第3章 第112話 子どもたちの夢と、俺の国の学校計画
異世界生活百三十四日目。
「……三人とも、R以上なし!」
朝の城館に、神城皇牙の残念そうな声が響いた。目の前には三つの白い召喚結果が並んでいる。
【N ベンノ/庭園管理補助】
【N レナ/織物補助】
【N フランツ/荷物仕分け補助】
「くそっ、今日もNNNか! そろそろ歴史上の偉人を引きたいんだけどなあ!」
「殿。昨日も、新しい方々が活躍してくださっていると喜んでおられたではありませんか」
隣に立つ巴が微笑むと、皇牙は唇を尖らせた。
「それはそれ! Nが悪いわけじゃねえけど、ガチャを回すからには大当たりも欲しいだろ?」
皇牙は文句を言いながらも、召喚された三人には笑顔で声をかけた。生活案内を担当する者へ引き継ぎ、それぞれの希望を聞いてから仕事を紹介するよう頼む。
【国家人口:625人】
【無料召喚:0/3回】
【SR以上排出率:5%】
「よし。じゃあ、今日はもう仕事しない!」
皇牙は晴れやかな顔で宣言した。
「昨日まで交易だの計量所だの、いろいろあったからな。今日は巴と街を散歩して、美味いもの食って帰る!」
「ふふ。それでしたら、市場に新しい焼き菓子のお店ができたそうですよ」
「マジか! 早速行こうぜ!」
皇牙は巴の手を引きかけ、途中で気恥ずかしくなって手を引っ込めた。巴は一瞬不思議そうに彼を見たが、何も言わずに隣へ並ぶ。
青空の下、二人は城館をあとにした。
◇
市場へ向かう途中、小さな広場の脇で、子どもたちが木片を並べているのが見えた。
年上らしい少年が地面に何かを書き、二人の子どもがその手元を覗き込んでいる。ところが、少年は何度も書き直しては首を傾げていた。
「だから、ここに書いてあるのと同じだって!」
「違うよ、兄ちゃん。こっちはもう一本線があるもん!」
「……本当だ。なんでだよ!」
思わず吹き出した皇牙に、三人が顔を上げた。
「何やってんだ?」
「字の練習!」
真っ先に答えたのは、栗色の髪を二つに結んだ少女だった。
「お父さんが荷物に付けてた札なんだけど、何て書いてあるか分かんなくて」
少女が差し出した木片には、品物の名前と数量らしい文字が刻まれていた。皇牙には意味が分かったものの、少女はまだ文字を十分に覚えていないらしい。
「へえ。自分で読もうとしてたのか。偉いじゃん!」
「だって、読めたらお父さんのお仕事を手伝えるでしょ?」
少女は胸を張った。名前はミア、九歳。兄のトビアスは十一歳で、隣にいる十歳の少年ニルは近所の友達だという。ミアとトビアスは、家族とともに最近アストレアへ移り住んできたばかりだった。
「俺は計算なら少しできるんだぜ。でも、文字は苦手なんだ」
ニルが得意げに言うと、トビアスが肩をすくめる。
「俺だって、仕事で使う文字くらいは覚えたいよ。前の村じゃ、ちゃんと教えてくれる人がいなかったんだ」
「……なるほどなあ」
皇牙は木片を返しながら、周囲を見渡した。
市場には店が増え、宿もでき、以前よりずっと多くの人が行き交っている。だが、子どもたちが読み書きを習うための学校は、まだ整っていなかった。
前世の日本では当たり前に通っていた場所なのに、自分は国を造ることばかり考えていて、そこまで気が回らなかったのだ。
「なあ、ミア。この街に勉強を教えてくれる人っているのか?」
「お母さんが少し教えてくれるけど、お仕事が忙しいの。だから、お兄ちゃんと一緒に練習してるんだよ」
「そっか……」
皇牙が考え込むと、ミアは突然、彼の顔をじっと見つめた。
「ねえ、兄ちゃんって、何のお仕事してるの?」
「俺か? ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた!」
待ってましたとばかりに胸を張る。
「この国の創造主にして、無限の魔力を持つ男! 神城皇牙とは俺のことだ!」
三人は目を丸くした。
「……王様?」
「そう! 王様だ!」
もっとも、皇牙が期待したほどの歓声は上がらなかった。ニルなどは、疑わしそうに巴を見上げている。
