第3章 第106話 暫定協定、ついに締結! 皇牙の市場祭りが外交を動かす
異世界生活九十七日目。
アストレアの城館では、朝から神城皇牙の残念そうな声が響いていた。
「うおお……今日も金色は来なかったか!」
広間に残っていた白い召喚光が消え、三人目の新しい住民が姿を現す。今朝の無料ガチャで召喚されたのは、Nの農具修理補助ヴィルマ、Nの果物選別補助エリカ、そしてNの清掃管理補助トビアスだった。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:492人】
【SR以上排出率:5%】
「いや、三人ともありがたいんだぞ? 農具も果物も掃除も大事だからな。ただ、そろそろ伝説級の偉人が見たいというか……」
「殿。皆さんが困っておられますよ」
巴に指摘され、皇牙は目の前で戸惑う三人に気づいた。
「あっ、悪い! 来てくれてありがとな。仕事のことは案内役に相談してくれ!」
三人を送り出すと、皇牙は肩を落としながらも笑った。人口は四百九十二人。四人だけで始まった開拓地が、今では五百人に迫っている。
「あと八人か。こうなったら五百人記念に何かやりたいな!」
「殿。ちょうど定期市のお話が進んでおりますよ」
「そうだった! よし、そっちを見に行こう!」
先ほどまでの落胆はどこへやら、皇牙は巴を連れて会議室へ向かった。
◇
机に広げられた市場の見取り図には、屋台の予定位置が細かく書き込まれていた。
セシリアが会場全体の進行を担当し、R人材のエミリアが出店者の募集と配置を進めている。すでに市場の店主たちからは、焼き菓子、肉料理、木工品、布製品など、さまざまな申し込みが届いていた。
「……すげえ! もうこんなに集まったのか!」
皇牙が目を輝かせると、エミリアは少し困ったように笑った。
「ありがたいことなのですが、広場に入れる屋台には限りがあります。初回は十店舗ほどに絞りたいと考えております」
「十店舗かあ。もっと並べたら楽しそうだけどな」
「準備する人員も必要ですし、まずは一度開催して、どこに問題が出るか確かめたいのです」
セシリアの説明に、皇牙は納得した。
前回の食事会では、料理を作る者も運ぶ者も忙しかった。楽しい催しだからといって、また同じ負担を押しつけるつもりはない。
そのとき、巴が図面の端を指した。
「こちらの搬入口と、お客様が歩く通路が交差していますね」
エミリアが顔を上げる。
「ええ。開場前に荷物を運び込めば問題ないかと考えていたのですが……」
「遅れて到着する商人もいるでしょう。馬が驚いた場合も危険です。搬入の時間を決めるだけでなく、通路を分けておいた方が安心かと」
セシリアはすぐに図面へ修正を加えた。
「ありがとうございます。関羽様の警備担当者にも確認していただきましょう」
皇牙は腕を組み、感心したように頷いた。
「さすが巴! そういうところまで気づくんだな!」
「殿をお守りするのと同じです。人が集まる場所では、逃げ道と周囲の安全を考える必要がありますから」
巴が微笑むと、皇牙は少し照れくさそうに頭をかいた。
「……頼りになるなあ」
◇
そのころ、ヴァルデン子爵領へ戻ったオスカー・ベルナーは、アルブレヒト子爵の執務室で報告を行っていた。
アストレアを出発したのは前日の朝。道中の宿場で一夜を過ごし、この日の昼過ぎにようやく領都へ到着したのである。
「……つまり、通行と給水については合意できる見込みが立ったのだな」
「はい。連絡窓口と記録方法については、すでに双方の実務担当者が取り決めを交わしております」
オスカーは協定草案を差し出した。
アルブレヒトは文面を読み進め、給水施設の項目で手を止めた。
「利用状況を記録し、維持費はその結果を踏まえて協議する……か。こちらの商人だけが不利になることはないのだな?」
「はい。同じ規則を双方の利用者へ適用します。また、新たな費用負担を一方的に決められないことも明記しております」
子爵は次に、通行規制の項目へ目を移した。
「魔物の襲撃や橋の損傷があれば、アストレア側の判断で道を閉鎖できるのか」
