昔話 少年と初陣
オゼロとの地獄の日々に比べたら、騎士団は天国だった。
少なくとも――
理由もなく殴られることはなかった。
朝になれば食事が出る。
夜になれば眠れる場所がある。
それだけで十分だった。
もちろん歓迎などされていない。
「勇者様の飼い犬」
「ガキ」
「実戦で死ぬだろ」
好き放題言われた。
だが、モノは気にしなかった。
殴られない。
飢えない。
眠れる。
それだけで、ここは楽園だった。
そして何より――
誰も、自分を“壊そう”とはしてこなかった。
*
騎士団での最初の任務は、三日後に来た。
説明は短かった。
「国境付近で小競り合いだ」
隣国サンサーラとの境界線。
資源地帯を巡る、いつもの衝突。
戦争ですらない。
ただの消耗戦。
モノは鎧を渡された。
重い鉄の胸当て。
自分の身体にはまだ大きすぎる。
「……本気ですか?」
隊長が呟く。
「ガキを出すのですか」
その背後に立っていたオゼロが答えた。
「問題ない」
それだけだった。
反論は出なかった。
誰も、勇者に逆らわない。
*
初めての戦場は――思ったより静かだった。
草原。
風。
遠くに見える敵兵。
号令。
そして。
突撃。
叫び声が一斉に上がる。
モノは一瞬、立ち尽くした。
次の瞬間。
身体が勝手に動いた。
剣を振る。
敵兵の槍を弾く。
踏み込む。
斬る。
血が飛んだ。
温かい。
敵が倒れる。
――終わり。
あまりにも早かった。
考える前に終わっていた。
横を見る。
騎士たちが驚いた顔でこちらを見ていた。
「……今の見たか?」
「嘘だろ」
二人目が来る。
剣。
受ける。
斬る。
倒れる。
三人目。
四人目。
気づけば、周囲に敵はいなかった。
モノは呼吸を整える。
怖くなかった。
震えもしない。
ただ――
訓練より楽だった。
その時、背後から声がした。
「止まれ」
オゼロだった。
戦場の中央で立っている。
血一つ浴びていない。
「追うな」
敵兵は撤退していた。
モノは剣を下ろす。
そして初めて気づいた。
周囲の騎士たちが、自分との距離を取っていることに。
恐怖だった。
尊敬ではない。
理解できないものを見る目だった。
*
帰還後。
酒場の空気は変わっていた。
「……座れよ」
古参騎士の一人が席を空ける。
昨日まで嘲笑していた男だった。
肉が渡される。
スープが置かれる。
誰も何も言わない。
だが。
同じ卓につくことを許された。
モノは黙って食べた。
温かかった。
その夜。
初めて誰かが話しかけた。
「名前、なんつった?」
「モノ」
「そうか」
短いやり取り。
それだけだった。
だが。
それは奴隷でも、兵器でもない。
――仲間としての最初の言葉だった。
*
数ヶ月後。
任務は増えていった。
盗賊討伐。
護衛任務。
そして。
初めての魔物討伐。
森の奥。
巨大な牙狼。
新人騎士が一人、足を取られた。
悲鳴。
狼が飛びかかる。
考えるより早く、モノが動いた。
割り込む。
噛みつきを腕で受ける。
骨が軋む。
だが。
剣を突き上げた。
喉を貫く。
魔物は絶命した。
倒れ込む新人。
震えていた。
「……助かった」
モノは答えなかった。
ただ腕の血を見ていた。
痛みはあった。
だが。
嫌ではなかった。
誰かが生き残った結果の傷だったからだ。
*
遠くから、それを見ていた男がいた。
オゼロ・クロス。
副官が低く言う。
「予定より早すぎます」
オゼロは答えない。
ただ呟いた。
「適合している」
視線の先。
笑いながら騎士たちと話す少年。
「……勇者として」
その言葉を聞いた者はいなかった。
*
それから、また一年が過ぎていた。
モノは少しだけ背が伸び、騎士団の中でも一目置かれる存在になっていた。
「モノ! 今晩飲みに行くぞ!」
「またかよ。嫌だよ」
「モノ! この前は助けてくれてありがとうな!」
「気にすんな。仲間だろ」
笑い声が上がる。
鎧の擦れる音。
酒の匂い。
騎士たちの他愛ない会話。
モノにとって――
それは生まれて初めて手に入れた場所。
自分がいてもいいと思える場所だった。
そんな折だった。
武者修行と称する男が、騎士団に殴り込みをかけてきたのは。




