侍女アメリ
怯えるラヴィーネの腰を引き寄せ、髪を撫でて「いい子だ、大丈夫」と、セインが宥める。
手を踏みつけられて床に這いつくばっていたジェイセンが起きあがり、何か言おうとした。
だがその前に、彼に駆け寄る者がいる。
壁際に立ち、恐怖政治に震えていたアメリが、ジェイセンに縋りついた。
「ジェイセン様……っ、よかった、来てくださったのですね!?」
「……どうした、突然」
胸に縋りつくアメリを一瞥して、ジェイセンは眉を寄せる。
ラヴィーネは、きゅっと唇を引き結んだ。アメリが怖いというのは、彼女が気の強い美人だからというだけではない。
彼女はラヴィーネがアーバン家に来る前から、行儀見習いとしてジェイセンの傍にいた。
『ジェイセン様は奥様には冷たいのですね。私には優しくしてくださるのに』
『アーバン公爵領が飢饉にならなければ、毒蛇を娶らなくてすんだのに』
『ジェイセン様、奥様が、来たばかりの侍女を苛めて辞めさせてしまったのです……っ、話し方が気に入らないのだとか……っ』
この半年の間に、そんなことをずっと言われてきた。
ジェイセンが不在の間は、アメリはまるでアーバン家の女主人のように振舞う。
そしてジェイセンがいると、彼にラヴィーネの悪行を告げ口するのである。
もちろん、そんなことをラヴィーネはしていない。実際、新しく来てくれた侍女をいびって辞めさせていたのはアメリだ。
このままではいけないと思い、家令のロアンに相談したことはある。
しかし彼は『侍女との関係に悩むほどに奥様はお暇でしょうが、私は忙しい』と言って、取り合ってはくれなかった。
アメリは、ジェイセンの恋人なのかもしれない。
だからジェイセンは、ラヴィーネとの子を作らない。本当はアメリと結婚したかったのかもしれない──と、悪い想像ばかりが膨らんだ。
彼女もアイビーと同じだと思うと、ぬるい諦観がラヴィーネを支配した。
ラヴィーネのことを信じてくれる人は、どこにもいない。
「奥様が、ジェイセン様がいない間に浮気相手を連れて帰ってきたのです! ジェイセン様によく似ていますから、ジェイセン様に相手にされずに、よほど寂しかったのでしょうね……!」
「確かに、似ているが」
「当然だ。私はお前なのだから」
ラヴィーネをしっかりと片腕に抱いて、呆れたようにセインが答える。
アイビーに縋りつかれているジェイセンは、彼女に自ら触れるようなことはせず、まるで蜜月の恋人のように抱き合うセインとラヴィーネを睨み続けている。
「よくわからないことを……っ、この男は自分はジェイセン様だと言うのです。この家の主だと。追い出そうとした警備兵の骨を折って動けなくすると、逆らうのなら同じようにする、と……私、怖くて……っ」
いつもの気の強さを隠して、アメリが弱弱しい涙声でジェイセンに訴えた。
「奥様はジェイセン様を裏切ったのです、この男と不貞を……っ、ジェイセン様、どうか二人を追い出してください……!」
アメリはどこか──勝ち誇ったような響きのある、けれど哀れみを誘う震える声で、叫んだ。
セインの存在は、確かに怖い。だが同時に、ラヴィーネを追い出すことができる絶好の機会だ。
彼女はずっとそれを望んでいたはずだ。ラヴィーネが邪魔で仕方がなかった。
そう思われているのは、ラヴィーネもわかっている。
だからといって、ここから逃げ出すことは考えていなかった。
少しでも、ジェイセンの役にたちたい──彼は、ラヴィーネをあの家から救い、ここに置いてくれた人だ。
なにも、できなかったけれど。
これで終わりだろう。
きっとジェイセンはアメリの言葉を信じ、ラヴィーネを追い出す。
ラヴィーネはセインの胸に顔を埋めて、断罪の時を待った。
「……何故、お前の命令に従う必要がある?」
「ジェイセン様?」
予想外の言葉に、ラヴィーネは顔をあげる。
ジェイセンはアメリの体を、猫を持ちあげるようにその服の襟を掴んでぐいっと引きはがした。
彼は煩わしそうにじたじた暴れているアメリを一瞥すると、雑に床に投げ捨てる。
その仕草は、ジェイセンを床に投げたセインのものとよく似ていた。
「きゃ……っ、な、なにを、するのですか、ジェイセン様……っ」
床に座り込んだアメリの瞳から、涙が散る。
「その女はお前が好きなのだ。身の程知らずなことにな」
ひどくつまらなそうに、セインが言った。
彼の指摘に、アメリの顔が真っ赤に染まる。
「そんなことはないわ……っ、お前が私の何を知っていると言うの!?」
「全部、だ。お前がラヴィを妬み、満足に食事もとれないように料理人たちに命じて手配していたこと。ラヴィに与えられた生活費を管理し、勝手に自分のドレスを買っていたこと。若く見栄えのいい侍女がやってくるといびって辞めさせて、その罪をラヴィに着せていたこと」
一つ一つ、指を折りながら、皆に聞こえるようにはっきりとした声でセインは話す。
アメリの顔色が、赤から青に変わっていく。
ジェイセンは何も言わずに、侮蔑と憤りの入り混じる表情を浮かべて、彼女を冷たく見据えている。
「私の部屋に勝手に入り……」
「や、やめて、言わないで……嘘よ、嘘です、ジェイセン様! 信じないで……!」
「私の服を盗んだ。何に使うかは、ラヴィに聞かせたくないからな。言わないでおいてやる。お前はそこで、私の机の中にある、宝石で縁どられたアーバン家の紋章を見つける。それを盗み、浪費癖のせいで金が足りなくなったラヴィが勝手に売ったのだと騒ぎ立てた」
「そんなことしていないわ!」
「……お前が、盗んだのか」
その話は、ラヴィーネは知らない。
ジェイセンはすでに知っているようで、怒りに満ちた声音で、呟くように言った。
「アメリの部屋を調べろ。徹底的にな。アメリを拘束し、部屋に閉じ込めておけ」
命じられた侍女たちや使用人たちが、ジェイセンの命令で一斉に動き出す。
使用人に腕を掴まれて連れて行かれるアメリの耳をつんざくような悲鳴が、アーバン家にはいつまでも響き渡っていた。