「差し迫った危険がある場合に限ります。理由のない通行停止は認められず、危険が解消すれば速やかに再開する内容です」
「……なるほど。安全のための権限は認めるが、商隊を締め出す口実には使わせないわけか」
アルブレヒトは静かに頷いた。
古い境界の問題は残っている。しかし、それを理由に交易まで止めてしまえば、子爵領の商人たちが損をする。
「よかろう。この内容なら認める」
子爵は署名欄へ筆を走らせ、封印を施した。
「ただし、実際の運用で問題が起きれば報告させよ。協定を結んで終わりではない」
「承知いたしました」
オスカーは深く頭を下げた。
署名済みの文書は二通用意され、夕方、騎馬の使者へ託された。使者は道中の宿場で休息し、翌日中にアストレアへ届ける手はずだった。
◇
午後のアストレアでは、皇牙が市場の中央広場に立っていた。
セシリアとエミリアが修正した図面をもとに、屋台の設置場所を整えるためだ。
「よし! せっかくなら、格好いい広場にしてやるぜ!」
皇牙が《国家創造EX》を発動すると、地面に淡い光が広がった。
石畳の上に屋台を置きやすい平らな区画が現れ、中央の通路が広がる。雨水が流れる浅い排水溝と、荷物を運ぶための裏側の通路も整えられた。
皇牙はさらに、広場の入口に装飾付きの石柱を造ろうとしたが、巴がそっと声をかけた。
「殿。そこに大きな柱を置くと、荷車が曲がりにくくなりませんか?」
「……あっ」
皇牙は図面と実際の通路を見比べた。
「確かに邪魔だな。じゃあ、もう少し端に寄せるか!」
石柱の位置を変えると、エミリアが安堵したように笑った。
「これなら搬入にも支障がありません」
建物や道路は一瞬で造れる。しかし、屋台の材料、商品、調理器具、販売する人員まで生み出せるわけではない。
それらの準備は、商人や職人たちの仕事だった。
「……よし! 俺の担当はこれで終わり!」
皇牙が満足そうに伸びをすると、セシリアは苦笑した。
「ありがとうございます。あとは出店者との調整を進めます」
そこへ、市場の店主の一人が声をかけてきた。
「皇牙様。定期市には、子爵領の商人も参加できるのでしょうか?」
「ん? もちろん、いいんじゃねえの? 珍しいもの持ってきてくれたら面白そうだし!」
皇牙は即答したが、セシリアは慎重に言葉を添えた。
「参加する場合は、こちらの市場規則に従っていただく必要があります。特別扱いはできませんが、同じ条件で申し込んでいただくことは可能です」
「それでいいじゃん! 商人が増えた方が、絶対楽しいって!」
皇牙の笑顔につられ、周囲の人々も明るい表情を浮かべた。
◇
夕方、定期市についての報告を受けた張良は、興味深そうに目を細めた。
「……子爵領の商人も参加できる市場ですか」
隣にいたナポレオンが頷いた。
「通行協定の成果を試す機会になるな。ただし、最初から大勢を呼ぶべきではない」
「ええ。まずは少数の商隊に参加していただき、実際の通行記録や給水設備の利用状況を確認するのがよいでしょう」
張良は市場の見取り図を広げた。
定期市は本来、皇牙が美味しい料理を楽しむために思いついた催しだった。しかし、子爵領の商人が参加すれば、双方の交易にも新しい利益が生まれる。
「ただし、出店の選考は通常の規則どおりに行うべきです。子爵領の商人だけを優遇すれば、アストレアの商人が不満を抱くでしょう」
「そのとおりだ。外交のために市場を歪めては本末転倒だからな」
ナポレオンは地図上の西門を指した。
「それに、警備と荷車の誘導は関羽たちにも確認させよう。定期市の日だけ荷車が集中すれば、せっかく整えた待機場所が混乱する」
張良は穏やかに頷き、コルベールへ提案をまとめた。
外交で築いた関係を、実際の商売へつなげる。
そのためには、大きな約束を掲げるだけでなく、小さな成功を積み重ねることが重要だった。
◇
翌九十八日目の朝。
皇牙はいつもの広間で無料ガチャを引いていた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:492人】
【SR以上排出率:5%】
「今日こそ大当たり! 頼むぜ!」
