表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
101/140

昔話 酒場と尋問

その日から、騎士団の庁舎にはハイランドとキリオスが顔を出すことが増えた。

モノは事あるごとに、検査と称して血液を提供させられるようになった。

指先を切られ、試験管へ落とされる血。

最初は物珍しそうに眺めていたクロスケも、次第に眉をひそめるようになっていた。

そして――。

血液の採取を終えると、二人は決まってそのままオゼロの部屋へ向かった。

必ず。

例外なく。

まるで、それが本来の目的であるかのように。

モノとクロスケは、室内で何を話しているのか気になり、一度だけ聞き耳を立てたことがある。

夜だった。

庁舎の廊下に人影はなく、灯りも落とされている。

二人は足音を殺し、オゼロの私室の隣室へ忍び込んだ。

扉を閉める。

息を潜める。

壁へ耳を当てた。

……声が聞こえる。

だが、くぐもっている。

厚い石壁が音を殺していた。

低く交わされる男たちの声。

言葉までは判別できない。

時折、椅子が軋む音。

何か硬いものを机へ置く音。

沈黙。

そしてまた声。

断片だけが、途切れ途切れに届く。

「――継承……」

聞き取れたのは、それだった。

続いて。

「……眼……」

クロスケが小さく息を呑む。

さらに。

「……病……」

間。

長い沈黙。

何かを叩く音。

苛立ちのような気配。

そして――

「……薬……」

低い声。

それがキリオスなのか、ハイランドなのかは分からない。

だが次に聞こえた声だけは、はっきり分かった。

オゼロだった。

掠れていた。

いつもの無機質な声音ではない。

「……時間がない」

短い。

それだけ。

その一言だけが、妙に耳に残った。

その後は何も聞こえなかった。

気づけば、二人とも壁から離れていた。

理由は分からない。

ただ――これ以上聞いてはいけない気がした。

「……戻るでござるか」

クロスケが小声で言う。

モノは頷いた。

廊下へ出る。

静まり返った夜。

遠くで衛兵の足音が響いていた。

「なんの話だったんだろうな」

歩きながら、モノが呟く。

クロスケは少し考え、

「勇者殿の治療か何かではござらぬか?」

そう答えた。

「……かもな」

モノは深く考えなかった。

勇者は強い。

だが歳を取っている。

身体のどこかが悪くても不思議ではない。

それだけの話だと思った。

その時は。

まだ――。

それが何を意味しているのか、

二人とも知らなかった。



ある時、モノはクロスケと共にハイランドを捕まえた。

目的は一つ。

――オゼロの部屋で何が話されているのか、聞き出すためだった。

ハイランドとモノは年齢が近いこともあり、いつの間にか顔見知り以上、友人未満の関係になっていた。

「おい、ハイランド。ツラ貸せよ」

宮廷魔術師塔から出てきたところを、モノは待ち伏せしていた。

逃げ道を塞ぐように肩へ腕を回す。

「そうでござる。たまには酒場でも行って、親睦を深めるでござるよ」

反対側からクロスケが肩を組む。

がっちりと。

完全に逃走防止の形だった。

「な、なんですか一体!?」

ハイランドが目を白黒させる。

「急に親睦なんて怪しいですよ……?」

抵抗しようと身をよじる。

だが。

日々実戦訓練を積んでいる騎士団員二人に挟まれては、どうにもならない。

腕は固定。

進行方向も固定。

実質、捕縛だった。

「いいから来いって」

「拒否権は存在しないでござる」

「ありますよ!?」

虚しい抗議だった。

そのまま半ば引きずられるようにして、

宮廷魔術師見習いハイランドは王都の酒場へ連行された。



王都の酒場は、まだ明るい時間帯ということもあり空いていた。

クロスケはビールのジョッキを注文し、ハイランドとモノはミルクを頼んだ。

モノは酒の味が好きではなかったし、話を聞き出す前に酔うわけにはいかないと思ったからだ。

ハイランドには口を割らせるため酒を勧めたが、断固として拒否された。

「……で、何が目的ですか?」

ハイランドがミルクを一気に飲み干し、問いを投げる。

「良い飲みっぷりでござるなぁ。店主! ミルクをもう一杯!」

すかさずクロスケが追加注文した。

ご機嫌取りのつもりらしい。

向かいに座ったモノもミルクを一気に飲み干す。

そして口を開いた。

「勇者のジジイの話だ。アイツ、病気なのかよ?」

単刀直入だった。

ハイランドの目が大きく見開かれる。

その反応だけで、モノは図星を突いたことを理解した。

「そうなんだな? だいぶ悪いのか?」

念を押す。

「……まさか、知らされていないのですか?」

返ってきたのは、意外な言葉だった。

「あなたは、オゼロ様の息子のような存在だと聞いておりましたので、当然ご存じかと……」

モノはわずかに困惑する。

「……息子? そんなんじゃねえよ。で、どうなんだ? なんの病気だ?」

知らぬ間に、その表情は真剣なものへ変わっていた。

ハイランドは周囲を確認し、声を落とす。

「他言無用ですよ。勇者様の体調は国家機密です」

念を押してから続けた。

「勇者様は、重篤な肺の病にかかっておられます」

「肺……」

「ええ。勇者様は高齢ですし、あまり良い状態とは言えないのが正直なところです」

煮え切らない言い方だった。

「でも、どうなんだ? 助かるんだろ?」

一瞬の沈黙。

「……それは、わかりません。現在はキリオス様の薬湯で症状を抑えていますが、それもいつまで持つか……」

「適当なこと言うんじゃねえ!」

モノが思わず声を荒げた。

「あのジジイが死ぬかよ! 勇者だぜ?」

店内の視線が集まる。

「モノ! 静かにでござるよ」

クロスケが慌てて制した。

「……すまん。クロスケ、ハイランド」

モノは素直に頭を下げた。

「いえ、気持ちはわかります。私も、あの勇者様が死ぬなど考えたこともありません。きっと……キリオス様も同じです」

「キリオス?」

モノが眉をひそめる。

「大体、アイツ信用できるのか?」

「どういう意味です?」

今度はハイランドが身を乗り出した。

「腕だよ。ちゃんと治療してんのか?」

「失礼ですね!」

ハイランドの声が強くなる。

「我が師匠、キリオス様は立派なお方です! 薬学の腕は王国随一。祈祷や呪術も駆使して、勇者様を助けようとして――そもそもですね!」

「ハイランド殿。静かにでござる」

クロスケが宥める。

ハイランドは咳払いをした。

「……失礼しました。そもそも、キリオス様は勇者様の実の弟ですよ。手を抜くなどあり得ません」

「弟? そうだったのか」

「はい。かつては次期勇者候補とも目されていた方です。現在は魔術の道に進まれましたが」

「へぇ……アイツがねぇ」

「ともかく! 本日の話は他言無用ですからね!」

ハイランドは立ち上がり、小銭をテーブルへ置いた。

「お会計は置いておきます!」

そう言い残し、足早に酒場を後にする。

残されたモノとクロスケは顔を見合わせ、肩をすくめた。

(ジジイが……病気……)

この時。

モノが考えているよりも、ずっと早く――

その時は訪れることになるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