歴史は繰り返すものなのか
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しばらく王都の守護をしろと言われ、デュオリードは首を傾げた。
ジェイセンから連絡が来たのだと、ロアンが言う。
行動の魔物討伐と、その後の処理がようやく終わって帰還したばかりのデュオリードにとって、それは根耳に水だった。
確かにジェイセンは、王国中の魔物を討伐して回っている。
アーバン公爵領以外は、依頼を受けての話ではあるのだが、禍出による被害がどうにもならなくなると、ジェイセンを頼る領主は多い。
相応の金額は支払わせる。軍を動かすにも金がかかるからだ。
助けてもらったくせに、己よりも立場が上であるジェイセンについて『守銭奴』『金に汚い傭兵と同じ』などと言う者もいる。それでも淡々と己の役割をこなすジェイセンは、幼い頃からそういう教育を受けてきていた。
側近だったロアンも、そして傭兵として放浪していたが、食客としてアーバン家に招かれ、彼が小さなころには剣術の師として訓練をしていたディオリードも、それを知っている。ディオリードはジェイセンよりも十歳ばかり年上で、彼の父の元で働いていた。
ジェイセンの剣の相手にちょうどいいと選ばれたのだが、アーバン家の者は大抵の場合武芸に秀でており、ジェイセンもその血を濃く受け継いでいる。しばらくすると教えることはなにもなくなった。
努力家であり、真面目で、己の役割をよく理解している。
そんなジェイセンの様子がおかしくなったのは、彼の母が死んでから、いや、もっと以前からだったか。
ジェイセンの父は己の妻が病に臥せったとき、適切な治療を受けさせなかった。
何故なのかとロアンに尋ねたら『奥方様は浮気をしていた。首を斬られた騎士を覚えているだろう』と、彼は言った。デュオリードはその出来事を噂で聞いた程度だ。
処理は迅速に行われた。多くの者はそれを見ていないが、どうやら処断された男は大きな罪を犯したらしい──とは、実しやかに囁かれていた。
それまでデュオリードは、アーバン公爵夫人を美しく優しい淑女の鏡のような女性だと思っていた。
だが、内面は違う。デュオリードはなんだかとても裏切られたような気持ちになって、己の妻を選ぶときは、素朴で大人しい女性をとばかり考えていた。
美しい者は、本人がどうであっても他の男がほうっておかない。アーバン公爵夫人は、とても綺麗な人だった。
同じように──美しいが悪い噂の絶えないラヴィーネを妻にすることになってしまったジェイセンに、デュオリードは少なからず同情していた。
かといって、ラヴィーネに歩み寄ろうとしない彼の態度に思うところはあったものの、ジェイセンの過去を知っているだけに余計な口出しはできない。
どうなるのかと心配していたところ、どういうわけかジェイセンは本当に珍しいことに魔物討伐を途中でデュオリードに任せて、王都に向かったのである。
禍出の濃い瘴気により現れたおおもとの魔物はジェイセンが討伐してくれたので、あとは小物の討伐と、土地の浄化のため、汚染の調査と汚染部の封鎖ぐらいしか仕事は残されていなかったのだが。
それでも最後まで見届けるのが、いつものジェイセンだった。
「どうやら、ラヴィーネ様が時計塔で魔物に襲われたようです。一緒にのぼっていたために、ことなきを得たらしいですが」
「は……? ジェイセン様が、奥方と時計塔に?」
「そうですね」
「ジェイセン様は、ラヴィーネ様にはなんの感情も抱いていないと言っていたが……」
「ラヴィーネ様は、噂のような方ではないようです。私たちは、周囲の者たちの噂に騙されていました。彼女の妹であるアイビーや、傍仕えをさせていたアメリに。本当に嫌になる。特にアメリ、あの女はずっと、ラヴィーネ様について私に嘘の情報を流し続けて、私を騙していた」
「嘘の情報とは?」
「我儘で高慢でろくでもない女だ、と! 何人もの侍女がアーバン家から去りましたが、それはラヴィーネ様が辞めさせたのだと、私はアメリの嘘を信じてしまったのです。実際に若い侍女たちをいじめていたのはアメリで、あの女はラヴィーネ様の生活費を着服し、食事まで抜いて……あのまま放置していたら、ラヴィーネ様は衰弱して、死んでいたかもしれない。そんなことにも、私は気づかなかった」
ロアンは執務机を殴りつける。重たい音がして、書類やインク壺が一瞬浮いた。
叩きつけた拳を片手で庇い、痛そうに顔をしかめる。
頭はいいが、体を使うことは苦手なのだからやめておけばいいのにと、デュオリードは思う。
それにしても──あの美しい女性は、長い間一人で耐え続けていたのか。
誰も味方のいない、公爵家で。それはどれほど、苦しいことだっただろう。
「……どうやら、皆、何も見えていなかったようだ。奥方様の浮気が俺たちの目を曇らせていたのだろうな。それもいいわけにはできないが。酷いことをしてしまった」
「ええ、本当に」
「庭が穴だらけになっているが、あれは?」
「あれは、私の贖罪です。百の穴をあけて、百の桃の木を植えるようにジェイセン様から命じられています」
「それは他の者も同罪だろう。兵たちにも手伝わせよう。ラヴィーネ様の悪口を言った者たちを選び、手伝わせる」
「いや、不必要です。私は本当に……ラヴィーネ様に、許されないことをしたのだから」
ロアンは唯一、ラヴィーネと会話を交わしていた。
それでもラヴィーネの訴えを信じなかったのだという。
罪の意識に苛まれているロアン以上に、ジェイセンもきっと深く後悔しているだろう。
デュオリードは精鋭を選び、王都に向かった。
ウルブハウルズ騎士団が時計塔を守るなど前代未聞だが、それは重要なことであるらしい。
ジェイセンの指示にて、時計塔の警備につく。
時計塔には魔物避けの効果があるとジェイセンはいうが、デュオリードは半信半疑だった。
だが──王城より派兵された者たちと共に警備をはじめてから一週間。
どこからか飛来した巨大な蝙蝠の姿をした魔物が、時計塔の天辺を──食いちぎった。
それはあっという間のできごとだった。
今まで魔物とは何度も戦ってきた。しかし、凶悪な魔物が現れるのは決まって禍出の奥。
瘴気だまりの中心である。
なにもない場所に唐突に、魔物は現れたりはしない。
しかし小さな邸ほどもありそうな巨躯の魔物は、デュオリードたちが動くよりも先に、時計塔の上部をいともたやすく、警備の兵と共に喰らった。
瓦礫が頭上から落ちてきて、人々が逃げ惑っている。
時計塔の封鎖はできず、観光目当ての客たちが多く訪れている。
デュオリードは泣きじゃくる子供を庇い、その母親と共に逃がした。空を覆うように頭上に広がる黒い怪物が、まるで──悪夢の訪れのように感じられた。




