牙が慌てて手を振ると、母親は笑った。
そこでミアが、不意に首を傾げた。
「ねえ、皇牙様。この学校、何て名前なの?」
「……えっ?」
皇牙は固まった。
建物をどう造るかばかり考えていて、名前を決めることをすっかり忘れていたのだ。
「……よし! だったら、アストレア皇家叡智学院ってのはどうだ!」
皇牙が得意げに宣言する。
だが、ミアは困ったような顔をした。
「……長くて覚えられない」
「……ぐはっ!」
皇牙は胸を押さえた。
巴が思わず吹き出す。
「ふふっ。殿、もう少し親しみやすい名前がよろしいのでは?」
「えーっ! 格好いいと思ったのに!」
皇牙はしばらく悩んだあと、校舎を見上げた。
「……じゃあ、アストレア学び舎とか?」
その言葉に、ミアの顔がぱっと明るくなった。
「それ、いい!」
「俺も好き!」
トビアスが頷き、ニルも嬉しそうに笑った。
皇牙は三人の反応を見て、満足そうに胸を張った。
「よし! じゃあ決まりだ! ここは今日から、アストレア学び舎だ!」
子どもたちの歓声が、夕暮れの校舎へ響いた。
その様子を見ていた尊徳は、穏やかな笑みを浮かべた。
「よい名前ですな。きっと、皆が親しんでくれるでしょう」
「へへっ! だろ?」
皇牙は得意げに笑った。
もっとも、授業が本格的に始まるのは、机や教材が揃ってからのことだ。今後の運営方法についても、子どもたちの事情を確認しながら調整する必要がある。
それでも、今日という日はアストレアにとって大切な一歩になった。
◇
夜、皇牙は城館の窓辺から、灯りのともる街を眺めていた。
学び舎のある方角には、まだ明かりがない。誰も授業を受けていない空っぽの校舎だが、もうすぐあの場所に子どもたちの声が響くのだと思うと、不思議と楽しみだった。
「……なあ、巴」
「はい、殿」
「俺さ、最初はガチャで偉人を集めれば、全部任せて楽できると思ってたんだよ」
皇牙は少し照れくさそうに笑った。
「でも、今日の子どもたち見てたらさ。この国で育った奴らが、将来すげえことするのも面白そうだなって思ったんだ」
巴は静かに頷いた。
「はい。あの子たちには、それぞれの夢がございます。その夢を追いかけられる場所ができたのは、とても喜ばしいことです」
「……だよな」
皇牙は窓の外へ目を向けた。
アストレアの人口は六百四十三人。
まだ小さな街だが、ここには商人も職人も農民もいて、未来を夢見る子どもたちもいる。自分が造った建物の中で、人々が新しいことを学び、成長していく。
それは、ガチャで偉人を引き当てたときとは違う種類の楽しさだった。
「……よし! 将来はこの学び舎から、すげえ奴がいっぱい出てくるといいな!」
「ふふ。殿も負けてはいられませんね」
「……いや、俺は働かねえぞ!?」
皇牙が慌てて言い返すと、巴は声を上げて笑った。
その笑い声を聞きながら、皇牙も思わず笑みを浮かべる。
優秀な偉人たちに国を任せ、自分は好きなことをして暮らす。
その理想は、今も変わっていない。
ただ、いつか自分の造った国から、新しい時代を支える人々が育っていく。
そんな未来を想像するのも、案外悪くないと思う皇牙だった。
お読みいただきありがとうございます。
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