第3章 第109話 ファラオの都市計画と白衣の改革者
異世界生活百二日目。
アストレアの城館にある食堂で、神城皇牙は焼きたてのパンを頬張りながら、昨日の出来事を思い返していた。
人口五百人突破を記念して引いた有料十連ガチャ。その結果は、SRのフローレンス・ナイチンゲールとURのラムセス二世という、歴史好きの皇牙にとって夢のような大当たりだった。
「……いやあ、昨日は最高だったなあ」
「殿。そのお話は、昨夜も何度も伺いましたよ」
向かいに座っていた巴が、楽しそうに微笑む。
「そりゃ何度でも言いたくなるだろ! ナイチンゲールにラムセス二世だぞ? 歴史の教科書で見てた人物が、今じゃ同じ国に住んでるんだからな!」
「ふふ。お二人とも、早速お仕事を始められるそうですね」
「マジかよ。昨日来たばっかりなのに、働き者すぎるだろ……」
皇牙は感心しながらも、自分に仕事が回ってこないことを祈った。もっとも、二人が何を始めるのかは純粋に気になる。
朝食を終えると、まずは日課のガチャを引くことにした。
【国家人口:514人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「昨日はURまで出たし、今日も期待しちゃうよなあ!」
一回目は白い光が広がり、Nの寝具補修補助ハンナが現れた。二回目もNで、洗濯補助を得意とするパウル。そして三回目には青い光が立ち上り、Rの衛生管理者オリヴィアが召喚された。
「おおっ、Rだ! しかも衛生管理って、ナイチンゲールと相性よさそうじゃん!」
皇牙が喜ぶと、オリヴィアは丁寧に一礼した。
「オリヴィアと申します。施設の清掃管理や作業手順の整備を得意としております。よろしくお願いいたします」
「こっちこそよろしく! まずは街の案内を受けてくれ。そのあと、医療関係の仕事を相談したいんだ」
三人を生活案内の担当者に引き継ぎ、皇牙は満足そうに画面を閉じた。
【国家人口:517人】
【無料召喚:0/3回】
「よし! 今日も三人増えたな!」
昨日の大当たりほど派手ではないが、新しい人材が増えるのは何度経験しても嬉しい。特に、実際の仕事を任せられる人間が増えることは、皇牙の理想とする生活にも直結していた。
さて、今日こそ昼寝でもするか。
そう考えたところで、食堂の扉が静かに開いた。
「皇牙様。少々、お時間をいただけますか」
姿を現したのは、ナイチンゲールだった。
「……お、おう。どうした?」
「昨日、街の医療施設を拝見しました。改善したい点がいくつかございますので、現場をご確認いただきたいのです」
昨日召喚されたばかりだというのに、すでに施設の調査を終えているらしい。
皇牙は椅子から立ち上がり、苦笑した。
「分かった! どうせ建物に関係する話だろ? そういうことなら任せろ!」
「ありがとうございます」
ナイチンゲールはほっとしたように微笑んだ。
◇
医療施設は、市場から少し離れた静かな場所に建っていた。
皇牙が《国家創造EX》で造った建物で、診察室や簡単な治療を行う部屋が設けられている。必要な器具や薬品は担当者たちが少しずつ揃えてきたものの、人口が増えたことで使い方にも見直すべき部分が出ていた。
「まず、こちらをご覧ください」
ナイチンゲールに案内されたのは、寝具や布を保管している部屋だった。
棚には洗濯を終えた布が積まれている。そのすぐ近くでは、担当者が使用済みの寝具をまとめていた。
「患者が使用した寝具と、清潔な寝具を扱う場所が近すぎます。忙しいときには、取り違えや汚れの移動が起こるおそれがあります」
「……なるほど。じゃあ、部屋を分ければいいのか?」
「はい。ただ、それだけでは十分ではありません」
ナイチンゲールは廊下へ出ると、寝具を運んでいた担当者に声をかけ、普段の作業について尋ねた。
話を聞いてみると、洗濯する人と保管する人の担当が日によって変わり、明確な手順も決められていないらしい。
「誰が担当しても同じように作業できる仕組みが必要です。清潔なものと使用済みのものを分け、運ぶ順番や保管場所も決めましょう」
「ほうほう……。建物を直すだけじゃ駄目ってことか」
「建物は働く人を助けるためのものです。使い方が整っていなければ、立派な施設でも十分に役立ちません」
皇牙は感心して頷いた。
自分なら、問題が起きれば新しい部屋や建物を造ろうと考えてしまう。しかし、そこで働く人が迷わず動けるようにすることも重要なのだ。
「よし! 必要な配置を教えてくれ。すぐに直すぞ!」
