第3章 第113話 EX織田信長――天下人は怠け者の王に何を見る
異世界生活百三十五日目。
その朝、神城皇牙は珍しく寝台の上で正座していた。
膝の上には、昨日から何度も確認している《英霊召喚ガチャEX》の画面が浮かんでいる。無料召喚の残り回数はまだ三回。別に正座したところで当たりやすくなるわけではないが、歴史好きのガチャ廃人としては、気合いくらい入れたかった。
「……そろそろ来てもいいと思うんだよなあ」
「殿。何がでございますか?」
窓辺で外の様子を確かめていた巴が振り返る。
「歴史上の偉人だよ! ここ一か月、NとRばっかりだっただろ? そろそろ大当たりが欲しい!」
「ふふ。召喚された皆さんも、それぞれの場所で活躍しておられますよ」
「もちろん分かってる! でも、宝箱を開けるなら金色の光も見たいじゃん!」
皇牙が真剣な顔で力説すると、巴は楽しそうに笑った。
彼女にとっては毎朝の見慣れた光景だが、皇牙にとって無料ガチャは一日の楽しみそのものだった。王としての書類仕事は面倒でも、これだけは他人に任せる気にならない。
皇牙は深呼吸し、画面を操作した。
【国家人口:625人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「よし! まずは一回目!」
白い光とともに現れたのは、Nの木工補助ハインツだった。
「おう、よろしく! 家具を作る職人も忙しいし、助かるぜ!」
二回目も白い光が広がり、Nの農作業補助ロッテが召喚される。皇牙は二人を歓迎し、生活案内の担当者に引き継いでから、残った最後の一回へ目を戻した。
「……頼む。ここで一発、歴史の教科書に載ってるような大物を!」
指先が召喚の文字に触れた。
次の瞬間、足元に浮かんだ魔法陣が異様な音を立てて回転を始めた。
「……ん?」
いつもの白でも青でもない。墨を流し込んだような漆黒の光が広がり、その中を黄金色の炎が走った。壁に映った影が大きく揺れ、室内の空気が熱を帯びたように感じられる。
巴が反射的に皇牙の前へ出る。
「殿、お下がりください!」
「いや、待て! これ……!」
皇牙は画面を凝視した。
【最高位召喚演出】
【レアリティ:EX】
数秒間、呼吸することさえ忘れた。
「……え?」
EX。排出率〇・〇一パーセント。わずか一万分の一の最高位だ。
以前、レオナルド・ダ・ヴィンチを引き当てたときの興奮が鮮明によみがえる。
「うおおおおっ! EXだあああっ!」
皇牙の絶叫が城館に響き渡った。
そして光の中心から、一人の男が姿を現した。
◇
男は、黒を基調とした戦国武将の装束を身にまとっていた。鋭い眼差しが室内を走り、床、窓、皇牙、そして刀に手を添えた巴へと順番に向けられる。
突然見知らぬ場所へ呼び出されたにもかかわらず、取り乱す様子はない。むしろ、自分の置かれた状況を面白がるような薄い笑みを浮かべていた。
「……面妖な。ここは、いずこの城よ」
低い声が響く。
男の足元には、召喚結果が浮かんでいた。
【EX 織田信長】
【分類:武将・統治者】
【得意分野:統率・軍略・内政・改革】
「…………織田、信長?」
皇牙は呆然と呟いた。
男がこちらを向く。
「いかにも。織田三郎信長。わしを知るか」
「知るに決まってんだろおおおっ!」
皇牙は勢いよく立ち上がった。
「桶狭間! 天下布武! 楽市楽座! 安土城! 日本史で信長を知らねえ奴なんていねえよ!」
「……ほう」
信長は目を細めた。
「わしのことを、随分と知っておるようだな」
「大学でも歴史を勉強してたんだ! まさか本物に会えるなんて……!」
興奮のあまり近づこうとした皇牙を、巴がそっと制した。
「殿。まずは事情をご説明した方がよろしいのでは?」
「……あっ、そうだった!」
皇牙が召喚の仕組みと異世界について説明すると、信長は途中で何度か質問を挟んだものの、最後まで黙って聞いていた。
やがて窓の外へ目を向け、短く笑う。
「つまり、わしは日の本とは異なる世に呼ばれた。そして、そなたがこの国の主というわけか」
