Lesson 1 社会の時間
大陸東部
日本国 葦原特別行政区
大陸総督府
「つ、疲れた。
身体は鍛えてたのに別種の疲れだったよ、これは」
そう宣うのは、この総督府の主にして三代目総督を押し付けられた円法寺円楽だった。
大陸北部で捕獲された新総督は、翌日には状況も良くわからないままにアウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスに大陸総督として紹介されて、その事実を初めて知る。
そのままに東京に戦闘機の後部座席に乗せられて弾丸輸送され本国まで出荷された。
皇居にて参内、首相官邸、国会議事堂にて挨拶、大坂城にて皇太子殿下へと謁見を強行し、迎賓館となった名古屋城で外交的レクチャーを受けた。
プロレスラーのような筋肉と体格、丸めた頭の僧侶にレクチャーする側が一歩引いていた。
修行で精神的にも強いはずだが、国側の無茶振りに
一週間の本国滞在で疲労困憊となった円楽総督だった。
しかし、今度は大陸情勢のレクチャーを行いたい総督府の官僚や治安責任者、補佐官達が手薬練を引いて待ち構えていた。
「上司に対するなんたる仕打ち、職場環境の改善を」
「お疲れのところ申し訳ありませんが、我が国の情勢を解説させていただきたいと思います。
あ、ソファーに寝転んだままでも構いませんので」
総督執務室には初めて入ったが、今までの居心地の悪さに比べれば実家のような安心感だった。
「そんなわけに行くかい。
せめて、ちゃんと座らせて頂くよ」
居住まいを正す円楽総督に秋山首席補佐官は長くやっていけそうだと好感抱く。
「まず現在の我が国の人口ですが、総人口101000220人。
本国人口が約8600万人、大陸人口が約1500万人に及びます」
「もうすぐ1億人割りそうとは寂しいかぎりだね」
「出生数は順調に回復していますが、死亡数はそれを上回ります。
この世界で産まれた新世代が約1200万人ですから地球を知る世代が急激にいなくなっています」
すでに新世代は大学生にまでなった。
魔力を大なり小なり持っているこの世代が社会に出るのを遅らせようと政府は学業的優遇策を取っているが、時間の問題になってきた。
宗教的な紐付きでない魔術師や精霊使いを公的機関に取り込む研究も行われている。
「社会の改編や既得権益の抵抗、今の日本は彼等を受け入れる土壌がまだ小さいか」
「入れ替わるのはそう先ではないですが、今の権益も大事です。
それは否定できるものではありません」
執務室に備え付けられたモニターが日本本国と周辺の高麗民国、北サハリン共和国の地図を映し出す。
「日本本国周辺は地球から転移してきた海水が、この世界の生物に対する猛毒としての効果を発揮しています。
我々はこれを『海洋結界』と呼称しています。
竜種ほどの大型モンスターには効果は薄いですが、小型、中型のモンスターが上陸、土着するのを防いでいました」
大型モンスターなら捕捉も容易く、駆除していれば済む話だった。
「しかし、この海洋結界の海水がこの世界の水と混じり始めたのか、結界の範囲が年々狭まっています。
すでに高麗本国に北サハリン西海岸はほぼ範囲外。
我が国も長崎県対馬市三ツ島千島県の阿頼度島、占守島、幌筵島、志林規島が効果範囲から外れています。
混じる濃度が薄まれば来日した人間、亜人、モンスターの飲料として使えることは実証済みです」
「千島の住民の方々の避難とかはどうしてるのかね?」
「住民は避難を拒否。
逃げてもいずれ海洋結界が無くなれば同じことだと」
元々、千島列島が日本に変換された際、島民として植民してきたのは東京都の旧練馬区の区民達だ。
食糧不足から東京に見切りを付けて早々に植民し、19年の歳月を得て開拓してきたのだ。