ナイチンゲールの指示に従い、皇牙は保管室を二つに分け、水場へ向かう通路も広げた。使用済みの寝具を集める場所には専用の出入口を設け、清潔なものを保管する部屋と動線が重ならないようにする。
工事自体は、わずかな時間で終わった。
「どうだ! これなら使いやすいだろ!」
「ええ。ありがとうございます。あとは実際に作業していただき、問題がないか確認します」
そこで、案内を終えたばかりのオリヴィアが合流した。
ナイチンゲールから説明を受けた彼女は、棚や出入口の位置を確かめると、すぐに改善案を出し始めた。
「保管場所には、文字だけでなく色でも区別できる印を付けましょう。作業に慣れていない方でも、間違えにくくなります」
「よい考えですね。手洗いや清掃の手順についても、皆さんと確認していきましょう」
二人は担当者たちを交えて話し合い、まずは試験的な運用を始めることにした。
皇牙はその様子を眺め、満足そうに頷いた。
「……すげえな。俺が建物を直してる間に、もう運用方法まで決めてる」
「殿が得意なことをなさり、専門家の方々がそれぞれの役割を果たしておられるのですね」
隣にいた巴が微笑む。
「そうそう! こういうのが俺の理想なんだよ!」
皇牙は嬉しそうに笑った。
◇
医療施設を出た皇牙のもとへ、今度は西門の担当者から連絡が届いた。
昨日の定期市をきっかけに、商人たちの宿泊場所が不足しているという。
皇牙が城館へ戻ると、会議室にはローレン、フェリクス、ナポレオン、山本勘助、そしてラムセス二世が集まっていた。
「おっ、ラムセスもいるのか!」
「うむ。この街の様子を見ていたところ、商人の宿泊場所について相談を受けたのだ」
ラムセスは机に広げられた地図へ視線を落とした。
昨日召喚されたRローレンは、フェリクスとともに既存の宿泊施設を調査していた。彼が持参した帳面には、客室数だけでなく、寝具や食器の数、厩舎の空き状況まで記されている。
「現在の宿は、普段の利用には対応できています。ただ、定期市のように遠方から商人が集まる日には、部屋も馬を休ませる場所も不足します」
「……やっぱそうか。せっかく来てくれた商人が、泊まるところなくて困るのは嫌だな」
皇牙が眉をひそめると、ラムセスが地図の西門付近を指した。
「問題は宿の数だけではない。この道には、市場へ荷を運ぶ荷車と、宿を探す旅人が集中する。今のうちに流れを分けておくべきだ」
「流れを分ける?」
「荷を運ぶ者、宿へ向かう者、街へ入る住民。それぞれが同じ場所で立ち止まれば、道はすぐに塞がる」
ラムセスは西門の外側にある空き地を指し、街道から荷車が入れる広場と、小規模な宿泊施設を組み合わせる案を示した。
ナポレオンも地図を覗き込む。
「ただし、門の真正面は空けておきたい。軍の出入りを妨げる場所に建物を置くのは好ましくない」
「西側の道も残しておけば、非常時の避難や物資の搬入に使えましょう」
山本勘助が補足すると、ラムセスは頷き、地図に引いた線を少し直した。
「なるほど。ならば宿はこの位置がよいな。広場にも、将来の拡張に使える土地を残しておこう」
三人が次々と意見を交わす様子を見て、皇牙は思わず笑みを浮かべた。
古代エジプトのファラオ、フランスの皇帝、そして戦国時代の軍師。そんな人物たちが、小さな街の宿屋について真剣に議論している。
歴史好きには、これ以上ないほど贅沢な光景だった。
「……いやあ、最高だな。こんな会議なら何時間でも見てられるぜ!」
「見ているだけでなく、最後にはご判断をお願いします」
ローレンにそう言われ、皇牙は少しだけ肩を落とした。
「……やっぱ、そこは俺の仕事なのか」
会議室に小さな笑い声が広がった。
ローレンの調査では、まず十人程度が泊まれる施設があれば当面の不足を緩和できる見込みだった。ただし、寝具や食器、働く人員については準備が必要になる。
「よし! じゃあ、最初は小さな宿泊棟と厩舎を造ろう! 必要になったら、あとから増やせばいい!」
「ありがとうございます。備品と人員の手配はこちらで進めます。開業は準備が整ってからにさせてください」
「もちろん! そこは任せるぜ!」
皇牙は笑顔で頷いた。
◇
午後、西門の外側にある空き地へ移動した皇牙は、ラムセスたちと改めて配置を確認した。
門の出入りを妨げず、荷車が方向を変えられる広場を確保する。宿の周囲には通路を設け、厩舎へ向かう馬が歩行者とぶつかりにくい配置にした。
「……よし。それじゃ、造るぞ!」
皇牙が《国家創造EX》を発動すると、地面が低く震え始めた。
整えられた土地に石畳が広がり、その奥には二階建ての宿泊棟が姿を現す。隣には馬を休ませるための厩舎が建ち、荷車を停めるための広場も完成した。