「そういうこと! ちなみに、ここには巴御前もいるぞ!」
皇牙が紹介すると、巴は丁寧に一礼した。
「巴と申します。殿の護衛を務めております」
「源平の世の女武者か。名は知っておる」
信長は彼女の立ち姿を観察し、口元を緩めた。
「なるほど。そなたほどの武者が、この若造に仕えるとはな」
巴の眉がわずかに動いた。
「殿は、私が忠義を尽くすと決めたお方です。どうか、そのように軽んじることはお控えください」
声は穏やかだったが、譲る気配はなかった。
信長は一瞬だけ目を見開き、それから楽しそうに笑った。
「よい。主のために臆さず物を申すか。気に入ったぞ」
「いや、俺も若造って言われたことには文句あるんだけど!」
皇牙の抗議は、二人に笑って受け流された。
◇
信長が最初に求めたのは、国を見せてもらうことだった。
皇牙は自慢の城館から市場まで案内し、住民たちの暮らしや、召喚された偉人たちが担当している仕事について説明した。
信長は、整った石畳の道や建物を見ても、必要以上には驚かなかった。しかし、皇牙が《国家創造EX》で小さな物置を一瞬にして建設すると、さすがに足を止めた。
「……石を積む者も、木を運ぶ者もおらぬというのに」
「へへっ! すげえだろ!」
信長は壁に触れ、しばらく黙っていた。
「この力があれば、築城も道の整備も思うがままか」
「そう! ただし、家具とか商品とかは出せねえし、高度な設備は設計できる奴が必要だけどな!」
「……ふむ」
信長は通りの向こうへ目を向けた。
「ならば、そなたが最も得意なのは建物を造ることではない」
「……は?」
「人の力を、無駄なく働かせることよ」
予想外の言葉に、皇牙は首を傾げた。
「いやいや、俺は仕事を任せて楽したいだけだぞ?」
「それでよい。得手不得手を見て人を置き、必要な場所を整える。そなた自身がすべてを知る必要はない」
信長は笑みを浮かべた。
「ただし、任せた先で何が起きているかを知らぬままでは、いずれ足元をすくわれるぞ」
「……うっ」
皇牙は思わず言葉に詰まった。
確かに、報告書を読むのは面倒だ。だが、家臣たちが困っていることまで見逃したいわけではない。
「……そこは分かってる。俺だって、みんなが困ってたら放っておけねえし」
「ほう?」
「仕事はできる奴に任せる。でも、必要な建物を造るのも、危ないときに守るのも俺の仕事だろ。面倒だけど、それくらいはやるさ」
信長は皇牙をじっと見つめた。
先ほどまでのからかうような笑みが消え、その目に鋭い光が宿る。
「……なるほどな」
短く呟き、再び歩き始めた。
◇
市場へ着くと、信長は店先で足を止めた。
商人たちが商品を並べ、買い物客が行き交っている。西門の宿が営業を始めたことで、遠方から訪れる商人も少しずつ増えていた。
「この市場では、誰が商いを許される?」
「えっと、登録して、場所を決めてもらって……細かいことはコルベールたちが管理してる」
「新しく来た商人も、同じように店を出せるのか?」
「できるはずだけど……」
皇牙が曖昧に答えると、信長は一軒の店へ目を向けた。
そこでは、遠方から来たらしい商人が、売り場の場所について担当者に相談していた。
信長は少し離れた場所からやり取りを聞き、皇牙へ向き直った。
「……なるほど。この国は、商人を集めたいのであろう?」
「もちろん! 品物が増えれば、みんな便利になるしな!」
「ならば、初めて来た者が、どこで誰に尋ねればよいか迷うようでは惜しい」
「……あっ」
皇牙は商人を見た。
確かに、初めて訪れた者にとって、市場の登録方法や場所の決まりは分かりにくいかもしれない。
「仕組みそのものは悪くない。だが、使う者に伝わらねば、ないも同じよ」
信長はそこで言葉を切った。
「そなたの国には、すでに才ある者がおる。ならば、わしが一から何もかも決める必要はあるまい。今ある仕組みを、もっと使いやすくすればよい」
「……おおっ!」
皇牙は目を輝かせた。
「それなら、コルベールたちと相談すればすぐできそうだな!」
「そう急ぐな。まずは当人たちの考えを聞け。変えるべきところと、残すべきところを見誤るなよ」
