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宴の夜とプロポーズ

扉が開いた瞬間、光が溢れた。

思わず、ミイナは足を止める。

王宮大広間。

天井は信じられないほど高く、幾重もの水晶灯が夜空の星のように輝いていた。

磨き上げられた白大理石の床には光が反射し、人々の影が静かに揺れている。

楽団の奏でる音楽。

重なり合う笑い声。

香水と料理の匂い。

すべてが、旅の世界とは別のものだった。

「……すごい」

思わず零れる。

その声を合図にしたかのように――

ざわり、と空気が揺れた。

視線。

無数の視線が、一斉にミイナたちへ向けられる。

「第三王子殿下の恩人方のご到着です!」

高らかな声が響いた。

次の瞬間、拍手が起こった。

大広間いっぱいに広がる歓迎の音。

ミイナは思わず肩をすくめる。

(え、え……?)

自分が向けられているものだと理解するまで、少し時間がかかった。

前へ進むしかない。

ドレスの裾を踏まないよう気を付けながら歩く。

隣ではフィリアが完璧な所作で微笑み、

三姉妹は騎士らしく胸を張り、

ペルシャは尻尾を必死に抑え、

クロスケは妙に堂々としていた。

中庭側の扉から入場したハイランドに至っては――

貴族たちが道を空けていた。

恐怖ではない。

敬意だった。

「英雄殿だ……」

誰かが小さく呟く。

ハイランドは居心地悪そうに視線を伏せた。

そして――玉座前。

王イーサンが豪快に笑った。

「よく来てくれた!」

王は階段を降り、形式も無視して歩み寄る。

「弟を救ってくれた恩は、この国すべてをもってしても返しきれん!」

背後から現れたサンディは、まだ少し歩き方がおぼつかない。

だが確かに、自分の脚で立っていた。

会場から再び歓声が上がる。

サンディの視線は迷わずミイナを見つけた。

そして――深く頭を下げた。

王子が。

公衆の面前で。

ざわめきが広がる。

「改めて礼を言う」

静かな声だった。

「君がいなければ、俺はもうここにいない」

ミイナは困ったように笑うしかなかった。

「大げさだよ」

だがサンディは首を振る。

その瞳には、以前の傲慢さは欠片も残っていなかった。

「違う。命を救われたのだ」

短い言葉だった。

それ以上は言わなかった。

楽団の音が強まる。

宴が本格的に始まった。 





楽団の演奏が一段落した頃だった。

杯を手にした貴族たちのざわめきが、ふと静まる。

大広間中央。

第三王子サンディが歩み出ていた。

まだ完全ではない足取り。

だが、その一歩一歩は確かだった。

「皆、聞いてくれ」

声が響く。

自然と視線が集まる。

サンディは――迷わずミイナの前で止まった。

「え?」

嫌な予感がした。

次の瞬間。

王子は膝をついた。

ざわっ――

会場が凍りつく。

王族が平民の少女へ跪くなど前代未聞だった。

ラニスタの持っていたグラスが、かすかに震える。

「ミイナ」

真っ直ぐな声。

「君は俺の命を救った」

広間中が息を呑む。

「地位も、誇りも、恐怖も――すべて失った俺を、人として見てくれた」

サンディは頭を下げた。

「どうか――」

そして。

「俺の側にいてほしい」

完全なプロポーズだった。

沈黙。

楽団すら止まっている。

ミイナは固まった。

(え???)

ゆっくり視線を上げる。

――ラニスタ。

唖然としていた。

信じられないものを見る顔。

そして次の瞬間。

はっきりとした怒り。

ミイナを射抜く視線。

(あ、これ絶対まずいやつ)

ミイナは理解した。

一瞬だけ考える。

そして、ふっと笑った。

「サンディ王子」

王子の手を取る。

会場がどよめく。

だが。

「ごめんね」

柔らかく言った。

「私は違うよ」

サンディが目を見開く。

「あなたには――もっと相応しい人がいる」

ミイナは振り返る。

そして。

呆然と立ち尽くしていたラニスタの手を掴んだ。

「え?」

抵抗する暇もなく。

サンディの手へ――重ねる。

静寂。

時間が止まる。

「ずっと側にいたんでしょ?」

ミイナは微笑む。

「怖い時も、苦しい時も」

ラニスタの顔が一気に赤くなる。

「わ、私は、その……職務として……!」

「うん。でも」

ミイナは優しく言った。

「あなたが一番、サンディのこと心配してた」

サンディがゆっくりラニスタを見る。

初めて気づいたように。

「……ラニスタ?」

ラニスタ、完全停止。

顔真っ赤。

逃げ場なし。

会場中の視線集中。

「ち、違います殿下これは誤解で――」

手は――離していなかった。

沈黙のあと。

誰かが吹き出した。

続いて笑い。

拍手。

歓声。

王イーサンが腹を抱えて笑う。

「はっはっは!これは良い!」

ラニスタ、限界。

「ミイナ様ぁぁぁ!!」

だが、その叫びは怒りではなかった。

サンディは、まだ少し戸惑いながら――

そっとラニスタの手を握り返した。

そして小さく笑った。

宴は、さらに賑やかさを増していった。





気づけば、仲間たちはそれぞれ人の輪に囲まれていた。

フィリアは貴婦人たちと優雅に談笑し、

ペルシャは子供たちに囲まれ、

三姉妹は騎士たちと杯を交わし、

クロスケはなぜか貴族令嬢に礼儀作法を褒められている。

ハイランドの周囲だけ、不思議な距離があった。

だが、誰も排除しない。

恐れながらも、同じ席に迎え入れている。

それを見て、ミイナは少し安心した。

(ちゃんと……受け入れられてる)

その時。

足元に柔らかい感触。

『やっと落ち着いたな』

見下ろすと、黒猫。

モノだった。

「楽しんでないの?」

『別に嫌いじゃねえよ』

そう言いながら、その視線は人混みではなく――

大広間の窓の外へ向いている。

ミイナは気づく。

「外、行く?」

モノは少しだけ驚いた顔をした。





バルコニーに出ると、夜風が頬を撫でた。

王都ペンタグラム。

無数の灯りが、地上の星のように広がっている。

音楽は遠くなり、世界が静かになる。

「綺麗だね」

ミイナが言う。

『ああ』

短い返事。

しばらく沈黙が続く。

モノは街を見下ろしたまま呟いた。

『……ここまで来たんだな』

「え?」

『いや』

少し間を置いて。

『まだ終わってねえって思っただけだ』

風が吹く。

ドレスの裾が揺れる。

ミイナは隣にしゃがみ込んだ。

同じ高さで、同じ景色を見る。

理由はわからない。

でも――

この瞬間を、忘れない気がした。

遠くで歓声が上がる。

祝福の夜。

戦いのない夜。

そして。

きっと、長くは続かない夜だ。

『話を、聞いてくれるか?』

モノが静かな声で言った。

『話? 何の?』

ミイナが小首を傾げる。

『昔話さ。俺が、猫になる前の。勇者だった頃の話』

モノの声は落ち着いている。

だが、少し寂しそうに聞こえる。

「うん。いいよ。私、聞きたい!」

ミイナは力強く頷いた。

『……楽しい話じゃないぞ。これは、俺の敗北の話だ』

「敗北?」

『ああ。俺は魔王ヘカトキリオスに、三度敗れている』

『どこから話そうか……そうだな、あれは……』

モノは滔々と語り始める。

永い、永い夜が幕を開けたのだった。



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