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第二章 プロフェッショナル彼女 VS 隠蔽の天才

 文化人類学のフィールドワークにおいて最も警戒すべきは、観察対象がこちらの意図を察知し、牙を剥く瞬間だ。それは私の数式恋愛においても例外ではない。私のアルゴリズムの前に立ちはだかった最初の刺客は、膨大なデータを冷徹に処理するデータサイエンティストの彼女だった。彼女の専門は行動ログの解析。私が教鞭を執る大学の講義時間、移動速度、スマートフォンの決済履歴から行動動線を割り出し、そこに生じる一分一秒の矛盾を検知して浮気を暴こうとする、デジタル時代の防諜スペシャリストである。



 ある週末、彼女の部屋でワインを傾けていると、彼女はしれっと自身のタブレット端末を私に向けてスライドさせてきた。画面に表示されていたのは、美しい折れ線グラフと位置プロット。私のこの一ヶ月の行動履歴を完璧に可視化した私に関する解析レポートだった。「健一さん。あなたの言う研究室に籠もっていた時間の心拍数、少し不自然なのよね。座って論文を読んでいるはずの割には、特定の時間帯だけ心拍数が一四〇を超えている。それに、その時間帯のスマートフォンのGPSログ、不自然なほど通信が途切れてるか、基地局の切り替えが不規則だわ。何か、システムにパッチを当てて隠している?」



 彼女の目は、完全にバグを発見したデバッガーのそれだった。現代社会において、人間はデジタルフットプリントから逃れられない。彼女は私のスマートウォッチとスマートフォンの同期データをハッキングし、私の肉体的な興奮と位置の空白を突き止めたつもりなのだ。



 私は彼女のグラスに静かにワインを注ぎ足し、至高のポーカーフェイスを崩さなかった。なぜなら、そのハッキングはすでに私の想定内。織り込み済みだったからだ。「美しい解析だ。さすがだね」私は微笑み、ポケットから本物のスマートフォンとは別個に常時稼働させているダミーの偽スマホを取り出した。「種明かしをしよう。君が夜を徹して解析していたその完璧なログ、全部私が書いた偽物だよ」彼女の眉が微かに動く。私は彼女と会う日、自身の本物のスマートウォッチを腕から外し、バックパックの奥底に隠した自作の擬似振動マシンに巻き付けて放置していた。機械は私の代わりに、緊張も興奮もしない、極めて健康的な一定のパルスを刻み続ける。そして、彼女が解析していたGPSログや心拍数のデータは、私が事前に彼女のハッキング傾向を分析し、あえて真面目な研究者がたまに体調を崩して動悸に悩まされているような、人間味のあるバグとしてAIに自動生成させたダミーのスクリプトだったのだ。本物のスマートフォンは、完全に電波を遮断した特殊なケースの中で眠っており、一切のログを社会に残していない。「データは真実を語る。だが、そのデータ自体が私の手によって高度に偽装されている可能性を、君のシステムは考慮していなかったようだ。君が見ていたのは私ではない。私が君に見せようとした理想のバグさ」



 別れ際、私は冷酷なまでに美しい微笑みを残し、ジャケットを羽織った。データサイエンティストの彼女は、自分が完璧にコントロールしていたはずの数字の羅列が、ただの虚構であったことを知り、唖然としたまま画面を見つめている。仕掛けられたデジタル復讐を、圧倒的な先回り戦術で完全ジャミングする。プロのハッキングをノーペナルティで退け、私の隠蔽無双はまた一つ、完璧な数式を証明した。


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