信長の言葉に、皇牙は思わず笑った。
「……なんか、お前、思ってたよりちゃんと話聞くんだな!」
「当然よ。知らぬ国の仕組みを、見もせず壊すほど愚かではない」
信長は不敵に笑った。
「壊すのは、邪魔だと分かってからで十分だ」
「……うわっ、今の台詞めちゃくちゃ信長っぽい!」
皇牙が興奮すると、信長は呆れたように鼻を鳴らした。
◇
城館へ戻った皇牙は、張良とコルベールを呼んだ。
信長の紹介を受けた二人は驚きながらも、落ち着いて挨拶を交わす。
「張良と申します。国家の長期的な方針について助言しております」
「コルベールです。主に商業制度と財務に関わっております」
「織田信長よ。まずは、そなたらが何を考えてこの国を動かしておるのか、聞かせてもらおう」
信長は椅子に腰掛けると、机に広げられた市場の見取り図へ目を落とした。
コルベールが登録制度や出店場所の決め方を説明し、張良が今後の人口増加を見据えた考えを補足する。
信長は途中で口を挟むこともあったが、決して一方的に否定しなかった。むしろ、なぜその決まりが必要なのかを一つずつ確かめていく。
「……なるほど。無秩序に店を並べれば道が塞がる。だが、決まりを増やしすぎれば、新しく来る商人は尻込みする」
「おっしゃるとおりです。今の規模では大きな問題はありませんが、取引が増えれば見直しも必要でしょう」
コルベールが答えると、信長は頷いた。
「ならば、商人の目に見えるところへ、手順を示してはどうだ。登録先も、必要な決まりも、まず一目で分かるようにな」
皇牙は思わず身を乗り出した。
「それ、いいじゃん! 案内所でも造るか?」
「殿」
巴が小さく呼びかける。
「まずは看板でもよいのではありませんか?」
「……あっ、そうか!」
皇牙が頭をかくと、張良もコルベールも笑った。
信長はそんな様子を眺めながら、口元を吊り上げた。
「……ふむ。この国には、面白い者が揃っておるな」
「だろ!?」
皇牙は胸を張った。
「みんな優秀だから、俺は安心して仕事を任せられるんだよ!」
信長はしばらく皇牙を見つめ、それから静かに頷いた。
「……よかろう」
「ん?」
「わしも、この国に力を貸してやる」
皇牙は目を丸くした。
「……マジで?」
「ただし、勘違いするな。わしは、ただ命じられたことをこなすだけの男ではない。国のためになると思えば、遠慮なく意見を申す」
信長の視線は真っすぐだった。
「そなたが人を活かすと言うなら、わしの力も存分に使ってみせよ」
皇牙は一瞬だけ黙り、それからにやりと笑った。
「……最高じゃねえか!」
そして、勢いよく右手を差し出す。
「よろしく頼むぜ、信長!」
信長はその手を不思議そうに見た。
「……何の真似だ?」
「握手だよ! 俺のいた世界じゃ、こうやって挨拶するんだ!」
「ほう。奇妙な作法よな」
信長は笑いながら、その手を握り返した。
◇
夜。
信長は城館の窓から、灯りのともる城下町を眺めていた。
人口は六百二十八人。国と呼ぶには、まだ頼りないほど小さな街だ。
だが、道は整い、市場には人が集まり、異なる時代の英傑たちが、それぞれの力を発揮している。
そして、その中心にいるのは、天下を望まず、ただ自由に暮らしたいと笑う奇妙な若者だった。
「……まったく、面白い男よ」
信長は小さく呟いた。
欲に正直で、面倒事を嫌い、王らしい威厳など気にも留めない。それでも、家臣の働きを認め、民の暮らしを守ることには迷いがない。
何より、自分にはない才を持つ者へ、平然と仕事を任せる。
その在り方は、信長が知る多くの支配者とは違っていた。
「天下を取るつもりもない、か……」
信長は口元を吊り上げた。
「ならば、なおさら見てみたいものよ。あの男が、どこまでこの国を大きくするのか」
窓の向こうでは、夜の市場を片付ける人々の声がかすかに響いていた。
信長はしばらくその光景を眺めたあと、静かに笑った。
「……退屈はせずに済みそうだな」
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