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日本異世界始末記  作者: 能登守
2035年
297/304

首席捜査官の憂鬱

 日本国

 府中市 府中刑務所


「そもそもだね。

 何をもって…貴女が田中美香さんだということを証明できるんですか?

 指紋もDNAも異世界転生とあっては意味がない。

 イブリース王国やブエル神は貴女の創作かも知れず、その聖女の力は別の魔法による偽装かもしれない」


 公安調査庁の影山首席捜査官は、府中刑務所の応接室で聖女アグラトを尋問していた。

 場所が刑務所ではあるが、応接室にて対応しているのは一応の敬意を払ってだ。

 宿泊先も市内で唯一営業しているホテルだ。

 府中刑務所の相談役に接触する為に賓客や彼の師弟となっている少年少女の保護者も訪れる為に経営が成り立っているホテルだ。


「う~ん、私の記憶以外は証拠は何もないですね。

 今は移民はどこが対象ですか?

 私の記憶の最後は松戸市の最中で次は東大阪市、西宮市が丹南市、大聖寺市に移民が行われる予定でしたが?」

「予定通り終わり、年が明けて現在は大分市ですね」


 彼女が異世界に旅立ってから一年も経っていない。

 その間に彼女の中では16年も歳月を重ねていた。

 宗教的修行も修めているので、普通なら公安調査庁の首席捜査官の尋問のプレッシャーもどこ吹く風だ。


「年月にズレがありますが、間違いなく私の知る日本みたいですね。

 出来ればテレビとか見せて欲しいですがカンニング防止ですか」


 犯罪者どころか公安調査庁は借りを作った立場だから尋問もやりにくい。


「証拠では無いが、証人ならなれるかな?

 妾にはその娘が、異界に糸が繋がってるのを感じるぞ。

 逸話から具現化した妾と同じだ。

 次元転送器とかいうのが、狭間の世界に分身を置いて妾とそやつに糸が繋がっている」


 オブザーバーとして同席していた滝夜叉姫こと平五月が横から口を挟んでくる。

 今回の五月は一人称が妾になっているが、漫画の影響だ。


「糸?

 見えるのか」

「他の例えが...…いや、漫画とかであるラインが繋がってるとの表現でもいいか、見えるというより感じるだな」


 その在り方は駆逐艦『エルドリッチ』が、この世界に複数湧き出た時にも提唱され、艦内に有った次元転送機を破壊することで、『エルドリッチ』を消滅させている。


「あの事件の詳細は呼んだが、消滅じゃなく、元の世界に押し戻しただな。

 妾達の魂に次元転送機が刻まれ、肉体が消滅すれば逸話の世界や異世界に戻るかもしれん」


 神の眷属が人間と同じに歳を取るのか、寿命の概念なのかは考えないようにした影山首席捜査官は、この刑務所の主となっている元皇国筆頭宮廷魔術師マディノ元子爵ベッセンに意見を求めたいが、彼はアグラトがどのような神聖魔術が使えるか問いただすのに夢中になっている。


「神聖魔術はやめてくれませんか?

 奇跡と呼んで欲しいのですが」

「妾のは妖術な。

 呪術は聞こえが悪い」

「それは何が違うんですか?」


 ベッセンが興味深そうに聞いてくるが、話が脱線しそうなので、情報を少し開示することにした。


「松戸市の田中家ですが、旧市川市役所の合同葬式の後、移民免除の権利を放棄し、丹南市に移民しました。

 まあ、その際に貴女への特別賞じゅつ金や恩給の前倒しで現地に土地家屋が提供されてまして」

「私が田中美香と証明されたら返還しないといけない?

 一度死んだのは事実なのに」

「いや、前例無いし政府も戸惑ってます。

 そこらへんは有耶無耶にしてしまおうという流れなんですが、もう1つ気になる点があって、貴女の一緒に消滅した40人以上の職員達も異世界転生してるんですかね?」


 結局、結論は出なかったがアグラトは田中美香と名乗りでないと決めた。

 夫達も悲しみを整理しているし、息子もいきなり金髪美少女が同居して母親なのは思春期にはキツいだろうと考えてしまった。


「私的には16年も別居だったし、夫に求められたら未成年淫行になっちゃう」

「物事が複雑にならないから助かります。

 しかし、そうなると河童も討ち取れば消えるんですかね?」

「最初に顕現した一匹目はな。

 後は種族として世界に固定してるから無理だぞ。

 その理屈なら今の日本そのものがそうだからな」


 五月の言葉に影山首席捜査官は怪訝な顔する。


「気付いてなかったのか?

