吸血鬼医療
大陸北部
チェスタートン伯爵領
「いや、本当に死んでましたよ。
滅ばなかっただけで」
そう語る吸血鬼ファルケンを取り囲む、日本国陸上自衛隊第14先遣隊隊長志村正弘三等陸佐、普通科小隊隊長の小田切雄二一等陸尉、航空自衛隊大陸航空警戒管制団所属の井崎真梨子三等空尉は呆れた目で見つめる。
「あの、先に孫娘の方を宜しいでしょうか」
吸血依頼を出していたブラウン商会長の言葉にファルケンが孫娘ヘレナの部屋に案内されていく。
自衛官の三人もそもそもの目的を思い出し、後に続く。
医療的吸血行為の見学を条件にファルケンの保護を勝手出たのだから見逃すわけにはいかない。
ヘレナの部屋は如何にも深窓の令嬢風だが、薬品の匂いが漂っている。
ベッドに寝かされているヘレナは、細菌バクテリア、真菌(カビ、酵母)、寄生虫(原虫、蠕虫)、ウイルス等の生命体由来の病気と想定されるが、先遣隊の医官も本格的な設備のない場所では診断に時間が掛かっていた。
「しかし、死んだけど滅んでないとはどういうことだ?」
「おそらく吸血鬼は残機制なんじゃないですか?
伝承にもありますが、故郷の土が入った棺で眠ることで力が回復するとか、識者の人が言ってました」
「識者って、実は三尉のことじゃね?」
三人の会話に振り返るファルケンは
「良くしってますね?
まあ、私は魂を分裂して変身させた他の個体に分霊してるんで今回は生き返った訳なんですよ。
長寿のエルフなんかはこれしないからボケたりするんですよね」
ファルケンはベッドに横たわるヘレナの首筋に牙を突き刺し吸血する。
その間にファルケンは砂時計を何度かまわして時間を確認する。
「よし、こんなもんかな?」
口をハンカチで拭き取りが、血塗れのハンカチはシュールだ。
「どれくらい飲まれんですか?」
「だいたい一割くらいの量ですね。
死んだらもともこもないし」
「概ね350から400mLですね。
成人女性の血液量は3.5〜4.0Lですからヘレナさんはもう少し少ないくらい」
井崎三尉は矢継ぎ早に質問し、メモに記載していく。
その光景に志村三佐は小田切一尉と目を合わせる。
「俺らいるか?」
「いらないですね?
女の子の部屋もなんか落ち着かないですし」
相手が孫娘なこともあり、女性の井崎三尉がいることはブラウン商会長も大変助かってた。
「なるほど、口元に牙が生えてきましたね」
「暫くは飢餓状態になりますから全力で拘束してください。
仮吸血鬼ですが力は人並み、拘束できる環境が無い家の方には出来ないんですよね」
「拘束はどれくらい?」
「今回は3日程、食事は魚や肉は厳禁、味付けにも使わないで下さい。
飲み水は血液、肉汁以外なら特に問題はなし、牙が完全になくなったら健康な肉体に戻ってます。
お風呂と栄養ある食事を用意して下さい。
あ、拘束にお奨めは釘を打った棺です。
顔のところは開くやつです。
我が領邦の特産品で、今回も購入させて頂きました。
元々、お嬢さんの身体はポーションや奇跡でケアされてましたから回復後の消耗は最低限で済むでしょうが、3日程の飢餓状態で棺の中で暴れることによる傷や排泄などで些か凄いことになるから、その辺りの対処も必要です。
棺は再使用は考えずに焼き払うことを推奨です」
きちんと説明してくれるファルケンだが、センシティブな内容が含まれそうで、志村三佐は帰りたくなっていた。
「一応、監視の機材と要員、医官を派遣しますので、あとはよろしくお願いします」
「面倒な連中も外にいるそうですが」
「ああ、そうですね。
小田切一尉、普通科分隊をローテーションで期間内警備に当たらせろ」
「了解です」
第14先遣隊の分屯地はまだ建設中であり、志村三佐はこの件にばかり関わってはいられないのだ。
