老人は死なず
大陸東部
日本国芦原特別行政区
大陸総督府
「会見の場を設けて頂き感謝します」
総督府の応接室でソファーから立ち上がった石狩貿易CEO乃村利伸は、総督府の主である佐々木洋介総督と握手を交わす。
前総督の秋月春種とは折り合いが悪かった乃村だが、佐々木とは水面下で協力出来る立場にあった。
「まあ、私は構わんのだが秋月前総督の息が掛かった職員は君が来るのは快く思っていないからな。
それ相応の理由があるんだろ?」
乃村は防衛大臣の父の影響で武官とは親密だが、予定調和を乱す存在として文官にはよく思われていない。
秋山首席補佐官は同席は仕方がないが、同級生だった斉木和歌財務局長には嫌われているので同席させることが出来ない。
「表向きは浦和市の豊富な自然を利用したエネルギー産業育成の提言です。
まあ、基本内容は資料に纏めてますので後でお読みください。
実はうちの父から内閣が推挙しようとしている次期総督候補についてのリークです」
その言葉には佐々木総督と秋山首席補佐官は驚きの顔を見せる。
「政府は大陸に首輪を着けるべく、財界の意思すら無視して農業貴族から抜擢する気のようです」
差し出された資料には件の人物の写真と経歴が載っていた。
広島の大将軍と呼ばれた木元泰三の三男木元充。
広島の農業を取り仕切り、県内の配給にも大きな影響を与えた木元泰三だが、近年は高齢で第一線を退いてる筈の人物だった。
「まあ、近年は大陸からの年貢の増大、広島市の移民実施により影響力が低下しいました。
しかし、急に全国の農業貴族の統制を始めまして、本国における年貢の輸送を押し止めようとしています。
大事な権力基盤ですから、わからないでもないです」
「そこで総督府に首輪を着けたい政府の思惑と合わさり、総督の座に息子を就けて影響力を行使させる気か」
「具体的は大陸自衛隊の軍縮、過剰な賠償を削減する王国との融和。
聞こえはいいですが、年貢削減は資源も含まれている為に財界はこれに反発しています。
また、自衛隊兵器の増産は技術力の維持と工業が軒並み停止していた第二次産業の生命線です。
財界としてはこれに応じる気は無く、防衛族たる父の派閥も対立しています」
農業や漁業関係者の好景気は日本の異世界転移より始まり、我が世の春を謳歌していた。
日本が国民を支える食糧生産を彼等に依存していたからだ。
配給制の維持と闇市の収益が彼等の力の源泉で、大陸からの食糧輸送や工業の再開は彼等の権力基盤を削ぐ行為だった。
幸いにも政界にも大きな票田があることから徐々に政治に口出しを始め、大陸にも介入してきたのだ。
渡された資料には山形の天皇、和歌山の上様、長崎のドン、石川のゴッドマザー、高知の親分等、バックにいるのは錚々たる顔ぶれが記載されている。
。
「父は数々のスキャンダルを暴露し、内閣ごと隠居するつもりのようです。
官僚達も父を支持し、情報集めに協力しています。
総督府もその影響力を行使していただければ、財界も協力すると匂わせています」
「君は我々に本国へのクーデターに参加させようというのかね?
それとも日本を割って独立しろと?
答えはどちらも否だ。
本国には現実に食糧不足に喘いでいる国民がいる。
農業貴族の貢献は称賛するが、未来まで委ねる気は無い」
ならばどうするのか、乃村は佐々木の言葉を促さなかった。
「君もあまり乗り気じゃないみたいだな」
「今回はただのメッセンジャーですからね。
まあ、私も日本という国が好きなんです。
閉鎖的で同調圧力が強く、硬直的な組織文化、社会構造、仕事とプライベートの区別もつかないバランスの悪さ。
その欠点も含めて、培ってきた伝統と文化、調和と協調性を重んじる国民性、素晴らしきかな日本。
離れたがき故郷、割るわけにも戦火にまみえさすのも本意ではありません 」
「ならば余計な枝は切り落とす。
それだけに専念すべきだとお父上にお伝えしてくれ」
それについて乃村は一言も語らずに退出した。
「どうやら私も腹を括らなきゃね。
予てより考えてた後継は武官だった高橋元陸将を考えていたんだが、今のメッセージから第二候補を考えた方がいいな」
「それなりに本国に影響を及ぼせる政治家、官僚、武官でない人物ですか?