一回目はNの倉庫整理補助マルタ。二回目はNの薪管理補助ユリウスだった。
そして三回目、召喚陣が青く輝いた。
【R リカルド】
【適性:商取引記録・売上集計】
「おおっ、Rだ!」
皇牙は嬉しそうに拳を握った。
「商売の記録が得意なのか! ちょうど市場の祭りをやるところなんだよ!」
リカルドは丁寧に頭を下げた。
「売上や費用の記録であれば、お役に立てるかと思います」
「よし! エミリアって奴がいるから、そいつと相談してくれ!」
皇牙は三人を案内役へ引き継ぎ、人口表示を確認した。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:495人】
【SR以上排出率:5%】
「四百九十五人! あと五人で五百人か!」
皇牙は満足そうに笑った。
リカルドは午後、セシリアとエミリアに紹介され、定期市での売上と出店費用をどのように記録するか相談を始めた。
商品の値段まで決める必要はない。出店者自身が販売し、必要な記録を残す。その方法なら、催しの負担を増やしすぎず、次の開催にも経験を生かせる。
市場の準備は、少しずつ現実の形になっていた。
◇
同じ日の夕方。
西門へ、ヴァルデン子爵家の使者が到着した。
九十七日目の夕方に領都を出発した使者は、騎馬で街道を進み、道中の宿場で休息を取りながらアストレアへ向かっていた。
持参したのは、アルブレヒト子爵の署名と封印が入った暫定協定書だった。
書面を受け取ったコルベールは、すぐにナポレオンと張良を呼び、内容を確認した。
「……間違いありません。協議でまとめた文面と一致しています」
張良がそう告げると、ナポレオンは満足そうに頷いた。
「ならば、あとは皇牙の判断だな」
皇牙は夕食前の休憩を楽しんでいたが、正式な協定書が届いたと聞くと、巴を伴って会議室へ向かった。
「おっ、ついに来たのか!」
コルベールから説明を受けた皇牙は、書面へ目を通した。
商隊の通行、給水設備の利用、緊急時の対応、そして既存の現状維持の取り決めを変更しないこと。
確認すべき内容は多かったが、ナポレオンと張良が作り上げた条件は、皇牙が最初から求めていたものと一致していた。
「……よし! これなら問題ねえな!」
皇牙は筆を取り、署名欄へ名前を書いた。
続いて、アストレア側の正式な印が押される。
その瞬間、双方の署名が揃い、暫定協定が正式に成立した。
「……おおっ! これで決まりか!」
「はい。商隊の通行と給水設備の利用について、正式な取り決めが成立しました」
コルベールが答えると、皇牙は嬉しそうに笑った。
「やったじゃねえか! これで商人も安心して来られるな!」
張良は穏やかに頷いた。
「ええ。ただし、領有権の問題は引き続き協議が必要です」
「分かってるって。そこは頼むぜ!」
皇牙はあっさり答えた。
すべての問題が解決したわけではない。
それでも、長く続いた対立の中で、双方が正式な約束を交わした意味は大きかった。
◇
その夜、アストレアの市場には、いつもどおり商人たちの声が響いていた。
西門では荷車の順番が整理され、給水設備の利用記録も残され始めている。新しい暫定協定は、こうした日々の仕事を支える仕組みとして機能していくことになる。
城館の庭園では、皇牙が巴とともに夜空を眺めていた。
「いやあ、今日はいい日だったな! 協定も結べたし、定期市の準備も進んでるし!」
「はい。皆さんの努力が実りましたね」
巴が微笑む。
皇牙は満足そうに頷き、椅子へ深く腰を下ろした。
「……でも、一番楽しみなのは祭りの飯なんだよな!」
「ふふ。殿らしいですね」
皇牙は笑いながら、夜の街を見下ろした。
自分が面白そうだと思ったことを、優秀な仲間たちが形にしていく。
そんな国なら、きっとこれからもっと楽しくなる。
「……よし! 次は五百人記念だな!」
皇牙の声に、巴は少し呆れながらも微笑んだ。
アストレアはまた一つ、国としての歩みを進めたのである。
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