「どうよ! なかなかいい感じだろ!」
皇牙は得意げに胸を張った。
しかし、ラムセスは建物を見上げたまま、しばらく言葉を失っていた。
「……これほどの建造物を、わずかな時間で造り上げるとは」
「すげえだろ! でも、寝具とか食器とかは別に用意しないと駄目なんだけどな!」
「それでも驚くべき力だ。我が知るどの建築とも違う」
ラムセスはゆっくりと宿の周囲を歩き、広場や通路を確かめた。
「よい配置だ。だが、空いている土地をすべて埋めようとはするな。都市は、人が増えたときに姿を変えられる余地が必要だ」
「……なるほどな! 俺だったら、空いてる場所にどんどん建物を造っちゃいそうだぜ」
「そなたなら、本当にやりかねぬな」
ラムセスが愉快そうに笑うと、ナポレオンも口元を緩めた。
一方、ローレンはすでに宿の内部を確認し始めていた。
「客室の広さは十分です。これから寝具や食器を揃え、必要な担当者の配置を考えます」
「頼んだ! 最初のお客さんが来るときは、俺にも教えてくれよ!」
「承知しました」
建物は完成した。しかし、まだ宿屋として営業できるわけではない。
皇牙はその違いを理解したうえで、残りの準備をローレンたちへ任せることにした。
◇
夕方、皇牙はラムセスとともに城館の庭園を歩いていた。
街の向こうには、今日新しく建てた宿泊棟が小さく見えている。
「……なあ、ラムセス。今日の都市計画、すげえ面白かったぜ!」
「そうか。我も、そなたの力を見られて興味深かった」
「いつか、この国がもっと大きくなったらさ。お前にも一つの地方を任せてみたいんだよ」
ラムセスは足を止め、皇牙へ視線を向けた。
「地方を、か」
「そう! 将来、首都以外にも街ができたら、優秀な奴らを領主にして、それぞれの街を発展させてもらうんだ。ナポレオンや関羽、勘助なんかにも向いてそうだろ?」
皇牙は楽しそうに笑った。
「そしたら俺は首都でのんびりできるし、みんなも得意な仕事ができる! 最高じゃねえか!」
ラムセスはしばらく考え、それから静かに頷いた。
「広い国を治めるのであれば、地方を任せる者は必要になるであろう。ただし、領主がそれぞれ勝手に振る舞えば、国はまとまらぬ」
「そこは中央で決めることと、領主に任せることを分ければいいんだろ? 張良たちにも相談してみるさ」
「うむ。それがよかろう」
ラムセスは満足そうに笑った。
「だが、今はまだその時ではあるまい。まずは、この街を豊かにすることだ」
「分かってるって! まだ五百人ちょっとだもんな!」
皇牙は頷いた。
いつかアストレアに複数の都市が生まれれば、それぞれの偉人に特色ある領地を任せることができるかもしれない。
ただし、それはまだ先の話だ。
今は目の前の住民たちが安心して暮らせる街を育てることが、何より大切だった。
◇
日が沈み始めた頃、皇牙は巴とともに庭園の椅子へ腰掛けていた。
「……いやあ、今日は結構働いたなあ」
「はい。医療施設の改修もなさいましたし、新しい宿泊棟も完成しましたね」
「だろ? しかも、どっちも専門家が考えてくれたから、俺は建物を造るだけで済んだ!」
皇牙は満足そうに笑った。
ナイチンゲールは医療と衛生の改善を進め、ラムセスは都市の構造を考え、ローレンは宿泊施設の運営準備を始めている。
昨日召喚されたばかりの者たちが、すでにアストレアの発展を支え始めていた。
「……やっぱ、優秀な人材がいるって最高だな」
「ふふ。殿が皆さんの力を信じて任せておられるからこそ、力を発揮できるのだと思いますよ」
「そうかなあ? 俺は単に楽したいだけなんだけど」
「それでも、皆さんが働きやすいように考えておられるではありませんか」
巴にそう言われ、皇牙は少し照れくさそうに頬をかいた。
「……まあ、みんなが困るのは嫌だしな」
そして、ふと思い出したように立ち上がる。
「よし! 明日こそ何もしないで昼寝するぞ!」
「殿。明日も無料ガチャを引かれるのでしょう?」
「それは別腹!」
即答する皇牙に、巴は声を上げて笑った。
アストレアの人口は五百十七人。
豪華な建物を造るだけでは、国は豊かにならない。だが、それぞれの得意分野で力を発揮する仲間たちがいれば、小さな国でも確実に成長していける。
皇牙の理想とするスローライフは、まだまだ遠い。
それでも、今日もまた一つ、そこへ近づいたような気がした。
お読みいただきありがとうございます。
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