5話 お茶をいただくまでですが ――何か?
「今日から皇子のメイドに配属されましたアメリア・ファル・ディトリミレーデです。
以後お見知りおきを」
そう言って僕の前に現れたのは金髪ロールの派手な見た目のメイド服を着た令嬢だった。
以前他のメイドがひそひそと話していたがどこかの小国で、悪名高い令嬢らしい。
確かに目つきが悪くて性格が悪そうだ。
「あ、そう」
僕は本を読んだまま視線を彼女に向けずに言い放った。
どうせこいつだって他のメイドと変わらない。
権力のない第三皇子の下で働くとがっかりしているにきまってる。
「僕のスケジュールなんてたかが知れてる。暇ならそこの茶でも飲んでればいい」
と、嫌味たっぷりにいってやる。
どの令嬢も皇族の華やかな生活に憧れているのは知っている。
だから部屋にこもりきりの僕の下で働くと不満そうにするんだ。
だったら勝手にやっていてほしい。
僕がそう言うと――。
「はい。かしこまりました」
そういって、僕の冷めたお茶の残りを予備のティーカップに注ぎ、飲みだした。
……え?
思わず僕も視線を向け、彼女を連れてきたメイドたちもあんぐりと口をあけている。
すんとした表情で飲み続ける、新人メイド。
しばらくの沈黙。
―――って!!!
嫌味を真に受けるか!?普通!!
「な、何をしているのアメリア!?」
別のメイドが注意するが
「第三皇子が新人を労わって、提案してくださったこと、私はその善意に感服してお茶をいただくまでです。なにか?」
と、すました顔でメイドに反論した。
……。
………。
……ずるいだろ!!!!
そんな言い方されたら、嫌味だったって言いにくくなるじゃないか!!
大体最初にそう言えばメイドたちは萎縮して話しかけてこなくなるから言っただけなのに!
文句がいえなくなったじゃないか!!
「遠方から来たことで不安だと察してここまでしてくださるなんて。
なんて聡明な。お心遣い感服いたしましたわ。ウィル殿下」
そういって彼女は満面の笑みでほほ笑んだ。
(何なんだよ。あのメイド頭おかしいんじゃないか!!)
帝王学の授業中、ウィルはイライラしながらペンを握った。
目の前には帝王学の問題が書かれたノートがある――が。
(あのアメリアとかいうメイドがムカついて、授業が全然頭に入ってこない)
ウィルがペンを持って固まっていると。
「ウィル皇子、この問題は先日教えたはずですが」
眼鏡をした家庭教師シャルテが厳しい目で睨みつけてきた。
帝国の中でも博識といわれ、社交界では有名だといわれる伯爵家の貴婦人で、第一皇子も教えたことのある優秀な家庭教師だとは聞いている。
実際彼女の実績は華々しく実力があるのは確かだろう。
でも僕は嫌いだ。
「第一皇子様ならこれくらい簡単に解いたのに」
家庭教師の失望に似た、深いため息が聞こえた。
なんだよ!!
こいつ、いつも、いつもいつも、優秀な第一皇子と比べて!
シャルテといいあのメイドといい、僕を馬鹿にするにもほどがある。
むかつく。
むかつく。――むかつく!!!!
優雅にお茶を飲むあのメイドも、いつも第一皇子はすごかったとしか言わないこの家庭教師。
『皇族に仕えられると喜んだのに、まさかわがままな第三皇子の下だなんて』
陰で僕より第一皇子か第二皇子のメイドになりたかったとぼやくメイドたち。
『やはり第三王妃の子とは思えませんわね』
母親はいい人だったのに何で皇子はこんな癇癪餅だったのだと舞踏会であざ笑う貴族達。
そしていつも下にみてくる教師陣。
僕だって、すき好んで皇子になったわけじゃないんだ!!