大陸北部にいる自衛隊はデルモント男爵領の第11先遣隊やチェスタートン伯爵領の第14先遣隊、北サハリン共和国ヴェルフェネンクス駐屯地の第2駐屯地管理小隊や領事館駐在武官を合わせても450名に満たない人員だ。
ドワーフ侯国は魔神に占領された亡命政権であり、エルフ大公国に対してはヴェルフェネンクス領事館が大使館機能を兼務している。
外務省警察や日本人街保安官もいるが、彼等を戦力に数えるわけにはいかず、大規模な争乱が起きればヴェルフェネンクスに駐屯する北サハリン軍に出動を要請することになっている。
「アンルシアに対する偵察と調査も必要かもな」
『断罪と雷の教団』に聖騎士達が彼等の神殿領アンルシアへの召集が掛かっていたことも気になる。
幸い彼等は普通にこの町で宿を取って宿泊している。
調書を取りに行かせるのも検討するかと志村三佐は考えていた。
チェスタートン伯爵領都内
某宿屋
宿には聖騎士ハーヴェイ一行が宿泊していたが、すでに宿泊客も従業員も寝静まっていた。
突然の危機を知らせる神託が舞い降り、ハーヴェイは身を起こす。
同室である自らの従者である神官戦士二人を起こし、聖剣を握り両隣の同僚の部屋に行こうと廊下に出ようとすると、廊下に聖騎士ファーゴと神官戦士二人の生首が転がってることに気がついた。
さらに聖騎士ムッターが宿泊する部屋からも悲鳴が上がる。
ムッター達が宿泊する部屋から出てきたのは、蝙蝠の特徴を備えた獣人だった。
少なくともハーヴェイの知識に蝙蝠の獣人が存在するという知識はない。
「何奴!!」
蝙蝠の怪人に聖なる奇跡を付加した剣、通称聖剣を振るい斬り付けるが傷口が少しずつ回復しているのが目に映る。
「なるほど、先程の吸血鬼か」
合点は行くが、聖剣で斬り付けた傷口が回復する現象には驚愕している。
「闇の魔力で生きている貴様等には特効の筈だ。
何者だ貴様?」
少なくとも先程の吸血鬼ファルケンには奇跡の力は効いていた。
何よりこの怪人は二丁の拳銃を構え、ハーヴェイと二人の神官戦士を銃撃してきた。
ハーヴェイは
『護りを!!』
と、瞬時に祈り、 薄い光の膜が身体を包み、銃弾からある程度は、その身を護る。
神官戦士二人はハーヴェイ程に瞬時に堅牢な『護り』の奇跡は発動できずに銃弾をその身に喰らわせる。
だが痛みに耐え、神の奇跡が心を満たし、恍惚状態になることで、身体の限界を超えた力を発揮できる『導きの奇跡』を発動し、致命傷ながら蝙蝠の怪人の身体に掴み掛かっていく。
「ハーヴェイ様、今です!!」
「我らごと正義の裁きを!!」
最後の力を振り絞る二人だが、
「やれ、狂信者とやらは手に負えないな」
蝙蝠怪人が呟くと、神官戦士達の脳が揺さぶられ吐き気や頭痛が彼等を襲い力を弛めていく。
「脳に直接の護りは流石に無理だろ?」
ハーヴェイは何度も斬りかかるが、刃を怪人の身体に当てれず、避けられてしまう。
反対に銃弾を何度も受け、限界を悟り他の部屋に逃げ込むが、そこも宿泊客が殺されていた。
おそらくは宿屋に生存者がいないことを悟ると、2階の窓から飛び下り、一度は地面に落ちるがそのまま転がり川に飛び込んで流れに身を任せた。
『断罪と雷の教団』は邪悪と戦い、正義の戦いに身を捧げる教義だが、命を粗末にすることは許さず、次の戦いに繋げることを推奨していた。
「まあ、いい。
メッセンジャーは必要だからな」
蝙蝠の怪人は宿屋の従業員も宿泊客も皆殺しにしていたが、目的の為に高位の人物は一人生かしておく積もりだった。
目的の一つ、『断罪と雷の教団』に対する挑発であった。
翌日、チェスタートン伯爵領領邦軍、衛視隊は21人宿屋皆殺しの参考人として行方不明の聖騎士ハーヴェイを指名手配とした。




