8話 計画通りですわぁぁぁぁぁぁぁ!!
「で、殿下なぜここに!?」
シャルテは一歩たじろいだ。
目の前には端正な顔に張り付いたような笑顔を浮かべている第一皇子アルベルトの姿がある。
彼の手にはしおりの挟まれた教科書が握られている。
「うん?君が帝王学の教師として不適格じゃないかという、意見をもらってね。
本当かどうか見極めにきたってところかな?」
そう言って皇子はニコニコと部屋にいた一同を見渡した。
その張り付いたような笑みには――まるですべてを知っていると言わんばかりの自信が見て取れる。
――まさか!?
これは罠だった!?
(いくら何でも伯爵と、第一皇子の入ってくるタイミングが良すぎる!!!)
(教育係はとても名誉ある職よ――どちらの派閥がその職につくかは皇位継承にも影響するわ。
第二皇子派の私を追い落とすために仕組んだとしたら説明がつくわ
シャルテが伯爵を睨むが、伯爵は涼しい顔でシャルテに会釈を返しただけだった。
「さて、本題に戻ろうかな。シャルテ夫人」
皇子がシャルテの目を見据える。
「貴方はとても優秀な教師だった。それは僕が保証しよう」
――そうよ。
第一皇子を教育して育てたのは私よ、こんなことくらいで私を追い落とせるわけがない――
「だが、過去優秀だったからといって、今も優秀かは別問題だ」
シャルテの思考を遮るように皇子がいう。
「皇子は何か勘違いしていらっしゃいます。確かに教科書には載っていなかったかもしれません。
そこについてはわたくしの勉強不足というのは認めましょう」
確かに去年教科書の改訂はあった。
本当にマテリアルの定義が載っていなかったのかもしれない。
(だが、それがなんだというの?)
シャルテは勝ち誇っているであろうアメリアと伯爵に視線を向ける。
――まさかこの程度で私を打ち負かせると思ったのかしら?――
どす黒い笑いが心の中に浮かぶ。
――たかが小娘と教育の現場をしらない伯爵が私をつぶそうなんて100年早い。私がこの地位を女というハンデを追いながらも手に入れた理由がまったく解っていないわ――
そう、勝機はある。
むしろ、今、この小娘と伯爵を、貶める絶好の機会が巡ってきたのだ。
伯爵は第一皇子の右腕とも言われている、彼の権威を落とすのは、うまくいけば第二王妃に有利に働くだろう。
「ですが、私は解く方法として、ちゃんと教えていました、教科書にのっていないことでも基礎として覚えておくことは大事」
と、シャルテが勉学を教える時に用意している、用紙をとりだす。
そう――シャルテが高く評価されたのは、教科書のほかに独自に教えやすい教材を自らの手で作成して用意していたから、その中にははっきりとマテリアルの定義が記された、用紙がある。
「この通り教えていたのですから、ウィル皇子は習っていたはずです」
「なるほど。間違いありませんね」
用紙を手に取り、伯爵が唸る。そして困ったような視線を向けて
「この教材をもとに定義を教えていた、そこに記憶違いはないと言い切れますか?」
と、問う。その困惑の浮かんだ瞳にシャルテはにんまり笑った。
おそらく第二王妃派の自分を今回の件で追い落とすのがうまく行かなくなって焦っているのだろう。
――こんな子供じみた嫌がらせで私をはめようだなんて、まだまだガキだわ。
「はい、間違いありません」
胸をはってゆっくりと前に歩み出る。
教育の場は教師の独壇場。そこらの雇われ教師とは違う。
シャルテは選ばれた皇族付の教育係なのだ。
教育方針には基本皇子でも口はだせない。
「私はこの教材をもとに、独自指導をしていたまで。教育の方法は『名誉階級である皇族付の教育係』である私に与えられた権限です。その方法をとやかく言われる覚えはありません。
――そうではありませんか、アルベルト皇太子殿下」
ゆっくりと視線をアルベルトに向けた。
これはかつては教え子だった皇子への助け舟。
これで伯爵とメイドの難癖を皇子が窘めればなかったことにしてあげるというシャルテの温情。
――さあ、恩を売ってさしあげますわ。第一皇子。
にんまりとした笑みで皇子をみると、第一皇子は困った顔をした。
「……そうだね。教育方針は教師特権だ」
と、うなずいた。
考え込む伯爵、うつむくメイド、気まずそうな第三皇子に、教科書に目を落とす第一皇子。
誰も反論してこない。
そう――教材があることでだれも反論できないのだ。
――勝った。
これこそ私が長年培ってきた教師としての誇り。
「おわかりいただけましたか?アルベルト皇太子殿下」
シャルテが恩をきせ、そしてかつての教え子をたしなめるような口調で問い詰める。
取り消すなら今だ――と。
しばらくの沈黙。
皇子は残念そうに視線をシャルテにあわせる。
さぁ、謝りなさい。第一皇子。
貴方なら教育係がどれほどの権威職か理解しているはずよ。
「うん。わかったよ」
皇子が眉間をおさえて、残念そうな声をだした。
シャルテが勝ちを確信したその瞬間。
「やっぱり君に皇族付の教育係は無理ってことがね」
と、第一皇子は無慈悲なセリフを嬉しそうに告げるのだった。
……。
………。
……………は?
何を言ってるのこの皇子は。
私が第二王妃派と知って、いちゃもんをつけて無理やりにでも引きずりおろすつもり?
無理よ、この優秀な私を難癖で下せるはずがない。
「い、一体何を根拠に!!」
「根拠もなにも。君、知らなかったのかい マテリアルの定義はね。一昨年、ある小説の指摘がきっかけで、定義自体が近年否定されている」
皇子の言葉に固まる。
……え?
何それ?初めて聞くわ。
そんなこと誰からも聞いてない。
言葉に詰まっていると、皇子はため息をついて
「やっぱり知らなかったみたいだね。
いまは別の定義を使って問題を解くことが主流になっているんだ」
「そんなことも知らない、教育者が『名誉階級である皇族の教育係』の資格があるとおもっているのかい?」
告げる第一皇子の声は――氷のように冷たかった。




