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日本異世界始末記  作者: 能登守
2035年
296/304

聖女から至る道

 日本国

 東京都 八王子市

 今熊神社



 後に聖女アグラトと呼ばれる少女が、日本人としての記憶を取り戻したのは彼女が産まれて三年目の事だった。

 イブリース王国の地方の職人の家を生家としたが、前世とも言うべき日本の市役所職員と48年の歳月を生きた記憶を鮮明に思い出したのだ。

 前世の日本は地球とは異なる世界に転移し、経済崩壊と食糧難の時代に陥った。

 田中美香と名乗る前世の自分と家族も食べるために共同農場や海岸での漁業活動に従事しており、闇市での商売の経験、市役所職員としての事務能力は、彼女の生家を裕福に成り上がらせた。

 十代になる頃には、たちまち彼女を小さな地方都市で頭角を現し、名を馳せていた。

 本来なら異端として教会に審問を受けそうなものだが、彼女は教会が信仰する主神ブエルの聖なる力の殆どが使えることが、身の安全の保障と後ろ楯の確立に貢献する。



 再び光とともに目を覚ました彼女が居た場所は、懐かしき日本の東京都八王子市の山中だった。


「ここは八王子?」


 混乱するアグラトだが、今熊山山頂には呼ばわり山と呼称される由縁が書かれた案内板があり、当然日本語で書かれていたことから、ここが日本だと理解するのに時間は掛からなかった。

 問題はこんな夜更けの山頂に黒尽くめの男や武装した外人らしき男達が何人も倒れていたことだ。

 すでに何人かは死んでいるが、呻き声をあげて生きているのもいる。

 そこに懐中電灯を掲げた和装の男達が辿り着いた。

 アグラトは田中美香時代の旧市川市役所の近くに有った葛飾八幡宮の衛士に似ていると思ったが、用心深く岩影に隠れるが一緒に来ていた警官の制服に飛び出してしまう。


「お、お巡りさん!?

 ひょっとしてここは日本ですか?」

「日本の八王子だが」

「今はこんな見た目ですが、千葉の松戸の旧市川市役所で職員をしていた田中美香48歳です!!

 家族と連絡取りたいんです、助けて下さい!!」


 八王子警察署上川口駐在所の駐在である指原巡査部長は、血生臭い現場に突然現れた異国風の服を来た金髪碧眼10代美少女に

 驚かされ、その主張することにのけ反りそうになる。


「いやね。

 俺も90年代に中学生時にライトノベルに親しんだ層だから異世界転生とか意味はわかるよ。

 でもね、異世界転移より荒唐無稽で前例とか無いんだから信用できるわけないでしょう。

 ほらパスポート、どこの国の人?

 日本語上手いね、親御さんは?」


 八王子市を含む多摩地区は、府中刑務所にいる危険人物に対処する為に日本人以外が入ることを大幅に制限している。

 よって日本人離れした容姿のアグラトは、拘束の対象なのだがか弱そうな少女相手に蛮勇を奮う気の無い指原巡査部長は、同行を求めながら尋問に留めていた。


「指原さん、本署が黒ずくめは公安の手先だから一般人から隠せと」


 部下の児玉巡査が伝えてくるが


「たった二人でこの人数をどうしろというんだ?」

「救急車は来ないそうですよ。

 なんなら自衛隊に引き渡せと」


 登山中に確認できただけで、テロリストらしき外人か、日本人は11人、公安らしき黒ずくめは9人いた。

 何れも重傷か、遺体である。

 既に同行していた衛士達に見られているが、八王子市自警団もこちらに向かっており、そちらには見られたくない様だった。

 今熊神社も熊野神社から派遣された衛士もいるが、大半は神主の一族だから口止めは容易が、自警団にも所属しているのがいるのは問題だ。


「だいたい本署の連中はなにをしてるんだ?」

「この山一帯の封鎖に駆り出されてるらしくて、封鎖を突破しようとしたテロリスト3ヵ所で銃撃戦になったらしいです」

「サボってるわけじゃなかったか。

 しかし、結局二人じゃあどうにもならんぞ」


 二人の話を聞いていたアグラトは、前に出て提案を口にする。


「あの人手が足りないなら増やしましょうか?

