7話 教え方がまったくなっておりませんわぁぁぁぁ!
「それで、ウィル様、まず言うことがあるのではありませんか?」
次の日。
再び家庭教師のシャルテがウィルの前に立ちふさがった。
--いつもこうだ。
皇族はかならず帝王学を学ばなければいけない。成人するまでは教育係には逆らえないのだ。そのせいで、いくら暴れてもシャルテの横暴な態度がかわることはなかった。
――皇子なんて肩書は単なる飾りじゃないか。
――結局どう訴えたってだれもわかってくれないじゃない。
――何が帝国の太陽だよっ!!!
「………」
くやしくて。
とてもくやしくて。手をぎゅっと握る。
いつもなら謝った。
今後の事を考えるなら、謝るべきだ。
でも嫌だ。
今日だけは絶対謝りたくない。
ぎゅっと唇をかみしめていると、
はぁー
明らかに聞こえるようにつかれるため息。
「これだからウィル様は……。
皇族でもあるにもかかわらず、我儘ばかり。
第一皇子であるお兄様をもう少し見習ったらどうですか。
皇子の年齢にはもうとっくにもっと高度な授業をうけていました。
本当にウィル皇子は物覚えの悪くて……」
シャルテの言葉が胸に刺さる。
うるさい。
うるさい。
うるさい。うるさいっ!!!!
心の中の声がでそうになった瞬間――
「あらぁ。本当にそうでしょうか?」
唐突に。
声が聞こえた。
聞き覚えのある女性の声。
――なんでこいつがここに?
ウィルと家庭教師が視線をむけると――そこにいたのはアメリアだった。
何か山の紙束、資料のようなものを片手に、もう片手にはホウキをもっていつものすまし顔で立っているのだ。
「お前……今日は休みじゃなかったのかよ」
今朝、バツが悪くて、なんと声をかけようかびくびくしていたが、アメリアは現れなかった。だから休みだと思っていたのだが――。
「ちょっと準備に手間取っただけですわ」
アメリアは、紙束をひらひらさせた。
「何ですか、あなた。確か昨日から来たメイドでしたね?」
シャルテがくいっと眼鏡を治してアメリアをにらむ。
「たかがメイド風情が帝王学の授業に口出ししてくるとは――これだからウィル皇子は部下の管理もままならないのですね、程度がひくい無能しかメイドにできない」
「あら、私から言わせれば無能はあなたですわ。伯爵夫人。
帝王学の教え方がまったくなっておりませんもの」
「な!?何を失礼な!?」
「昨日、習った内容で解けるはずだといいます……が、なぜそう言い切れるのですか?」
「昨日マテリアルの定義を使えばあんなもの簡単に」
「ええ、教わっていたらできますね。教わっていたらですが」
「一体何が言いたいのです?」
「昨日のウィル皇子のノートです」
そういってアメリアはウィルのノートを広げ
「あれれーおかしいですね。ちゃんとノートをとっているはずなのになぜか書いてないんですよね。マテリアルの定義と解き方」
と、指さした。確かにそこにマテリアルの定義は記されていない。
ノートを確認しシャルテがぐっと息をのみ
「おだまりなさい!メイド風情が、いますぐメイド長に言って首にしてもいいんですよ!」
「え?なんでですか?説明してもらえればいいだけの話だと思いますわ♡
出来ますよね。だって教えたんですもの」
にまぁっと笑うアメリア。シャルテの顔が険しいものになる。
――やばい、また首になる――
この表情は過去ウィルをかばってくれたメイドを首にした時と同じだ。
これ以上続けさせたら大変なことになる。
「もういい!僕ができなかっただけだ!それでいいじゃないか」
今までの怒りを忘れ、ウィルが慌てて庇おうとするが
「いいえ――よくありません。これは教師としての質が問われます」
と、低い声が間にはいった。声の主はシャルテでも、アメリアでもない低い男性の声。
本来いるはずのない声に場は静まり、皆一斉にドアに視線を向けると。
現れたのはマーク・デル・フォルトリィナ――マークだった。
***
「な、なんで、フォルトリィナ伯爵がここに?」
意外な人物の登場にシャルテは一歩たじろだ。
――フォルトリィナ伯爵は第二王妃と対立する第一皇子派。
――伯爵と不要な揉め事をおこせば第二王妃の不興を買うわ。
何より――成人していない第三皇子の教育に関する人事権は第一皇子派にも存在するのだ。
ここで無能の烙印をおされたら、首になって第一皇子派の教育係がついてしまう可能性がある。
……ちょ、待って?まさか教えてなかったとでもいうの?
なんでノートに書いてない?
どっ、
どっ、
どっどっどっ
心拍数が上がる。
どうする?どうしたらいい?
確かにウィルをいびることに夢中で、授業がおろそかだったのは否めない。
だが昨日の授業にこのメイドは居合わせていなかった。
教えていたかどうかなんて一メイドがわかるはずがない。
そう――教えていないなどという『証拠』はどこにも存在しない。
――そうだ、事実をねじ曲げたらいい――
シャルテは心の中で笑う。
「もちろん教えました。昨日の授業で、教えている最中急に怒りだして、書くのをやめペンやノートを投げ出したのではっきり覚えております。お疑いなら他のメイドを呼んで調べてもらってもいいのですよ?」
その言葉とともにシャルテは視線をアメリアに向け――
「他のメイドたちと一緒に部屋の片づけをした貴方が一番わかってるのではなくて?」
その言葉に伯爵が
「どうなのですか? アメリア。彼女の証言はあっていますか?」
と、問う。
しばらくの沈黙。
メイドの視線が彷徨う。
メイドはぐっと息をのんでうつむいて。
「そ、それは間違いありませんわ」
答えた。
勝った。
シャルテが心の中で満面の笑みを浮かべる。
嘘をつくときは、その嘘に少しの真実を混ぜるのが基本。
一つが真実なのだからもう片方も真実だろうと錯覚させることが出来る。
シャルテは女性でありながら皇族の家庭教師になるほど処世術には長けていた。
相手を追い詰める術は十分心得ている。
あとは追い詰めればいいだけ――。
「ほら、みなさい。私の言った通りではありませんか。
私は間違いなく、教科書通りマテリアルの定義を教えました」
「それは間違いありませんか?」
マークがシャルテの目を見据えた。
「くどいですよ、伯爵。間違いありません。記憶にはっきりとあります。
ですから――私の名誉を傷つけた、貴方、どうなるかわかっていますわ……」
「ね?」まで言いかけて。シャルテは声を飲み込んだ。
不気味な笑顔。
見下してやろうとアメリアに視線を向けたとたん、そこにあったのは醜悪ともいえる笑みを浮かべたアメリアの顔があったのだ。
……え!?
シャルテがなんで笑っているの!?と疑問を言葉にするその前に
「おや、おかしいね?いまマテリアルの定義は教科書に載っていないはずなんだけど」
と、ドアの方から声が聞こえてきた。
凛とした男性の――とても聞き覚えのある声。
一番今この場で聞きたくなかった声。
――まさか。
――ど、どうして、嘘ですよね?
顔が青ざめるのを自分でも感じながら……おそるおそる――視線を向ける。
そしてそこにいたのは
今帝国で最も次の皇帝の地位にいる、帝国の第一皇位継承者。
金髪碧眼の美形。第一皇子アルベルト・ディラン・ファルバルーナだった。