それでは民間人からの登用になってしまいます。
政府の圧力に屈しない地盤や勢力を持ち、もって大陸側の人間、そんな都合の良い人材がいるんですか?
敢えて言うなら今の乃村氏が一番近い人物ですが……」
「あの自由人なら『まだ遊び足りない』とか言って断るさ。
まあ、私の知人なんだが…」
日本国
首都 東京 市ヶ谷
防衛省
数日後、日本で多数の政治家スキャンダルがリークされ、逮捕、辞任、更迭、出家が相次ぎ、内閣は総辞職を発表した。
異世界転移にともない超法的措置は沢山行われたが、どさくさに紛れて違法行為を行った議員、大臣も多数いる。
さすがに高齢の者が多く、重犯罪とも呼べないことから更正師団送りにはならない。
文字通り次元を超えた異常事態だったことから、国益や国民を守るために必要だった違法行為は別にカテゴリーされ、後日審判を仰ぐことになった。
まずは私的な違法行為を捜査、裁判で手一杯に陥ったからでもある。
「私の順番が回る前に寿命か、時効が先に来そうだな」
防衛大臣乃村利正は内閣総辞職に伴いその職を辞し、防衛省を去ることになった。
「なんだかんだと統合司令部には結構入り浸ったからな」
「ここに入り浸るくらい有事が発動していたことですか?
今後も気を引き締めないといけませんね。
大臣閣下、お疲れさまでした。
我が国の安全、後時を託された者として志を引き継ぎ、より一層の注意と努力を積み重ねていきたいと思います」
統合司令行田忍一等海将をはじめとした防衛省の事務官や自衛官達が集まり、統合司令部にて送別の式典が行われている。
何故、統合司令部で行われてるのかというと平時なら暇な場所なので式典の仕切りをやらされてるからだった。
「今後はどうなされるので?」
「豊原で審判か、移民の順番を待つよ。
樺太は長男が知事をしているし孫娘もいる。
祖父母の地でもあり、次男からの仕送りもある。
悠々自適な隠居生活さ」
政治家の特権が無くなれば移民の免除が無くなる。
住民としての籍は樺太道の豊原市にあるので、豊原市が移民対象となったら元大臣と言えども大陸行きである。
最も豊原市は都道府県県庁所在地では断トツの人口の少なさなので、当分は先の話である。
「このどさくさに大陸総督佐々木洋介氏が体調不良を訴え入院し、不足の事態に備え、友人で大陸の有力者の一人、円法寺円楽大僧正を総督代理に指名致しました」
「ああ、なんか聞いたことあるな。
『仏をこの世界に降臨させた男』だったか、なるほど仏教界をバックに新内閣の干渉を防ぎ、大日本仏教連合の首輪が着いたように見せ掛けるか」
無事に任期を果たしてくれるだけで、大陸の日本は益々力を付け、日本本国は弱体化する。
今は無難を装うのは良い手だった。
本国各地では仏教団体が影響力を増して、この指名を歓迎しており、発足したての内閣は無視できない。
「来年には代理の文字は消えているだろう。
しかし、政教分離とかどこにいったんだ?」
会話をしながら統合司令部から防衛省正門までの道に降り立つ。
このまま正門まで歩き、迎えの車に乗り込む事になっている。
多くの事務官、職員、自衛官に見送られ、防衛大臣を三期12年勤めた男はその席を後任に譲り、第二の人生へと旅立って行った。




