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モラルスリップ  作者: Yem
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9/22

9

 金田はモニターを見つめたまま、小さく息を吐いた。


「でも、見る限り……厄介な事件の中でも、これは――」

そこで言葉を切る。


珍しく、金田の表情から余裕が消えていた。


「なんです?」

木下が問いかける。


金田はゆっくりと二人へ向き直った。


「僕らみんな……下手したら死ぬ」


その一言で、部屋の空気が凍りつく。


「い……いやだよ……」

森田の顔から笑顔が消え、怯えたように木下の腕を掴む。


木下は金田を真っ直ぐ見つめた。


「説明してください」


しかし金田は首を横に振る。

「無理だ」

そう言うと、机の上に置かれていた防犯カメラの記録媒体を手に取る。


「あとは僕に任せて、君たちはこの件から手を引くんだ」


「金田さん!」


金田は振り返ることなく部屋を出ていく。


「待ってください!」

木下は慌てて廊下へ飛び出し、その背中を追いかけた。


「一体、何が起こってるんですか!?」


金田は足を止める。


「水谷くんは……普通の子じゃないんですか?」


しばらく沈黙が流れる。


やがて金田は静かに振り返った。


「木下くん」


「はい」


「モラルスリップって言葉、知ってる?」


「……すみません。分かりません」


 金田は廊下の窓から夜の街を見つめながら、ゆっくりと話し始めた。


「人は普通、善悪の境界線を越えることに強い抵抗を感じる。人を傷つける、物を盗む、命を奪う。そういう行為には"心のブレーキ"が働く」


 金田は自分の胸に手を当てた。


「そのブレーキ……つまり道徳や倫理が、何らかの理由で完全に壊れてしまう人間が、ごく稀に存在する。小さな罪から始まり、やがて大きな罪に…行動が徐々にエスカレートしていくんだ」


木下は息を呑む。


「それが……モラルスリップ」


金田は話を続ける。


「そして、さらに稀なケースでは、その"道徳を踏み外した行為"そのものが、人知を超えた現象を引き起こすことがある」


木下の脳裏に、防犯カメラの映像が浮かぶ。

瞬間移動した水谷裕太。


水谷の自宅が燃えた直後にその力を得たであろう少年。

点だった出来事が、一本の線で繋がり始めていた。


「つまり……水谷くんは」


金田は木下の言葉を遮るように、小さく頷いた。


「普通の少年ではない」


その声には、経験者だけが知る重みがあった。






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