「お姉ちゃん、この人、本当に王様なの?」
「はい。少々変わったところはございますが、とても頼りになる方ですよ」
「巴! そこは普通に褒めてくれよ!」
子どもたちは声を上げて笑い、皇牙もつられて笑った。
◇
「それじゃ、俺が特別に勉強を教えてやろう!」
皇牙がそう宣言すると、ミアの顔がぱっと明るくなった。
「本当!?」
「おう! 俺は前世で大学まで行ってたんだぜ。歴史ならかなり詳しいぞ!」
「れきし?」
「昔の出来事とか、すげえ人たちの話だ! 例えば、この巴だって――」
「殿」
巴がそっと袖を引く。
「皆さんは、まず文字を覚えたいのではありませんか?」
「……あっ、そうだった」
皇牙は頭をかいた。
歴史の話となれば何時間でも語れる自信がある。しかし、今の三人が知りたいのは偉人の逸話ではなく、目の前の木片に何が書かれているかだった。
皇牙は広場の端に腰を下ろし、木の枝で地面に文字を書いた。まずはミアの名前から始めたが、教えてみると、これが意外と難しい。
「ここが曲がって、こっちに線が……いや、待て。俺は書けるけど、どう説明したらいいんだ?」
「兄ちゃん、さっきと書き方が違う!」
「うぐっ! 鋭いな!」
ミアに指摘され、皇牙は苦笑した。
その間、巴はトビアスとニルに声をかけていた。
「お二人は、将来どんなことをしてみたいのですか?」
「俺は父ちゃんみたいに荷車を直したい!」
「僕は兵士になりたい。巴様みたいに強くなりたいんだ!」
ニルが勢いよく立ち上がると、巴は少し驚いたあと、嬉しそうに微笑んだ。
「それでしたら、まずは身体を大切にし、よく食べ、よく学ぶことです。強くなるためには、周囲の人をよく見ることも必要ですよ」
「周りを見るの?」
「はい。力が強いだけでは、人を守ることはできませんから」
巴は近くの枝を拾うと、地面に二本の線を引いた。
「例えば、こちらが道で、こちらが荷車だとしましょう。荷車が通るとき、人が安全に歩くにはどうすればよいと思いますか?」
ニルとトビアスは顔を見合わせ、夢中になって考え始めた。
皇牙はその様子を眺め、感心したように呟く。
「……巴の方が、よっぽど教えるの上手いじゃねえか」
「殿も、ミア殿が楽しそうにしておられますよ」
巴が笑うと、ミアは地面に書いた自分の名前を指さした。
「見て! 今度はちゃんと書けた!」
「おおっ! すげえじゃん!」
皇牙は思わず拍手した。
たった数文字のことなのに、ミアは宝物でも見つけたように喜んでいる。その笑顔を見て、皇牙の胸にも温かなものが広がった。
◇
昼食後、皇牙は二宮尊徳のもとを訪ねた。
せっかくの休日だったが、子どもたちの嬉しそうな顔が頭から離れなかったのである。
「……というわけでさ。学校みたいなのを作れないかなって思ったんだよ」
事情を聞いた尊徳は、ゆっくりと頷いた。
「よいお考えです。読み書きや計算は、商売だけでなく暮らしの助けにもなります」
「だろ? でも、俺が毎日教えるのは絶対無理だぞ!」
「ははは。殿にすべてをお任せするつもりはございません」
尊徳は笑いながら、机の上に広げていた農地の記録を片付けた。
「まずは、学びたい子どもがどれほどいるかを確かめましょう。働きながら学びたい大人もおられるはずです」
「大人もか!」
「はい。農作業の収穫量を記録したり、売買の計算をしたりするにも、学んだ知識は役立ちます。ただし、生活のために働く者へ、無理に長い時間を求めるわけにはまいりません」
尊徳は少し考え、続けた。
「最初は週に何度か、短い時間で始めてはいかがでしょう。農作業の忙しい時期には時間を調整する。学ぶことが暮らしの負担になっては、本末転倒ですからな」
「……なるほどなあ。学校って、ただ建てればいいわけじゃないんだな」
「ええ。教える者も、学ぶ者も、続けられる仕組みが大切です」
皇牙は深く頷いた。
城も道路も一瞬で造れる自分には、建物が完成したあとの苦労が見えにくい。だが、尊徳はいつも、その先で暮らす人々のことを考えていた。