「覚悟と現実的に本土に戻ることも敵わず、大陸に移民では結果は変わらないか」
続いて大陸における日本の植民都市や各拠点の話が始まる。
「各植民都市は都市と名が着いてますが、本国の県級の広さがあり、新京と葦原特別行政区が人口200万人、沿岸8都市が50万人、内陸7都市が100万人を定数として調整させています。
このうち15都市で新京道を構成しています」
新京道は外交、防衛を総督府の管轄としている。
新京警視庁は新京道警察本部に再編されて、道庁の傘下で総督府には指揮権は有事に指定されない間は無い。
「大陸東部には35の領邦に日本人街があり、保安官と自警団により治安が守られています。
他の北部、西部、南部、中央も同様ですが、先遣隊や在外自衛隊駐屯地があり、地球系独立国や独立都市には外務省の大使館警察署や領事館駐在所も設置されています。
また、現在の王国や樺太の北サハリン国境には国境保安庁の保安署や国境警備群が警戒にあたっています」
「出生数で定数を越えたら出張や転勤の形で、新しい植民都市や日本人街に送ってるんだったな」
「纏まった集団を送らないと効率が悪いですからね。
もちろん、移住希望者は最優先です。
領邦の日本人街には資源採掘や工場建設などの企業が独自に建設している性格が強く、こちらからの転勤も多いです。
まあ、中には石和黒駒一家、大宮半七会、青葉銭形連合、津田沼新伍興行といった反社組織が、現地ギルドを乗っ取り、活動拠点としているところもあります」
これに関しては政府も公安調査庁の実働部隊の拠点、訓練キャンプを極秘裏に造ったりしているので余り大きな声で言えない。
「現在は大分県大分市や石川県金沢市、広島県福山市を中心に大聖寺市の建設、植民が進められ、各定数外市民の受け入れ先にもなっています」
金沢市は加賀市、小松市以外を合併させて移民準備を進めている。
福山市も市町村統合を周辺自治体と協議しているが、人口の調整に手間取っている。
「真っ先に定数外にされるのは家族の多い自衛官や警官、インフラ建設の作業員か、頭が下がるね」
続いて大陸と日本本国の中間地点に映像が切り替わる。
「海洋結界の後退にともない、本国防衛、周辺海域の航路の安全を高める前線基地を人工的に造ることになりました。
東京から東に1000キロ離れた海上プラットフォーム型要塞『懿德』の完成を皮切りに周辺を埋め立て、船舶の収容、補給、修理、航空機の滑走路を備えた人口島です。
同様に大陸と本国を結ぶ航路の中間地点にも『孝昭』、『孝安』、『孝霊』、『孝元』を計画しています。
現在は『孝昭』が設置、埋め立ての開始、『孝安』が進水したところです」
「完成までに移民の方が早く終わるんじゃないか?」
「半世紀は掛かる事業ですね。
我々が生きてる間に完成が見られるかは微妙です」
秋山首席補佐官の他にも斉木和歌財務局長を初めとする各局長達のレクチャーが行われる。
「写経よりきついな、これ」
「失礼ながら総督閣下は民間からの登用の上、俗世から離れるような修行三昧の生活を送っていられたので、テキストを増やさせて頂きました。
もちろん、内容自体は専門の局長や我々補佐官が心得ていますので、執務を滞らせることはありません」
「忘れて貰っちゃ困るけど、拙僧は僧侶が本職だから仏事の時間は確保してもらうよ。
朝も早いから警固とか御世話してくれる人にも対応よろしくね」
秋山首席補佐官が快く請け負ったが、朝起きて一番にすることが、近隣の山の道無き道を頂上まで駆け上がる事と聞かされ
「レンジャーの訓練かあ!!」
と、お付きの屈強な自衛官達を早朝の段階で、疲労で使い物にされなくなった総督警護室長の吉田香織三等陸佐の抗議を翌日に聞かされる羽目になる。
尚、円楽総督自身は、水垢離の後に颯爽と一堂に会した自衛官将官会議に出席することになる。




