河童の宝物
日本国
神奈川県茅ケ崎市
小出川
かつては間門川という名前だった川は、現在では小出川という名前に変わっている。
藤沢市の水源から寒川町、茅ケ崎市の境界を流れ、平塚市の河口から海に至る。
茅ケ崎市西久保町沿いの川岸に茅ケ崎警察署のパトカーと警官が展開し、対岸の寒川町も管轄内であることから警官隊が展開していた。
「大曲橋の封鎖並びに包囲を完了しましたが、相手が河童となると川の封鎖は無理です」
「塞き止めるわけにもいかんからな。
全署員に通達、目的を確認次第発砲を許可、市街地には絶対に通すな」
「自衛隊はまだなんですか……」
部下からの報告に茅ケ崎警察署署長和泉警視はため息を吐く。
千葉県市川市の事件を皮切りに東京各所で起きた河童具現化事件は、埼玉県や神奈川県でも発生していた。
伝承に伝えられた河童は地球の怪異であり、お伽噺の存在だったが、次元跳躍機もどきのせいで肉体を得て具現化した。
具現化の為に人間の肉体が必要らしく、都内各所では無差別に襲われて死者を出していた。
しかし、今回襲われた東久留米市、志木市、茅ケ崎市では体重100キロ超えの市民が襲撃を受けている。
「今時、100キロ超えなんているんですね」
異世界転移による経済破綻と食糧不足、国民総第一次産業参加による全国民強制ダイエットにより、肥満した国民は殆どいなくなったと言われていた。
差別的だが、『食糧不足のおりに肥太るとは非国民だ!!』などという心無い中傷も有ったが、さすがに昨今ではボチボチ肥満者も増えていた。
識者の話によると
「肉が多目で効率が良いことに気がついたんじゃろ」
と、理由は教えてくれたが、対策は酔っていて聞き出せていない。
「大半は農業貴族の関係者だろ?
ボディーガードくらいつけろや、アスリートや自衛官の巨漢はさすがに狙われてないんだから」
「頑強な男なら素手でも勝てるレベルですからね、河童」
すでに焦った署員が川面に拳銃を撃ち込んでるが、無駄弾もいいところだ。
逆に川面から噴射される水量に署員が吹き飛ばされて、和泉署長は顔をしかめる。
「この水流は酒か?
なるほど河童徳利か」
茅ケ崎市には、馬に悪さをした河童を捕らえて木に縛りつけたが、泣いて詫びたのでヒモを解いて逃してやった伝承がある。
その夜、助けてやった河童が現れ、酒が湧き出るという徳利を渡されている。
「先走りすぎた。
酔った署員はパトカーを運転させるわけにもいかんから退らせろ。
SATも間に合わんか」
他の地域と違い、茅ケ崎市では複数の河童が確認されており、大曲橋下で集落を造っていた。
廃材やブルーシートで集落が造られており、夜中に河童達が酒盛りをしなければ気が付けなかった。
「近場に自衛隊がいないですからね。
志木市なら朝霞、東久留米なら立川に駐屯地がありますが、さすがに藤沢募集案内所に頼むわけにもいかないですし」
周辺一帯にアルコール臭が漂い、警官と河童のど突き合いが
激しさを増していた。
時折放たれる酒の水流は、高濃度のアルコールなのか、警官達の口が呂律が回らなくなり、千鳥足になっていく。
警官達が押され始めた時、河童達の後方、大曲橋下の集落が爆発した。
「弾着、今!!」
中隊長車の軽装甲機動車から第54普通科連隊第1大隊第2中隊長山崎一等陸尉は、81mm迫撃砲 L16の着弾を了解すると、各小隊の73式中型トラックと高機動車を前進させた。
自分は無線機片手に茅ケ崎警察署の臨時仮設本部のテントに向かう。
「第2小隊は集落の駆逐、第3小隊は前方から突入し、警官と河童を引き剥がせ。
第4小隊は小出川の浅瀬や中洲からの銃撃に専念、第5小隊は後詰めとして市街地側に展開、迫撃砲小隊は中隊本部とともに待機だ」
