時計塔の守護
ガーゴイルから時計塔を守ることができたが、今後も魔物の襲撃がないとも限らない。
王都の平穏は──幕を閉じたのだ。
小さな集落が魔物によって滅ぼされる。それは田舎だからそうなるのだと、王都の民は信じていた。
時計塔ができて五十年、王都に魔物が出ることがなかった。
その襲撃は──多くの民に恐慌と混乱を、そして襲撃から塔を守った魔物殺しのアーバン公爵には称賛が送られた。
「──しかしながら陛下、此度の襲撃時にはたまたま居合わせましたが、毎回守ることができるとは限りません」
「それはそうだな。それにしてもお前が時計塔に……珍しいこともあるものだ。なにか叶えたい願いでもあったのか?」
「いえ、そういうわけではなく」
ジェイセンは数日後、報告のために城に謁見に向かった。
国王アシュラムはジェイセンよりも五つ年上で、彼の遠縁の親戚でもある。先々代の公爵の妻が王家の姫だったのだ。とはいえ、先々代ともなれば今はそこまで関係が深いわけでもない。
それでもジェイセンが求めれば簡単に謁見に応じてくれるぐらいには、王家とアーバン家は親密な間柄にある。
「あぁ、お前は新婚だったな。ラヴィーネを時計塔に案内していたのか」
「え、ええ、まぁ……」
「はい。案内していただきました」
時計塔について話すため、ラヴィーネもジェイセンに同行している。
セインは家で待っていた。ここに連れてくるには、あまりにも彼の立場はややこしすぎる。
謁見の間の玉座に座る王の前で、ラヴィーネはジェイセンを見あげて微笑む。
「ジェイセン様にはとても、よくしていただいています」
「い、いや、俺は」
「よくしていただいています」
ラヴィーネはジェイセンの指を軽く握り、もう一度言った。
夫婦仲について話しにきたわけではないので、仲よしです──ということで乗り切ろうと、指をひっぱり伝える。
ジェイセンは軽く眉を寄せて、頷いた。そんな二人の様子をアシュラムは興味深げに眺める。
「女を傍に寄せなかったジェイセンをここまで懐柔するとは、どんな手を使ったのだろうな」
「いえ、陛下、私はなにも……」
「ラヴィーネは心根の優しい、清廉な女性です。俺は彼女と結婚してよかったと思っています。戦い以外にも興味が持てるようになりました。だから時計塔に」
「そうか、それはよいことだ。アーバン家の血筋は王家にとってもっとも重要なものだと考えている。アーバン家がどれほどこの国のために貢献してくれているのか、私もよく知っている」
「ありがたいお言葉です」
ラヴィーネの悪い噂はアシュラムの耳にも入っているだろう。
だが、彼はそれを一言も口にしなかった。ジェイセンはアシュラムのことを、公平なよい王だと言っている。他の貴族と違いラヴィーネを見ても眉をひそめないので、本当にそうなのだろう。
「ところで陛下。時計塔の建設に、ラヴィーネの祖母が関わっていることはご存じでしょうか」
「いや。あれは、私の祖父の時代に建てられたものだ。王都の中心に時刻がわかるものを建てれば皆が喜ぶのではと──王家が主導したわけではない。技工士を多く輩出しているサリヴァン伯爵家に頼んだのではなかったか」
「資金提供と技術者を提供したのはサリヴァン伯爵家。それから建築に秀でていたルヴァーナ家。それらの家が主でしたが、設計をしたのはラヴィーネの祖母、ヒルダ殿です」
「そうか。ヒルダ殿を私はよく知らないが、賢い人だったのだな」
「はい。ヒルダ殿はエルーニャ伯爵家で長らく魔物研究を続けていたそうです。彼女は学者の家の出身で、その家が魔物に襲われて家族を失ったからだと聞いています」
ジェイセンの説明に、ラヴィーネも頷いた。
といっても、エルーニャ家にいた時代、ラヴィーネはヒルダのことをなにひとつ知らなかった。
これは、セインから聞いたことだ。
セインのいる未来では時計塔が壊されて魔物が王都を襲うようになっている。
理由を探ったセインは、ヒルダという名に行きついたのだ。
けれどヒルダはもう亡くなっていて、時計塔の資料は残されていなかった。
「そうなのか、ラヴィーネ」
「そのようです。私も詳しいことは知りませんが、祖母の名が時計塔の大きな歯車に刻まれていました」
「それで?」
「魔物が時計塔に現れたのは偶然ではないと私は考えています。時計塔が建ってから、王都に魔物が現れることがなくなりました。そのため、王都は人も文化も街並みも以前よりも発展しています。襲撃に怯える必要がなくなったからです。つまり、時計塔が魔物の侵入を防いでいる、と考えられませんか?」
ジェイセンの言葉に耳を傾けて、アシュラムは腕を組む。
「……考えたこともなかったな。単純に、アーバン家が魔物を討ち、未然に防いでくれているからだと考えていた」
「禍出の出現を私は予測できません。魔物が湧けば狩りますが、未然に防ぐことは不可能です。瘴気が溜まりやすい土地は確かにありますが、王都近郊にそれがないわけではありません」
「つまり、時計塔には重要な役割があると?」
ジェイセンはちらりとラヴィーネを見る。ラヴィーネは頷いて、口を開いた。
「祖母は……これは本当はいけないことなのでしょうが、密やかに時計塔に魔物を寄せなくなる細工をしていたようなのです。祖母にとってその技術は研究段階だったようですが、実際に魔物は現れなくなりました。時計塔から人の耳には聞こえない、魔物の嫌う音が出ているようです」
「獣よけに、不快な音を使用する。熊鈴や、鳥避けのような。それと同じか?」
「はい。時計塔には、その効果があります。魔物が時計塔に現れたのは、時計塔を壊すためだったのではないか、と」
「ある種の魔物には知性があります。人に擬態し、人語を話し、人心を惑わすものもいるぐらいです。時計塔を破壊する必要があると考える魔物も、いてもおかしくないかと」
ラヴィーネの言葉を、ジェイセンが継ぐ。
「今回は偶然私がいましたが、いつもいるとは限りません」
アシュラムは少し考えて「では、時計塔の警備を増やそう」と、頷いた。




