厄介信者
大陸北部
チェスタートン伯爵領
トバイアス砦
第14先遣隊の分屯地建設が始まり、志村三等陸佐率いる面々はトバイアス砦に宿泊して作業に当たっていた。
「隊長、町で聞いてきたんですが、例の吸血鬼今晩町に来るそうですよ」
「町の連中はなんで知ってるんだ?
予告状でも届いたのか」
「いえ、普通に町の豪商が招待したそうです」
部下からの報告に頭がこんがらがる。
「あれじゃないですか?
吸血鬼は招待されないと家に入れないっていうルールがあるからどうにか招待状とか出させたんじゃないですか」
すぐそばにいた井崎真梨子三等空尉が口を挟んでくる。
彼女は航空自衛隊大陸航空警戒管制団所属で、警戒隊新設とレーダーサイト建設を分屯地内で行うために派遣されていた。
もはや一般教養となりつつある『ファンタジー知識』だが、彼女は夢女子と呼ばれる類いであり、吸血鬼に造詣を通り越して噛まれたがってる憧れを持っている。
チェスタートン伯爵から吸血鬼の話を聞いたので詳しそうな彼女の意見を聞いてみたらドン引きするほど語られたので、志村三佐は苦手としていた。
「しかし、それは地球の吸血鬼のおとぎ話だろ?
こちらの現実の吸血鬼は普通に爵位貰って、社会と交流してるのなら、その設定では厳しくないか」
「設定とか言わないで下さい。
実在するんですから」
「まあ、正式に来るなら会見を申し込んでみるか」
「はい、同席したいです。
噛まれてみたい~」
「有料らしいぞ、引っ込んでろ」
自衛官は転移後の増員で採用に人を選ばなくなったが、アウトな人材もいるなと個人的な感想は心の内に留めていた。
ましてや階級社会の自衛隊で防大でのエリートの発言とは思えなかった。
「それはそれとして、他種族との交渉は外務局の仕事なんじゃないですか~」
「おまえ、今自分が参加したいって言った癖に……
先遣隊隊長は文官が派遣されてない間は、その職責の代行が出来るんだよ」
「隊長は管轄地域の独裁者なわけですね?」
「言い方!!」
とにもかくにも夜が訪れ、町の豪商ブラウン商会の会長の屋敷を訪れていた。
「確かに私が招待状と依頼料を出しました。
孫娘のヘレナが病気で身体を弱らせてしまい、ポーションや奇跡でも治療出来なくて彼等を頼りました」
商会長のブラウン氏の言うようにヘレナ嬢はモンスターに噛まれた裂傷から来る病気に犯されていた。
当然、ポーションや奇跡による治療が行われたが、両者とも負傷を癒す効果は見られたが、病原体を根絶することは出来なかった。
「まだ研究中の分野ですが、病原体も生命か、非生命に分類され、前者の方はポーションや奇跡では治療出来ないと考えられています」
結局同行した井崎三尉が関係者にわかりやすく説明する。
「基本的に病原体は細菌、真菌(カビ、酵母)、寄生虫(原虫、蠕虫)、ウイルスとなります。
この内、細胞を持ち、代謝を行い、自己複製するものを『生命』と見なすことが一般的です。
この基準において、細菌や真菌、寄生虫は生命体ですが、ウイルスは自己増殖できないため、一般的には『生命』ではないと考えられています」
つまりウイルスは非生命だから奇跡やポーションは、体内の異物として治療してしまうが、生命体である細菌、真菌、寄生虫は治療の対象外どころか、活性化させる恐れがあることになる。
「奇跡やポーションは万能では無いと言うことか。
癌やアルツハイマーにも効果が出てるから無敵だと思ってたよ」
「結果としてヘレナの病状は悪化してしまいました。
しかし、吸血鬼化すればヘレナ本体の抵抗力が高まり、病原体を抑え込んで医学的に治療出きる可能性があります」
ブラウン氏も悲痛な顔で教えてくれる。
だからこそ屋敷には医者も泊まり込み、吸血鬼化後に治療する準備を整えている。
本人の抵抗力が高ければ劇薬や副作用も辞さない治療が行える。
「しかし、お孫さんを吸血鬼、アンデッド化させることに抵抗は無いのですか?」