和泉署長達にもわかるように略語を使わずに聞こえるように指示を出す。
こんなことをしなくても中隊にはブリーフィングで作戦は指示しているので、命令を待たずに展開している。
各々の持ち場に展開した車両から20式5.56mm小銃を装備した隊員達が降車し、目についた河童を射殺していく。
第54普通科連隊は異世界転移後に新設された部隊で、装備は新品だが練度は疑問視されていた。
その心配を払拭する戦いぶりに山崎一尉は満足に眺めながら茅ケ崎警察署の面々に伝える。
「武居駐屯地の山崎一等陸尉です。
統合司令部の命令で着陣しましたが、警官達を退かせて下さい。
橋の下を焼き払います」
テントからも見える位置に73式大型トラックが止まり、ドラム缶が降ろされ携帯放射器を隊員が背負う姿が和泉署長達の目に映る。
「生物的汚染があるのか?」
「人間の肉体を触媒にする生物は生物的汚染に違いないでしょう。
肉片の欠片も逃がすなが、政府の方針です。
なお、このミッションは新任の防衛大臣が監督なさっていますので、決定は覆りません」
警察側も仕方がないかという空気になっていたところで、隊員の一人が報告してくる。
「中隊長、巣の数と奴らの数が合いません。
たぶんですが、あいつら殿軍です」
「なんてこった、他も同じかな」
茅ケ崎市の河童討伐は終了したが、酒が涌き出る徳利が残されていて隊員達は飲んでいいのか悩むことになる。
埼玉県志木市
引又河岸という川越藩によって制定された新河岸川の河岸場で河童が馬を引きずり込もうとした伝承がある。
伝承には引又川とあるが、実際には新河岸川という埼玉県及び東京都を流れる一級河川のことで、この地で目撃された河童の討伐に朝霞駐屯地の中央即応旅団に出動が掛かっていた。
首都警備を任務の常とする中央即応旅団は、中央即応連隊は出さずに基幹部隊の偵察小隊並びに機甲小隊を出撃させた。
「統合司令部は連隊本隊を出さないのかと抗議が来てるそうですが」
「出せるか、ウチを何だと思ってるんだ。
第1大隊は常に首都警備、第2大隊は予備並び留守居、第3大隊は儀仗隊やアスリート養成、教育部隊、何でも屋じゃないんだぞ」
「違うんですかね?
まあ、今回はそんなに数はいらんですからね」
25式偵察警戒車と装輪装甲車(人員輸送型)AMVを先頭にいろは親水公園に入っていく。
小隊長の中山一等陸尉は3両の軽装甲機動車の1両に乗り、偵察バイク5両が各所に散っていく。
すでに朝霞警察署の警官達が公園内に展開し、河童の捜索に入っている。
中山一尉はたかだが数匹の河童には十分だろと考えていた。
時折、発砲音が聞こえるが仕留めたという報告はまだない。
「隊長、警察署から大砲を公園に撃ち込むかと陳情が」
「特科なんて来てたか?」
「たぶん機甲科のキドセンの砲ことだと思うんですが」
キドセンこと16式機動戦闘車は、全国の即応機動連隊の小隊に各一両、独立旅団の機甲小隊に四両が配備されている。
確かに一般人の目なら見たら戦車砲が公園に睨みを効かせているようにしか見えない。
「どう答えますか?」
「必要なら撃つ、当然だろと答えてやれ。
持ち込んどいて何で使われないと思うんだ?」
「隊長、大陸の戦地帰りでしたっけ、納得しました」
しかし、部下の隊員が警察に伝える前に16式機動戦闘車が105mmライフル砲を発砲して爆風が伝わってくる。
「警察はいいや、隊員に撤収を準備させろ」
「抗議が来たらどうします?」
「今日から防衛大臣が着任してるから市ヶ谷にどうぞだな」
「志木の河童案件なんですから詫び状を書いてもらいましょう」
志木市には河童の詫び状が保管されている寺がある。
今年は底に『防衛大臣の詫び状』が加わった。
矢島忠夫防衛大臣着任1日目の仕事である。




