昔話 親友と王様
モノとクロスケは友人になった。
いや――親友と呼んだ方が近しいかもしれない。
二人は騎士団庁舎の演習場に、仰向けに寝転んで空を見ていた。
傷だらけで。
今日の演習は、勇者との手合わせだった。
クロスケとモノはもちろん、百人を超える騎士団員を――
オゼロは一人で叩きのめしていた。
クロスケとモノの二人は、決闘の後、常に行動を共にするようになった。
よほど馬が合ったのだろう。
訓練の時も。
食事の時も。
眠る時でさえも一緒だった。
最初こそ迷惑がっていたモノだったが、
諦めたのか、
それとも満更でもなくなったのか。
いつしか自然に、クロスケの存在を受け入れるようになっていた。
夜風が吹いた。
演習場に転がったまま、二人は空を見ていた。
全身が痛い。
指一本動かす気力もない。
「……なんなんでござるか、勇者殿は」
クロスケが呻く。
「人じゃないでござる……」
モノは乾いた笑いを漏らした。
「今日はマシだ」
「これで!?」
「まだ意識飛ばなかったからな」
クロスケが絶望した顔になる。
しばらく沈黙。
星が瞬く。
「モノ殿」
「ん?」
「お主は、いつからあんな化け物に鍛えられているのでござる?」
「一年ちょい」
「一年!?」
砂を叩く音。
「拙者、十年修行してきたのでござるが!?」
「知らねぇよ」
少し笑う。
静かな時間。
クロスケがぽつりと言った。
「……怖くないのでござるか?」
「何が」
「勇者殿でござる」
モノは少し考えた。
空を見る。
「怖ぇよ」
あっさり言った。
「毎回死ぬと思う」
「ではなぜ付いていくのでござる?」
間。
ほんの少しだけ。
モノの声が低くなる。
「……強ぇから」
それだけだった。
「いつか」
続ける。
「一回くらい、本気で驚かせてやりてぇ」
クロスケが笑う。
「認められたいのでござるな」
モノは顔をしかめた。
「違ぇよ」
否定が少し早い。
クロスケは何も言わない。
ただ笑った。
風が吹く。
「でもまあ」
モノが小さく言う。
「拾ってもらったんだ」
「……?」
「俺なんかを」
それ以上は言わない。
クロスケも聞かない。
代わりに言った。
「なら拙者も頑張るでござる」
「なんでだよ」
「モノ殿が驚かせる瞬間を、隣で見たいでござるからな!」
モノは吹き出した。
「馬鹿」
「誉め言葉でござる!」
笑い声が夜に溶けた。
*
ある日、モノは王宮に呼ばれた。
王との謁見が予定されている。
どうやら、最近話題の騎士団の少年兵に、王が興味を持ったらしい。
理由はそれだけだった。
「絶対ろくでもねぇ奴だろ」
王宮へ向かう馬車の中で、モノはぼやいた。
向かいに座るクロスケが腕を組む。
「王に呼ばれるなど名誉でござるよ?」
「名誉で腹は膨れねぇ」
「夢がないでござるなぁ……」
窓の外を流れる王都の街並み。
石畳。
整った建物。
笑って歩く市民。
騎士団の任務で見る戦場とは、まるで別世界だった。
やがて馬車が止まる。
王宮。
巨大な白壁が空を遮っていた。
*
案内された廊下は、異様なほど静かだった。
靴音だけが響く。
磨かれた床。
壁に並ぶ肖像画。
豪奢な装飾。
「……落ち着かねぇ」
思わず呟く。
クロスケが小声で返す。
「拙者もでござる。剣を抜いてはいけない場所ほど緊張するでござるな」
「何を斬るつもりだよ」
近衛兵が振り返る。
「間もなく謁見の間です。発言は許可があるまで控えてください」
重厚な扉の前で止まった。
衛兵が槍を交差させる。
そして――
扉が開いた。
謁見の間。
赤い絨毯が一直線に伸びている。
左右には貴族たち。
視線。
無数の視線。
値踏みするような目。
(なんだよ……)
戦場より居心地が悪かった。
玉座。
そこに座っていた男が、ゆっくり口を開く。
「ほう」
ハイト王。
「これが噂の少年兵か」
笑っている。
だが目は笑っていない。
「近頃、よく名を聞く。敵兵を十人斬ったとか、魔物を単独討伐したとか」
貴族の一人が言う。
「勇者直属騎士としては異例の成績かと」
王は興味深そうに身を乗り出した。
「歳はいくつだ?」
「……十三です」
「十三!」
王は楽しそうに繰り返した。
「良いな」
軽く言う。
「壊れても惜しくない年齢だ」
空気が一瞬止まった。
誰も反応しない。
冗談でもなかった。
ただの評価だった。
モノは意味を理解できず、眉をひそめる。
王は続ける。
「勇者よ」
隣に立つオゼロへ視線を向ける。
「良い拾い物をしたな」
「はい」
短い返答。
感情はない。
「次の遠征にも使えるか?」
「問題なく」
物の性能確認のような会話だった。
モノは黙って立っていた。
何かがおかしい気がしたが、
理由は分からない。
その時。
列の端から声が上がった。
「失礼いたします」
若い男だった。
長い外套。
書物を抱えた細身の青年。
「宮廷魔術師見習い、ハイランドです」
王が手を振る。
「ああ、魔術適性の検査だったな。好きにしろ」
ハイランドはモノの前に立つ。
じっと見る。
恐怖も軽蔑もない。
純粋な興味。
「……本当に」
小さく呟く。
「普通の子供ですね」
「悪かったな」
思わず返すと、ハイランドは慌てて首を振った。
「いえ!そういう意味ではなく!」
少し笑った。
「安心しました」
その言葉だけが妙に印象に残った。
「少しだけ、血液をいただきます」
そう言うと、ハイランドはモノの左手を取る。
「好きにしろ」
モノはぶっきらぼうに答える。
小型のナイフでモノの指先を傷つけ、溢れた血の玉を大事そうに試験管へと閉まった。
「ふむ」
低い声。
空気が変わる。
黒衣の男が前へ出た。
宮廷魔術師長。
キリオス。
整った笑顔。
柔らかな声音。
「初めまして」
穏やかだった。
「勇者殿の騎士よ」
モノを見る。
その視線だけが――重い。
「体調に変化はありませんか?」
「ねぇよ」
「それは良かった」
本当に安堵したように微笑む。
そして。
ほんの僅かに。
目が細くなった。
「……強い眼だ」
胸の奥が熱くなる。
褒められた気がした。
後ろで、
オゼロの視線が微かに動いた。
「もうよい」
王が退屈そうに言った。
「下がれ」
謁見は終わった。
呆気ないほど簡単に。
モノは黙って立っていた。
何かがおかしい気がしたが、
理由は分からない。
王宮を出る途中。
モノはふと振り返った。
理由はない。
ただ――視線を感じた。
回廊の奥。
キリオスが立っていた。
微笑んでいる。
そして。
唇だけが動く。
声は届かない。
だが。
なぜか理解できた。
――やっと会えた。
モノは首を傾げた。
「……変な奴だな」
そう呟き、少年は歩き去った。
まだ知らない。
この出会いが、
すべての戦いへ繋がることを。




