第一話 フスティーシア、僕は君の事が大好きだったんだ
オルノは、目の前で倒れ行く幼馴染をなす術もなく見つめることしか出来なかった。
喉は火に焼かれたかのように声を出せず、人垣を掻き分けて飛び出すことすら躊躇してしまった。
そのせいで、ずっと自分を庇い続けてきてくれた彼女を失うことになってしまった。
「フスティーシア」
名を呼べど、彼女はピクリとも動かない。
王太子カエールが婚約者である彼女を切り捨てたことで、場は騒然としている。
事の発端は、カエールがフスティーシアを揶揄った事だった。
「お前の髪の毛は、お前の性格のようにクルクルと捻じ曲がっているな」
フスティーシアは、自分の天然パーマの髪を何よりも嫌っていた。
他の令嬢のように真っすぐなサラサラヘアーに憧れていたのだ。
それを知っていてなお、カエールは彼女を揶揄い続け、反応が鈍いと肩や腕を突いた。
「カエール殿下、お戯れが過ぎます」
そういうフスティーシアは、元々表情が乏しい少女だった。
その上気が強く、目つきが鋭いことから、小柄で可愛い子が好きな王太子のタイプからは大幅に外れていた。
年齢が二つ違いで、家柄が公爵家でも名門というレウニール家のフスティーシアとは国を安定させるための政略結婚。
正直、カエールはフスティーシアとの婚約をずっと嫌がっていた。
丁度この日は年に一度の剣術大会の日で、王太子の応援に婚約者としてはせ参じたフスティーシアは、彼に果実水とタオルを持ってきたところだった。
しかし、カエールの周りには側妃の座を狙う別の令嬢達が我先にと集まっており、彼女の行く手を阻んだ。
「貴女達、身の程をわきまえなさい!」
彼女の口調が強いのは、侮られまいとする気持ちと、幼い頃から弱気なオルノを虐めっ子から守ろうと虚勢を張ってきたことによる悪影響だった。
本当は気心の優しい彼女は、見た目と言葉の強さから、かなり損をしているタイプなのだ。
フスティーシアが声を荒げたことで気分を害したカエールが、彼女の容姿を繰り返し弄ったのも長年続いて来た行為だった。
それが、今回は不運に不運が重なった。
王太子に突き飛ばされたフスティーシアが背後に居た男爵令嬢エレヒールにぶつかったのだ。
すると、
「きゃぁ、おやめください」
彼女はわざとらしくよろめき、目に涙を浮かべてフスティーシアを非難した。
さして当たってもいない肩を押さえて涙ぐむ彼女の姿は、小柄な上に愛らしい顔立ちも相まって悲劇のヒロインのように見えた。
彼女は王太子のお気に入りで、常に周りに侍っている一人だ。そんな彼女にフスティーシアが危害を与えたとしてカエールが頭に血を上らせた。
「貴様!何様のつもりだ!」
腰に携えていたのは刃を潰した訓練用の剣だ。
それで人を切る事など出来ないはずだった。
彼は剣を抜くと大きく振りかぶってフスティーシアに向かって振った。
カエールは、避けると思っていたのだ。
何故なら、フスティーシアは令嬢でありながら、剣の腕前はカエールより上だったからだ。
それなのに、なぜかその日は避けなかった。
しかも、訓練用の剣は、いつの間にか真剣にすり替えられていた。
「きゃ~~~~~~~」
フスティーシアから血しぶきが舞うと、周りに居た令嬢達は逃げ惑った。切ったカエールも、自分の意図しない状況にパニックになっている。
「ち、違う。本当に切ろうと思ったわけなじゃい」
いくら言い訳しても、事実は変わらない。彼は、自分の婚約者を刀の錆にしたのだ。
そして、剣術大会に来ていた国王夫妻も、貴賓席からこの様子を見ていた。
我が子のしでかした事の大きさは、彼らの絶望した表情を見ても分かるだろう。
フスティーシアの父が所属する穏健派の支持を得ていることで、国王は国王として威厳を放っていられたのだ。
それが、息子が自らの手で、彼らとの関係を切り捨ててしまった。
これは、一人の令嬢が死んだだけでは収まらない国を揺るがす大事件なのだ。
「カエールを取り押さえろ!そして、なんとしてもフスティーシアの命を繋ぐのだ!」
そう叫んだ王の望みは、既に叶わなくなっている。
何故なら、地面に横たわっている少女は、既に息をしていなかったからだ。
「うそっ、こんなところで悪役令嬢に死なれたら、話が進まないじゃない」
そう呟いたのは男爵令嬢のエレヒールだ。
その言葉の意味は分からなかったが、オルノは彼女が何かにつけてフスティーシアを悪者にしようとしたことを知っていた。
――お前のせいで……。
オルノの心に、怒りという炎がめらめらと立ち上った。
それはとどまるところを知らず、全身を駆け巡った。
オルノは手を強く握りしめて、フスティーシアを見た。
彼女の目は見開かれたままで、驚きの表情のまま固まっている。
――あぁ、せめて、瞼を閉じさせてあげないと、彼女がゆっくり眠れない。
正常な思考を放棄してしまったオルノは、フスティーシアに向かって歩き出した。
「止まりなさい。近づいてはなりません」
護衛達が彼を止めようとしたが、オルノの全身から立ち上る真っ赤なオーラを見て後ずさった。
「ま、魔力暴走だ。皆、この場を離れなさい!」
護衛の選択は間違っていない。
感情の高ぶりにより魔力をコントロールできなくなった人間は、最終的には溜まった魔力を爆発させて木端微塵に吹き飛んでしまう。
そんな爆発に巻き込まれれば、他の人間も只では済まない。
一気に周りから人が居なくなった訓練場には、胸を真っ赤に血に染めて横たわるフスティーシアと魔力を燃やし続けるガリガリの長身のオルノしか居なくなった。
「ごめんね、フスティーシア。守ってあげられなくて」
オルノは、頭はいいが腕っぷしも弱く、魔力も少ない方だった。
知識はあるが、それを使いこなせない彼は、いつも笑いの種にされていた。
今彼が燃やす魔力は命の炎だ。
生命エネルギーを魔力に変えてしまっている。
このままでは、暴発するにしても魔力切れにしても、最後に死んでしまうのは間違いない。
「フスティーシア、僕は君の事が大好きだったんだ」
そう言って、地面に膝をついたオルノは彼女の額にキスをした。
親愛の情を込めた最初で最後のキスが、奇跡の始まりだとは知りもせずに。
思い付きで始めてしまったお話です。何処まで続くか分かりませんが、少しずつ更新していこうと思います。
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