存在しない脅威
大陸東部
日本国 芦原特別行政区
大陸総督府
大陸北部の吸血鬼と『断罪と雷の教団』との紛争は、総督府としても注視はしていたが、両者の領域がそれなりに離れていることから本格的な武力衝突はまだ先の話と、まずは目の前の問題から解決することに専念していた。
もうすぐ年末に差し掛かる12月。
ようやく隣接する植民都市が丹南市と命名された。
市名の由来は東大阪市に合併された松原市にあった丹南藩からで、市名も決まり総督府の面々は胸を撫で下ろしていたところ、尼崎市、芦屋市を合併した西宮市からの植民も終わろうとしていた。
「次はどこでしたかな?」
「大分市です。
別府市、臼杵市、姫島村以外を合併しました。
年内は中津市、佐伯市、宇佐市、日田市、九重町の住民が丹南市に合流。
来年には豊後大野市、由布市、津久見市の住民が植民して丹南市は完了します」
秋山首席補佐官の解説を聞きながら佐々木総督は資料を読みふけっていた。
「次の倉敷市は岡山県単独では移民を用意できないと聞いてますが?」
「初の保留対象となり、隣接する広島県との調整が行われていますが、福山市が単独での移民が可能と乗り気ではありません。
同時に金沢市の順番が早まりました。
現在、大急ぎで合併作業が行われています。
市名は早めに申告され、大聖寺市に決まりそうです」
来年1月には大聖寺市に残りの大分市、金沢市、福山市の市民等が植民を行うことになる。
早目に市名が決まるのは計画進行の進め方が違う。
同時に新設の第19師団司令部が大聖寺駐屯地に駐屯する。
後日、第19普通科連隊から改編された第19即応機動連隊も樺太から駐屯する予定だが、当面は王都ソフィアに第18即応機動連隊と交代で駐屯する。
18即連隊はようやく本来の駐屯地がある駿河市に移動出来ることになる。
また、樺太国境を防衛していた19即連の穴は、やはり新設の第55普通科連隊が敷香駐屯地に入り埋めることになる。
「本国では第56普通科連隊の新設が始まりました。
小官の古巣の第2師団が新設普通科連隊ばかりで心配になってきましたよ」
部隊の移動の調整の為に総督府に来ていた大陸東部方面隊総監穴山友信二等陸将が、苦笑しながら言ってくるが、樺太防衛には第2師団とは別に第2戦車旅団がいるので本気で心配はしていない。
旗下の第16師団、第17師団、第18師団がようやく管轄内で出揃ったので、大々的な演習も考えていた。
第17師団の装備も旧式ながら自衛隊装備が支給されるので転換訓練が必要だった。
反対に米露の装備をまとめて押し付けられる第19師団を抱えることになる大陸東部中央方面隊総監宮迫延有二等陸将はどうしたものか頭を抱えていた。
「陸さんも頭が痛いでしょうが、海の方も本国が大規模改編を考えてるらしく、折角植民させた乗員家族と離れ離れに赴任させられるのかと、不安が広まっていますよ」
海上自衛隊那古野地方隊総監の猪狩三等海将や第5護衛艦隊司令の中川誠一郎三等海将も苦い顔をしている。
「いずも型護衛空母を中心に2個の水上艦隊に改編し、護衛艦数の配備を増やすそうですが、むらさめ型中心の第5護衛艦隊からかなりの艦が引き抜かれそうです」
「西方大陸派遣艦隊から引き抜いて穴を埋めれば良い、改編を急ぐ理由もないし」
わざわざ編成を急に変えないといけないほど、脅威が存在する訳でもない。
他にも地方隊の護衛艦を哨戒艦に変えたり、水陸両用戦機雷戦群を創設し、もがみ型護衛艦はこちらに配備となる見込みである。
近い将来に訪れる海洋結界の消失に対応したものだが、現場からは政府にしては珍しく早い対応に不安視されている。
「本国防衛も大事ですが大陸との航路防衛と移民護衛が今の最優先事項のはずです。
