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第六章 無機質な調和、あるいは確率論的終焉への序曲

 世界がもし、あらかじめ記述された美しいアルゴリズムの集積であるならば、人間の意思などという不確実なノイズは、最初から存在しないに等しかった。妻の勘という、統計学の死角から飛来した見えない弾頭。それが私の防壁に微細な亀裂を穿ってからというもの、私の脳内コンピューターは、常にバックグラウンドで未知のウイルスをスキャンするかのような、有機的な焦燥に侵されていた。文化人類学の始祖たちが、未開の部族の呪術を論理の欠如ではなく別個の論理体系として再定義したように、私もまた、妻の野生のインスピレーションを新たな上位変数として組み込まざるを得なかった。私の愛する最高司令官は、私を疑うという低俗なフェーズにはいない。彼女はただ、量子力学における観測者のように、そこに実在するはずのない私の不在を、純粋な世界のゆらぎとして感知していたのだ。私は、これまで以上に精緻な、それこそ結晶構造のように冷徹な絶対防衛プログラミングを余儀なくされた。



 浮気の回数を対数螺旋のごとく減少させ、ターゲットとの接触時間は素数を用いた不規則なインターバルへと再構築する。デートに使用するホテルは、建築音響学的に完全に外部の雑音を遮断し、かつ私の網膜にしか残らない偽装経路を持つ空間のみを選定した。もはやそれは、性欲の処理でも、退屈な日常からの逸脱でもない。ただ、己の組んだ完璧な数式が、世界の不条理に打ち勝つことができるかという、一種の形而上学的な闘争へと変貌していた。だが、どれほど強固な暗号を記述しようとも、鍵そのものが内側から融解していくような、不気味な潮目の変化が訪れる。



「ねえ、高橋さん」



 いつものように偽名を使い、熱処理された真空パックのような完璧な隠蔽空間のなかで、割り切った大人の契約を交わしていたはずの彼女が、唐突に私をそう呼んだ。いや、正確には、彼女の唇は私が与えた虚構の偽名をなぞったはずだった。しかし、その声に宿る冷徹な響きは、私の本名である高橋健一という本質を、正確に剥ぎ取っていくような錯覚を私に抱かせた。彼女の瞳の奥に、かつてあった合理的な割り切りという定数は存在しない。そこにあるのは、どれほど精巧にエスコートされても、一分子の執着も見せない私という存在への、底知れない虚無と傷つけられたプライドだった。



 理性の了承という名の、甘美な防壁。それが今、女たちの予測不可能な独占欲という名の、最も原始的なバグへと書き換えられていく。その変化は、まるで熱力学第二法則のように不可逆だった。私が完璧であればあるほど、世界はエントロピーを増大させ、私をペナルティの泥沼へと引きずり込もうとする。私の網膜の裏で、緑色のフローチャートが初めて明滅し、警告の赤へと反転しようとしていた。完璧なノーペナルティ・ルートの終着点は、果たして数学的な解として実在するのか。



 私は深夜の高速道路を走りながら、無機質に流れていくナトリウム灯の光をただ見つめていた。車内は完璧にデバッグされ、完全な無臭に保たれている。しかし、私の鼻腔の奥には、まだ自作すらしていないはずの、孤独という名の冷たいノネナールが、かすかに張り付いているような気がしてならなかった。


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