自分でも踏み込んだ発言だと志村三佐も思うが、後学の為に聞いておかないといけない。
「隊長、ノンデリ」
などと宣う井崎三尉の言葉は右の耳から左の耳へと抜けていった。
「グール化や獣人化同様、早期なら吸血鬼化も治療出来るので問題ありません。
まあ、他の医療体勢を用意できない家はやめといた方が良いやり方です」
「ああ、あれらもウイルス治療の一環か、呪いの類いでしたからね」
一連の治療に掛かる費用や寄進は莫大なもので、平民であるブラウン氏が用意できるのは彼の冨貴ぶりを示していた。
ブラウン商会はここ数年の旧皇国勢力であるノヴィコフ連邦、通称ノ連との紛争を利用した武器取引、食糧流通で利益を上げていた成金に当たる。
だが成金特有の悪趣味な豪遊ぶりや商売に傾けた拝金主義的な傾向が見られないのは、商売で手に入れた収入の半分をヘレナ嬢の治療に費やしていたからだ。
「しかし、吸血鬼化の治療が間に合わず、吸血鬼化してしまう恐れは依然としてある」
「その場合はアシュトン侯爵家が責任を持って引き受けてくれることになっています。
生活に関しては私が不自由させないように取り計らう積もりです。
地球側の株式会社制度は私も興味を持っています。
株を譲渡させておけば商会が続く限りは配当が割り当てらる。
譲渡の際の相続税も不老長寿な吸血鬼なら少ない回数ですからな。
三代で身代は潰れると言いますが、一代が永ければ問題は少ない」
「我が国でもエルフが日本国籍を取得した際に年金はどうするか議論になってますな。
まあ、今は本国は貨幣経済が正常化してないから棚上げされてますが」
年金は全て大陸における土地家屋に代えられており、本国に残る人間には自衛隊駐屯地や役所の用地として売却、配給に上乗せという形になっている。
既に日本国籍を得た長命種のハーフエルフやドワーフはいるから、日本人吸血鬼が出たならその懸案事項に追加されることになる。
「さてそろそろ来る頃なんですが」
ブラウン商会長がカーテンを捲り、窓から外を見渡していた。
屋敷の外、正門から少し離れたところに人間大の蝙蝠が降り立ち、人の姿に変わっていく。
銀髪赤眼、世の女子達が憧れるには吸血鬼ファルケンは草臥れた中年の顔をしていた。
「ああ、やっと着いた。
疲れた、もう寝たい」
アシュトン侯爵領から吸血鬼としての『お約束』を守る為に蝙蝠の姿です飛来したのだ。
絶対に馬車で来た方が疲れない。
初代アシュトン侯爵が初代皇帝と交わした約定のせいだ。
人のいる家に入るときは招待されてから、無断で入ったら失礼だから。
水の上は避けて歩きなさい、家屋に泥だらけで入って失礼だと怒られたから。
吸血するときは口説くか、対価を支払え、そうすれば社会の一員として食い込んで行けるから。
血は多飲すべからず、同胞を増やしすぎ、餌を食い尽くせば結局は自らが飢えるだけだから。
変身は夜、人に見えないとこでやるべし、いきなり変身されたらびっくるするから。
約定は悪戯好きな初代アシュトン侯爵である第11后妃との痴話喧嘩での会話からいつの間にか誕生したらしい。
侯爵家の分家の次男であるペドロは人としては見た目30代前半だが、同じく吸血鬼である母親の身体から出産された由緒正しき90才の真祖である。
招待を受けたお屋敷に向かおうとすると数人の男達に囲まれた。
「私に何か用かな?
今宵はそちらのお屋敷の招待を受けて来たんだが?」
周辺貴族領邦人なら話が通っているので干渉されることはあまりない。
しかし、暗がりから現れた彼等は聖別された武具、防具を身に纏っていた。
「闇に抱かれし邪悪よ、因果の鎖を断ち切り、汝を冥界へといざなう。
我等、『断罪と雷の教団』!!
神の名の元に汝ををこの世から消し去らん!!」
断罪に命を賭ける厄介な宗教団体『断罪と雷の教団』、ちなみに彼等の神殿領も大陸北部に位置していた。
理由は大陸中央や西部から鬱陶しいと思われて煙たがられたからである。