第4、第5護衛艦隊は隊としては維持されることは決まってますが、3隻目の護衛空母が就役したらわからないですな」
大陸の海自隊員への対応として、全面的な人事介入も二人の海将は辞さない気だった。
「その時は総督府からも全面的なバックアップをお約束しましょう。
全市長や北村知事も賛成しています」
本国が大陸における第2の日本の独立や軍閥化を危険視しているのは透けてみるが、今さら立ち止まることも出来ない。
「私個人としても政界に働きかけたいのですが、そろそろ退任の時期が迫っています。
後継には引き継いでもらいたいのですが」
総督の後継問題はまだ決まっていない。
秋月前総督の様に佐々木も指名しようかと思ったのだが、本国政府から待ったが掛かった。
「後任が決まらないことから臨時の延長は出来ますが、せめて海自の問題が片付くまで政府からの指名はやめて欲しいですな」
存在しない脅威とは大陸の日本、本国政府がそう考えてるかもしれないと佐々木は考えていた。
日本国
大分県 佐伯市
海上自衛隊佐伯基地
防衛大臣乃村利正は移民が行われる大分県の自衛隊施設の視察に訪れていた。
まずは海上自衛隊の佐伯基地だが、多用途支援艦が一隻母港とする小さな基地だが、旧帝国海軍の佐伯海軍防備隊施設のある濃霞山公園や旧連合艦隊機動部隊真珠湾攻撃発進之地碑のある野岡緑道ふれあい広場を接収して増えた隊員を収容していた。
元国交省野岡宿舎もそのまま隊庁舎として利用し、濃霞山公園に敷地を繋げている。
また、濃霞山公園にはかつての旧軍が遺した基地施設が各所にあり整備が進められている。
また、公園北側には海上保安庁の佐伯海上保安署が陣取っているのも悪くない。
「佐世保が手狭ならこの基地にもがみ型や哨戒艦の一隻も置くかもしれん。
桟橋が1本しかないのは不安だが、大型船を修理、建造できるドックに隣接してるのはでかい」
同行する自衛官や官僚に基地拡大のメリットを語る。
さまた、丹賀砲台園地にはかつて巡洋艦『伊吹』の艦載砲が設置され、事故により失われたが現在は陸自の第4特科連隊から派遣された小隊が155mmりゅう弾砲FH70を配備して『エルドリッチ事件』以来、豊後水道に睨みを利かせている。
そしてやはり反対側の愛媛県旧西宇和郡伊方町、現在の松山市伊方町の佐多岬の旧豊予要塞洞窟要塞に松山市自警団の三八式十二糎榴弾砲が豊後水道に砲口を向けている。
今回視察予定の大分分屯地も玖珠駐屯地も拡充できる要素は余りない。
どちらも森に囲まれ、自然保護の観点から伐採の許可がおりないからだ。
「『憤怒の農林水産省』がおっかないからな。
飯の種を握ってるから転移前よりはるかに強く、激怒してくる」
湯布院駐屯地もそうなのだが、本来駐屯地している筈の第2特科団を旅団に再編した第2特科旅団が、西方大陸アガリアレプトに派遣されているので、各基地の増員隊員をまとめて放り込んでいるが、こちらも拡充には問題のある土地だ。
第2特科旅団が帰国して来たらどうするのか頭がいたい。
陸自も問題が山積みだが海自も人事関係で動揺が広がっている。
今回は佐伯基地司令の尾形二等海佐が着いてきているが、海自の展望に聞きたくて堪らなそうだった。
本国と大陸の日本で対立が起こってはならない。
大陸は日本の生命線であり、地球の様に植民地や外地を見下すことは精神的にもあってはならない。
その意味では今回の内閣の判断は間違ってると考えていた。
今までは他の優先事項を盾に先送りしてきたが、いよいよ限界で水面下で法整備や改編の手順等が進められていた。
「俺も引退時だな、爺どもを道連れにしてやるか」
幸い自分は後継には恵まれているし、総理大臣なんて罰ゲームには興味もない。
その前に排除すべき人物をどうにか出来る人物に伝える必要があり、放蕩息子の次男を使者に立てる事を考えてた。




