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モラルスリップ  作者: Yem
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5/22

5

 木下は燃え盛る家の前まで駆け寄ると、大声で叫んだ。


「水谷くん!」

返事はない。


「水谷裕太くん!」


炎が轟々と音を立て、声を飲み込んでいく。


木下はさらに叫ぶ。

「お父さん!聞こえますか!」


しかし、返ってくるのは木材が崩れ落ちる音だけだった。

火の勢いはあまりにも強い。

家の中へ踏み込める状態ではなかった。

木下は悔しそうに拳を握る。


「くそっ……」


ほどなくして消防車が到着し、サイレンが住宅街に鳴り響く。

消防隊員たちは迅速に消火活動を開始し、大量の放水が炎を飲み込んでいった。

三十分後――。

激しく燃え上がっていた炎は、ようやく鎮火した。

消防隊員が慎重に家の中を確認していく。


焼け焦げた柱。

崩れ落ちた天井。

煙が立ち込める室内を隅々まで捜索していく隊員たち。


「隊長!人はいません!」


その報告に木下は目を見開く。


「誰も……いない?」


その時だった。


「なんだこりゃ!」


怒鳴り声とともに、一人の男が規制線を押しのけて走ってくる。

酒臭い息を漂わせた、水谷の父親だった。


「おい! これはどういうことだ!」

父親は消防隊員へ詰め寄る。


「誰がこんなことしやがった!」


隊員が事情を説明しようとするが、父親は興奮して聞く耳を持たない。

木下は間に入り、男を落ち着かせようとした。


「落ち着いてください」


「落ち着いてられるか!」


父親は荒々しく息を吐く。

木下は真っ直ぐ男を見据えた。


「水谷くんはどこですか」


「あ?」


「水谷裕太くんです。今どこにいますか」


「知らねぇよ!」

父親は舌打ちをする。


「くそっ……誰かが火をつけやがったんだ!絶対にゆるさねぇ!」


「……」


木下はすぐにスマートフォンを取り出し、水谷が通う中学校へ連絡を入れた。

数分後、電話を切る。


「水谷くん、学校に行ってないみたいだ」

と木下が森田の方を見る。


森田が不安そうな表情を浮かべ

「あの!お父さん、裕太くんの携帯番号は分かりますか?」

と水谷の父親に声をかけた。


「んなもんねぇ!」

父親は怒鳴るように答えた。


「ガキに携帯なんか持たせてねぇよ!」


聞き込みは、それ以上進まなかった。

父親は怒鳴り散らすばかりで、有力な情報は一つも得られない。

夕方になり、人だかりも消防隊も次第にいなくなっていく。


木下と森田だけが、焼け跡となった水谷の家の前に立ち続けていた。


「水谷くん……どこに行っちゃったんだろ……」

森田は焼け焦げた家を見つめながら、小さく呟く。

木下は腕を組み、ゆっくりと視線を周囲へ巡らせた。


「手がかりを探すなら、防犯カメラだ」


その一言に、森田の表情が引き締まる。


「映ってるかもしれないね、水谷くん。それで居場所がわかるかも!」


木下は静かに頷いた。


「まずは、この周辺の映像を全部洗おう」


二人は新たな手がかりを求め、再び公用車へ乗り込んだ。





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