 あの黒ずくめの人達をどうにかしたいんですよね」

「ありがたいがお嬢ちゃんに死体運びはさせられないよ」

「全員は無理ですが、生きてる方なら『我が神ブエルよ、その慈悲の心に祈ります。

 彼の者の傷を癒したまえ』」


 少女が明らかに魔法とおぼしき呪文を日本語では無い言葉を唱えると、指原巡査部長と児玉巡査は咄嗟に距離を取り、拳銃や猟銃を構える。

 しかし、不可思議な光が少女からではなく、天から降り注ぐ。

 大陸の神官や地球の術者達は、自らの肉体を媒介に魔術を行使するが、天から光が降り注ぐ光景は聖女を名乗る者に相応しかった。

 それでも光を浴びた重傷で動けない公安調査庁の実働部隊隊員が起き上がると、アンデッド化したのかとそちらに銃口を向けてしまう。


「ここは?

 俺は撃たれたはずなんだが」


 アグラトは黒ずくめを優先して助けに行き、まだ息が有った五人は無傷で立ち上がった。

 脛に傷ある者達だが、アグラトの優しさに神聖な感動を覚えていた。


「言いにくいがお前さん達、表に出ちゃマズい身だろ?

 お仲間の遺体もあるし、運ぶのを手伝ってくれ」

「ああ、わかった。

 彼女は何をしてるんだ?」

「弔いの祈りだとさ」


 自ら聖女を名乗っただけあり、実働部隊も帰還派の遺体にも分け隔てなく祈りを捧げている。


「彼等は生きることを拒否しました。

 いつか、魂は地球に還るのだと。

 異世界転生を果たした身だと、可能性を否定で来ませんでした」


 死の淵に瀕した身には治癒の祈りを捧げても生存を拒否されることがあると、枢機卿から教えれていたが、実際に目にするとショックが大きい。

 今となっては指原巡査部長達も異世界転生を否定出きる自信がなくなっていた。


「なあ、彼女はどうなるんだ?」

「俺が上司に掛け合う。

 悪いようには絶対にさせん」


 幸いにも近くの府中刑務所にはこういった事に興味津々な魔術師がご意見番としているベッセン元子爵がいる。

 常駐している公安調査庁の主席補佐官も近隣の治安機関に有事の際の指揮権も与えられている。

 アグラトに協力的になった実働部隊隊員達は、問題を起こして自衛隊や警察から追放された者達だが、なかには人間関係や経済的問題から辞めた者も少なくない。

 比較的、前組織から同情されてた者は本国国内の実働部隊に配備されている。

 いざとなれば神田明神をはじめとする将門神社の顧問となった逸話が具現化した滝夜叉姫にも巻き込むつもりだった。




 報告を受けた公安調査庁は、滝夜叉姫こと平五月を保護監視する影山首席捜査官を現地に派遣した。

 すでに今熊山周辺は自衛隊が展開し、山狩りに死体搬送と大忙しだ。

 影山を乗せた覆面パトカーは検問を抜けて、アグラトが保護された今熊神社の社務所の側に駐車する。

 さすがに神社の警備に自衛隊や警察も立ち入らせなかった衛士達だが、後部座席から出てきた少女には熊野本宮から話が通ったのか素通りさせ、お付きと認識された影山首席捜査官も誰何すら受けなかった。


 「全く逆だろ逆」

 「あはは、神社的には正しいんだから文句を言っても始まらないわよ、影山」

 「全く、しかし報告が事実ならマズいことになる。

 今までも断片的には認識されていたが、次元跳躍機が更なる異世界への道を造ることに成功した。

『いつかは地球へ還る』が、スローガンだけでなく現実味を帯びてきた」


 今の日本政府は経済崩壊や食糧難に瀕しても、将来的なこの世界での覇権国家になれる展望がある。

 ましてや面倒臭い国際情勢や掘り尽くされつつある地下資源、悪化する環境や気候にと地球に還る夢を見ていない。

 世代的にもこの世界で産まれた日本人も三割に達しようとしている。

 他の地球人達も同様に考えるのが主流だが、例外がアメリカ人くらいだ。


 「だったらアメリカと戦さをして研究そのものを潰してしまえばいいじゃない」

 「我が国とってアメリカは困った友人ではあるが、嫌いな奴じゃないんだ。

 まあ、それも地球生まれがいなくなるまでか。

 そろそろ彼の国にも現実を見て欲しいんたがな」


 二人は雑談を交わしながら社務所奥に座り込む聖女アグラトとの対話に望むことになる。

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