昔話 少年と決闘
「たのもー」
騎士団の庁舎の前。
朝っぱらから男が叫んでいた。
「拙者、武者修行のものでござる。騎士団の皆様に一手お手合わせ願いたいでござるよ」
もちろん、騎士団の反応はよくない。
「なんだアイツ」
「何時だと思ってやがる」
「朝っぱらからうるせえな」
騎士団は最初、相手にしなかった。
民間人、それも身なりの整っていない平民を相手にするなど、あってはならないことだと思ったからだ。
それでも――
「たのもー」
男はしつこかった。
挙げ句の果てには、
「騎士団は腰抜けの集まりでござるかー?」
煽った。
これには騎士団員も黙っていられなかった。
「テメェ!此処がどこだかわかってるんだろうな?」
「騎士団でござろう?」
「無事に帰れると思うなよコラ!」
「望むところでござる」
そして、庁舎の門は開けられ、演習場に男を招き入れた。
「この中で、一番強いのは誰でござる?その方と手合わせ願いたいのでござるが」
男はどこまでもマイペースだ。
「おう。俺が相手をしてやる」
名乗り出たのは騎士団でも、一目置かれる古株の一人だった。
「ほほう。流石に強そうでござるな」
男は満足げに顎をなでる。
「拙者の名はクロスケ。お主も名を名乗るでござるよ」
「必要ねぇ。お前とは格が違うからだ」
「……そうでござるか。それもまた良かろう」
二人は木剣を構える。
クロスケの構えは変わっていた。
木剣にも関わらず、腰に当て、抜刀術の構えをとったのだ。
周囲から笑い声が響く。
「なんだそれ」
「侍ごっこか?」
しかし、クロスケは嘲笑にも微動だにしない。
そして、審判役の団員の掛け声で試合は始まった。
「始め!」
バキッ!
そして、終わった。
クロスケは開始の合図とともに消えた。
そして、相手の背後に現れて、後頭部を打ちつけた。
「お、おい…」
「見えたか?今の…」
騎士団の中に動揺が走る。
「……本当にこの方が最強でござるか?」
クロスケはため息を一つ漏らした。
「勇者直属の騎士団もこの程度でござるか…」
「勇者殿の格も知れるというものでござるな」
「俺が相手をしてやる」
モノだった。
先程まで、興味なさげにぼんやりと試合を観ていたものが躍り出たのだ。
「いいぞ!モノ!」
「やっちまえ!モノ!」
「頼んだぞ!」
騎士団員から歓声が上がった。
*
「俺が相手をしてやる」
演習場の空気が変わった。
ざわめきが、すっと止む。
クロスケがゆっくりと視線を向ける。
そこに立っていたのは――まだ少年だった。
騎士団の鎧を纏っている。
だが体格は未成熟。
年齢だけを見れば、明らかに場違いだった。
「騎士団の切り札は、なんと子供でござったか。驚きでござる」
「いいから、かかってこいよ」
モノが吐き捨てる。
クロスケの目が細くなった。
「……ほう」
空気が違う。
立ち方。
重心。
呼吸。
目の前の少年だけが――戦場の匂いを纏っていた。
「お主、名は?」
「モノ」
短い返答。
「モノ・クロス」
周囲の騎士たちが誇らしげに笑う。
「勇者様の直弟子だ」
「舐めんなよ旅人」
クロスケは静かに頷いた。
「なるほど。では――」
木剣を鞘へ収めるように腰へ当てる。
抜刀の構え。
「本気で参るでござる」
モノは肩を回しながら答えた。
「最初からそうしろよ」
周囲に小さな笑いが漏れる。
審判役の団員が、わずかに後ずさった。
嫌な予感がしたからだ。
「――始め!」
次の瞬間。
クロスケが消えた。
地面が爆ぜる。
一直線の踏み込み。
先ほど古参騎士を沈めた神速の一撃。
だが――
ガンッ!!
鈍い衝突音。
木剣が止まっていた。
モノの剣に、受け止められている。
「……!」
クロスケの目が見開かれる。
見えている。
この少年――見えている。
モノは表情一つ変えない。
「遅ぇな」
言葉と同時に踏み込む。
今度はモノが消えた。
横薙ぎ。
クロスケが辛うじて受ける。
衝撃。
腕が痺れる。
(重い……!?)
力ではない。
積み重ねられた実戦の重さ。
連撃。
上段。
下段。
突き。
クロスケが後退する。
砂が舞う。
観戦していた騎士団が息を呑んだ。
「押してる……?」
「モノが……?」
だが。
クロスケの口元が、わずかに緩む。
「――面白い」
腰が沈む。
次の瞬間。
空気が裂けた。
抜刀。
先ほどより速い。
いや――違う。
最初の一撃は、手加減だった。
モノの瞳が細まる。
ギリッ!
剣同士が噛み合う。
衝撃で足元が沈む。
至近距離。
視線がぶつかる。
クロスケが笑った。
「初めてでござる」
「……何が」
「こんなに楽しい戦いは」
モノは答えない。
だが。
ほんの僅か――口角が上がった。
次の瞬間。
二人同時に踏み込む。
打撃。
衝突。
砂煙。
木剣が弾かれ――
止まった時。
クロスケの木剣が、モノの首元で止まり。
モノの木剣が、クロスケの喉元で止まっていた。
完全な相打ち。
静寂。
風だけが吹く。
やがて。
クロスケが先に剣を下ろした。
「参った」
素直な声だった。
一瞬の静寂のあと――
騎士団から歓声が爆発した。
モノも剣を下げる。
「引き分けだろ」
クロスケは首を振る。
「いや」
真っ直ぐに言う。
「拙者は、すでに生き残れぬ一撃を受けていた」
衣を捲り上げる。
脇腹に残る青あざ。
どよめきが広がった。
そして。
クロスケは膝をついた。
「モノ殿」
深く頭を下げる。
「願わくば――」
顔を上げる。
「共に戦わせてほしいでござる」
沈黙。
モノは困ったように眉を寄せた。
「……勝手にすれば」
その返答に、騎士団から笑いが起きた。
遠く。
庁舎の影。
オゼロ・クロスが静かにそれを見ていた。
白髪が風に揺れる。
「………時は近いな」
モノの周囲に――
運命が、静かに絡まり始めていた。




