報告と桃と
すぐに、若い侍女から報告があった。彼女はテレーズ。
公爵家に来たばかりの侍女で、アメリの使い走りのようなことをさせられていた。
ラヴィーネは何度か、大丈夫かと声をかけた記憶がある。だが、アメリに何か命じられているらしく、ラヴィーネが話しかけると慌てて逃げていくばかりだった。
テレーズは両手に大切そうに公爵家の紋章をかかえている。
宝石で縁どられたそれは、ジェイセンの功績をたたえて国王陛下から賜ったものだ。
「アメリさんの部屋から、これが……」
がたがたと震えながら、テレーズがジェイセンに紋章をさしだす。
ジェイセンは眉間の皺を深く寄せた。セインは不愉快だと言わんばかりに「アメリを追い出せ」と告げる。
「アメリは確か、子爵家から預かっている娘だったはず。子爵家に送り返し、賠償金を支払わせる」
「それだけか? この半年、あの女がラヴィにしたことを考えたら、魔物の餌にしてもいいぐらいだ」
魔物は人間を喰らう。土地を汚染し街を破壊し人間を害する危険な存在だ。
そんな魔物にアメリを喰わせるとセインが言う。
ラヴィーネはセインの腕を掴むと、彼を見あげて首を振った。
セインは途端に嬉しそうに表情を和らげて、ラヴィーネの頬を撫でる。
「ラヴィが駄目だというのなら、そんなことはしない。投獄して半年食事を抜こうか」
「し、死んでしまいます……っ」
「君も同じようなことをされてきたのだろう。それなのにジェイセンは……私は、気づかなかった」
セインの表情が陰る。その声には深い後悔が滲んでいた。
ここにいるラヴィーネは、セインのおかげで、アメリの悪行から救われた。
だが、彼の世界にいるラヴィーネは──大階段から落ちて怪我をして、紋章を勝手に売ったという罪に問われたのだろうか。
きっと、そうなのだろう。セインはもしかしたらラヴィーネを不遇から救うために、何らかの方法で未来から来てくれたのかもしれない。
「そこのお前。ラヴィーネに話しかけるな。触れるな」
「何故? お前が捨て置いていたラヴィを、私が大切にしても何の問題もないだろう」
「ともかく、アメリの処遇は俺が決める。魔物に喰わせてもいいが、子爵家との間に余計な軋轢を抱えるのは面倒だ。送り返し、償わせる。早々に手配しておけ」
テレーズは紋章をジェイセンに渡すと、礼をしてさがっていく。
他の使用人たちも、ジェイセンの命令を受けてそれぞれ動き始める。
ラヴィーネが安堵したのも束の間、ジェイセンがラヴィーネにぐいっと体を近づけてきたので、ラヴィーネは一歩後ろにさがった。
こんなことが前にもあった気がする。
つい昨日の夜、セインが近づいてきたので逃げたことを思い出す。
やはり同一人物なのだろう。口調も行動も、よく似ている。
「ラヴィーネ」
「は、はい」
思わずセインの後ろに隠れてしまう。セインは嬉しそうにラヴィーネをぎゅっと抱きしめる。
ジェイセンはセインを睨みつけたあと、ラヴィーネに向かい、深く頭をさげた。
「すまなかった、ラヴィーネ。……俺はずっと、君のことを知ろうとしなかった。アメリが君になにをしたのかも、君を妻にしてから半年もの時間があったのに、気づきもしなかった」
「いえ、その、いいのです……私は、自分の評判が悪いことを知っています。ジェイセン様が私を嫌うのは仕方のないことです。ジェイセン様は伯爵家から、私を救い出してくださいました。それだけで十分です」
やはり彼は、悪い人ではないのだ。
ラヴィーネには冷たかったが、無理もない。こうして自分の言葉で感謝を伝えることができてよかったと、ラヴィーネは柔らかく微笑んだ。
「本当に……すまない。満足な食事を与えられていなかったのだな。その上、不自由な暮らしを強いられていた。なにも、知らなかった」
「気になさらないでください。不自由とは思っていません。伯爵家でも、似たようなものでした」
「今更謝罪しても遅い。許されようなどと思うな」
セインが冷たく言う。彼から離れようとしたラヴィーネの腰をしっかりと抱いて、ジェイセンから隠そうとする。
「ラヴィーネから離れろ」
「妻に触れてなにが悪い? お前は仕事で忙しいのだろう。ラヴィに対する誤解がとけたのは結構なことだが──失せろ」
アメリの罪が暴かれて、ジェイセンの誤解がとけた。
だが、問題はそれだけではなかった。セインはラヴィーネを離さず、ジェイセンは不機嫌だ。
どうしてこんなことに、どうしたらいいのだろうと、ラヴィーネは頭が真っ白になりそうになる。
ふと視界に入った、食べかけの朝食が気になる。桃の上でとろりとクリームがとろけている。
「俄かには信じがたいが、お前は俺の知らないことを知っている。お前は俺だと、認めざるを得ないのだろうな。お前はラヴィーネを救うために現れたのだろう。ならばさっさと元の時代に帰れ。ラヴィーネの夫は、俺だ」
「それが今更だと言っている。私は帰らない。十八歳のラヴィーネを可愛がらなくてはならないし、可愛がるので忙しい。お前の相手をしている暇などないのだ、ジェイセン」
「いいから、さっさとラヴィーネを離せ」
ジェイセンは床に落ちた剣を拾い、再びセインに向ける。
「無駄だとわかっていないのか。お前は私には勝てない」
「そんなもの、やってみないとわからないだろう。ラヴィーネ、さがっていろ。その男から、お前を救う」
「え……っ」
救うも何も、ラヴィーネは自分の意思でセインの傍にいたのだ。
今は、セインに強引に抱かれているものの、セインに甘え助けを求めたのは事実である。
セインは怖いが、ジェイセンのほうがもっと怖かったからだ。
再び剣を交えそうな二人に困惑した。
もしかして、彼らの諍いは長くなるのだろうか。
美味しい朝食を食べたことで、忘れていた空腹がラヴィーネを苛んでいる。
今は、ただ。
「桃、が」
「桃?」
「桃、とは」
「わ、私……桃が、食べたい、です……っ、桃のコンポート、生クリーム……我慢、できない、です……」
ラヴィーネは懸命に、自分の意思を伝えた。
セインは眉を切なく寄せて「可愛い」と繰り返し、ジェイセンは剣を鞘に収めると、どういうわけか赤くなった顔を片手で隠した。