「よし! じゃあ、小さな教室から始めようぜ!」
◇
その日の午後、皇牙は住民の人材記録を確認した。
すると、読み書きや計算を教えた経験のある者が何人か見つかった。皇牙はその中から、Rの初等教育指導者エレナと、Rの書籍管理者ユリアンへ相談することにした。
二人は以前から街の仕事に携わっており、教育施設がないため、それぞれ別の業務を担当していた。
「子どもたちに文字を教える教室、ですか?」
エレナは興味深そうに身を乗り出した。
「ぜひお手伝いしたいです。ただ、何歳の子どもが何人いるのか、今どの程度読み書きができるのかを調べる必要がありますね」
「それは尊徳にも言われた! やっぱ、いきなり学校を造るだけじゃ駄目なんだな」
「建物は必要ですが、教える内容と人数に合わせた方が使いやすいと思います」
続いてユリアンが口を開いた。
「教材についても確認いたします。文字を練習する板や筆記具は、今あるものを利用できるでしょう。書物は少しずつ増やしていけばよいかと」
「よし! そこは二人に任せるぜ!」
皇牙は嬉しそうに笑った。
「最初から大きな学校じゃなくていい。まずは子どもたちが楽しく勉強できる場所を作ろう!」
エレナとユリアンは顔を見合わせ、微笑んだ。
「承知しました。まずは希望者を募り、授業の内容を考えてまいります」
「頼んだ!」
皇牙は満足そうに頷いた。
教室の建設は、必要な広さや設備が決まってからでいい。今は、誰が何を学びたいのかを知ることが先だった。
◇
夕暮れが近づいた頃、皇牙は再び広場を訪れた。
ミアたちはまだ地面に文字を書いて遊んでいたが、皇牙の姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「兄ちゃん! 見て! 今日教えてもらった字、もう覚えたよ!」
ミアが差し出した木片には、少し歪んではいるものの、自分の名前がしっかりと刻まれていた。
「おおっ! すげえじゃん!」
皇牙は思わず笑った。
「なあ、ミア。もし、この街に勉強を教えてくれる場所ができたら、行ってみたいか?」
「行きたい!」
迷いのない返事だった。
「私、もっと字を覚えたい! それで、お父さんのお仕事を手伝うの!」
「僕も行きたい! 計算、もっとできるようになりたい!」
ニルも勢いよく手を上げた。
トビアスは少し考えたあと、照れくさそうに頷いた。
「俺も……父ちゃんの仕事が終わってからなら、勉強してみたい」
「そっか!」
皇牙は三人の頭を順番に撫でた。
「じゃあ、楽しみにしてろよ。みんなが勉強できる場所、ちゃんと用意してやるからな!」
子どもたちは歓声を上げ、広場を駆け回った。
その姿を見つめる皇牙の隣で、巴が静かに微笑む。
「殿。今日はお休みの予定ではありませんでしたか?」
「……あっ」
皇牙は思わず空を見上げた。
結局、朝から子どもたちと遊び、尊徳に相談し、エレナたちと話し合ってしまった。仕事をするつもりなど、少しもなかったはずなのに。
「……なんで俺、毎回こうなるんだろうな」
「ふふ。殿が、皆さんのことを大切に思っておられるからでしょう」
「……まあ、そうかもしれねえけどさ」
皇牙は照れくさそうに頬をかいた。
そして、もう一度子どもたちへ目を向ける。
自分が造った街で、子どもたちが笑い、学び、将来の夢を語っている。
そんな光景を見られるなら、たまには予定が狂うのも悪くない。
「……よし! 明日こそ絶対に昼寝するぞ!」
「殿。明日も無料ガチャを引かれるのでしょう?」
「それは別! ガチャは仕事じゃなくて趣味だからな!」
巴の楽しそうな笑い声が、夕暮れの広場に響いた。
アストレアの人口は六百二十五人。
小さな国には、まだ学校もなければ、十分な教材もない。
だが、学びたいと願う子どもたちと、その願いを叶えようとする人々がいる。
新しい教室が生まれる日は、そう遠くないのかもしれなかった。
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