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第三章 「了承済み」という名のバグ

 人間という観察対象を扱う上で、文化人類学が直面する最大の壁は感情という不確定要素だ。いかに強固なアルゴリズムを築き、あらゆる変数を排除したとしても、システムを動かす側の人間が内包するバグまでは完全には制御できない。私の数式恋愛において、それは静かに、しかし確実に牙を剥き始めていた。私と関係を持つ女たちは、皆一様に、最初は、割り切った大人の契約を了承していた。互いの私生活には干渉しない。未来の約束もしない。ただ、互いの利害が一致した時間だけを、スマートに共有する。それは非常に合理的で、美しい関係性であるはずだった。だが、私のあまりにも完璧すぎるマルチタスクが、彼女たちのシステムにエラーを引き起こす。



「健一さん、あなたって本当に完璧ね」



 いつだったか、別のターゲットの女性が、ベッドサイドでグラスを傾けながら寂しげに呟いたことがある。彼女のマンションを出る際、私の私物は一分子として残らない。髪の毛一本、指紋一つ、感情の揺らぎすらその空間に落としていかない。彼氏が急に帰ってこようが、いかなる緊急事態が発生しようが、私は眉一つ動かさずに脱出ルートを選択し、何食わぬ顔で日常:定数Bへと帰還する。一ミリの綻びも見せない私の冷徹なプロフェッショナルぶりは、彼女たちに大切にされている安心感ではなく、ある種の虚しさを抱かせる結果となった。私は彼女たちを完璧にエスコートし、完璧に欲望を満たし、完璧に隠蔽する。しかしそこには、自分に対する執着や、理性を失った情熱といった人間らしいノイズが決定的に欠落しているのだ。理性の了承は、時間が経つにつれて、女たちの予測不可能な独占欲という名のバグへと書き換えられていく。契約通りと口では言いながらも、彼女たちの視線に、微かな熱と、それに相反する冷たい執着が混ざり始める。私の本当の素性を探ろうとする、仕様書にないハッキングの挙動。私を困らせるために、わざと痕跡を残そうとする意図的なシステムエラー。



 どれほど完璧なコードを書いても、人間の感情は都合のいい定数にはなってくれない。彼女たちの瞳の奥に宿る、静かな恐怖。それは、私の完璧な数式が、最も予測不可能な感情の暴走によって内部から崩壊させられるかもしれないという、かつてないバグの予兆だった。絶対防衛の限界が、すぐそこまで迫っていることを、私の脳内コンピューターは静かに警告し始めていた。


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