 この世界に日本が召喚された時に日本の分け身と代わりの依り代の分け身が狭間の世界に残り、依り代が地球に具現化してるはずだぞ」


 日本の代わりに消滅した全ての海洋に存在する王国、諸部族を統轄するレムリア連合皇国が1億2千万の海棲亜人が地球に召喚されたことになる。


「全面戦争必須だな」

「そんなもので済むものか。

 日本と周辺海域が消えた区域に雪崩れ込んだ地球の海水が、再び同質量の海水や陸地が現れて押し戻されるんだぞ。

 大陸沿岸部高波に襲われて壊滅状態よ」


 聞きたくなかった話だった。

 極東地域は地球でも最も兵力が展開している地域だが、軍事大国の沿岸部が軒並み津波に襲われて動けなくなるのだ。

 死者の数も億単位が予想され、こちらの世界に来たアジア系地球人には特に聞かせられない話だ。

 それでも最終的に地球人類は、負けはしないだろうし、初の人類以外の敵に団結するかもしれないとも思えた。


「まあ、考えてもしょうがないことは上に押し付けるか。

 後はこれ以上の面倒を避けるために残り2個の回収を急がせないと」

「宮仕えは大変よなあ。

 今回の相談料は妾の口座に振り込み忘れないでおくれよ」


 やれやれと天を仰ぐ影山首席捜査官だが、ベッセンが更に心配ごとを追加する。


 「影山さん、アグラトさんだけが戻ってくるとは限らないですよ。

 次は魔王か、勇者か、悪役令嬢か、ドラゴンか」

 「間違いなく対処に影山が押し付けられるのう」


 勘弁してくれと、影山首席捜査官の仰け反りは更に角度を増していた。



 後日、聖女が降臨した八王子市に新興宗教ブエルの神殿が造られ、実働部隊の隊員が入信する珍事に影山首席捜査官は頭を悩ませることになる。





 大陸西部

 華西民国

 首都 新香港

 主席官邸 ノディオン城


「大分県と石川県からの移民で斟尋市の人口も13万を越えるか。

 漸く目標の過半数は越えたが第5植民都市の建設はまだまだGOサインは出せないな」


 国家主席林修光は今年も順調な人口増加に頬を弛ませるが、肝心の第5植民都市建設に乗り出せないのでため息を吐いていた。

「日本が発表した年内に行われる移民の対象都市は、福山市、藤沢市、町田市と控えているが華西民国対象者は移民済みであります。

 高松市が対象に入る来年まで待ちですね」


 王顕竜補佐官の分析に途方に暮れつつ、


「海軍からはソブレメンヌイⅡ級ミサイル駆逐艦『秦州』を発見したと報告がありました。

 浅瀬に座礁し、乗員は退艦したらしく、救命ボートは一隻もありませんでした。

 救命ボートで航行できる一週間以内の海域に陸地は無かったので、恐らくは全員が遭難死したと推定されます」

「そうか、彼等の冥福を祈ろう。

『秦州』の修理先はやはり日本の中島市か」


『秦州』もソブレメンヌイⅡ級という艦級名が示す通り、ソビエト連邦時代に建造が始まり、ソ連崩壊による建造中止と中国購入による再開による進水と近代化改修が行われたが、転移後のメンテナンス放棄で老朽艦扱いとなる。

 それでもこの世界なら十分に戦力になるが、乗員教育は急がねばならなかった。


「閣下、実は厄介な事件が起きています。

 新香港から陽城市に道士のデモンストレーションで行わせてた道長が『断罪と雷の教団』を名乗る一団の襲撃を受けました。

 まだ、中学生だった少年道士は負傷、七体の僵尸は浄化されて消滅したとのことです」

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