父親の冷たい視線がまた脳裏によぎる。
「これのせいで、愛しい第三王妃が死んだのだ――見たくもない」
父である皇帝がかけたその言葉が鮮明によみがえり―――
「聞いていますか?ウィル皇子?」
家庭教師の言葉を皮切りに、
ぷちん!!!!!
何かが切れる。
気が付けば――僕は手当たり次第にそこにあったものを家庭教師に投げつけていた。
ひっくひっく。
荷物が散乱した部屋。むなしく自分の嗚咽だけが響く。
――またやっちゃった。
癇癪をおこしたあとのことはよく覚えてない。
みんなを部屋から追い出して、そのまましばらく物を投げて八つ当たりしていた気がする。
――だってどうしようもないじゃないか。
母さんが産後の経過がよくなくて死んだのも。
第一皇子のほうができるのも。
父にすら相手してもらえないのも。
もう全部、僕が生まれる前に決まっていたことで、僕のせいじゃない。
「なのになんでみんな僕を責めるんだよ!!!」
生まれなきゃよかった、生まれなきゃよかった。
そもそも、生まれたくなかった。
みんないなくなれ。
いなくなれ。
みんないなくなれ。
頭の中で毒を吐きながら、胸がぎゅーっと痛くなる。
苦しい。苦しい。苦しい。―――苦しい。
暗くなった部屋で一人、うずくまっていると。
どれくらいたっただろう。
「お掃除にお伺いしました」
真夜中なのに急にガチャリと扉があき――ほうきと塵取りを持った新人メイドが入ってきた。
……。
……。
―――はぁ!?
こんな状態なのに部屋に入ってくるメイドなどいなかったから、つい泣き顔のまま顔をあげてしまい――ばっちりと目があう。
「な、なんで入ってくるんだよ!!」
「先輩に割れたカップなどをかたずけるようにいわれたので」
その言葉に、かー!!と顔が熱くなる。
あいつら、この状態の時は部屋に入るなといってたはずなのに!!
「空気くらい読め!!」
そういってメイドに枕を投げつけて―――ボスン。
枕は軽くかわされ、むなしく壁に当たった。
「コントロールがたりません。枕は軽くてコントロールがつけにくいのでもっと重いものにしたほうがいいかと思いますわ」
しれっと言う新人メイド。
―――!!
こいつふざけてるのか!!
思わず置いてあった彫刻の置物を持ち上げて……メイドに向かって構えた。
メイドはたじろぐことなく、ホウキを持ったまま突っ立っている。
僕をまっすぐに見つめたまま。
その顔がまた―――嫌味たらしくて気に入らない。
くそっ!!!!
ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
僕は――力をこめて彫刻を投げつけた。
がっしゃぁぁぁぁん!!!!!
盛大に――彫刻が当たった衝撃で――ガラスが割れた。
はぁ、はぁ、はぁ。
割れたガラスを見つめながら――僕はメイドを睨みつけた。
新人メイドは――ただ立っている。
メイドから少し離れた位置にある窓ガラスが彫刻に壊された様子をみてもびくりともしない。
「あら、皇子は噂とちがいますのね」
「え?」
「わたくしに投げつけてくるかと思いました」
「そ、そうしてやってもよかったんだぞ!!」
僕が言うと、メイドはつかつかと散らかっているものを片付けだす。
「でも出来ませんでしたよね?」
ぴしゃりと一言。
~~~っ!!!!
こいつ、僕を腰抜けだと馬鹿にしてるのか!!!!
がっとまた別の本を手に取った瞬間。
「やめておいたほうがいいですわ。皇子はわたくしのような屑とちがって、本当に相手を傷つけたら、傷つくタイプですもの。心根の優しさは変えられませんわ」
そういって僕の本を取り上げる。
「……な!?」
「今日は脳も心も疲れ切っていますもの。考えるのは明日にしてくださいまし」
彼女がそういった途端――急に眠気が襲ってきて―――
僕は意識を失った。




