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呪いの王子と再びの王都

「戻ってきたね」

丘の上から王都の遠影を眺めながら、少女は静かに言った。

焦茶色の髪に、緑色の眼。

旅の埃を纏った少女――ミイナである。

眼下には巨大都市、王都ペンタグラムが広がっていた。

幾重にも重なる城壁。

天を突く塔群。

無数の建物が折り重なり、人と物流が絶え間なく出入りしている。

二年ぶりに見る王都は、やはり大都会だった。

『二年ぶりでござるな』

背後から落ち着いた声が続く。

案山子の身体を持つ戦士、クロスケだった。

木と藁で出来た身体でありながら、その立ち姿には歴戦の武人の気配が残っている。

「早く、門をくぐりましょう。私の別荘で紅茶でもいかが?」

アンデッドの聖女フィリアが、変わらぬ優雅さで微笑む。

「ま、また私は留守番ですか……」

肩を落として呟いたのは、魔物の魔術師ハイランドだった。

巨体と魔物の外見を持つ彼は、王都へ入ることが出来ない。

今回も例外ではないだろう。

「なるべく早く戻ってきますから」

白猫の獣人ペルシャが慰めるように言う。

ハイランドは小さく頷いた。

「でも、大丈夫かな? 二年前のことがあるし……」

ミイナは不安そうに視線を動かした。

その先にいたのは、一匹の黒猫。

二年前――。

一行は第三王子と敵対し、王都で大きな騒ぎを起こした。

それ以来、ミイナたちは王都ではお尋ね者となっている。

しかも。

モノに至っては第一王子を殴り飛ばしている。

ちなみに、その第一王子は現在の王である。

『な、なんだよ』

視線に気づいた黒猫が不満そうに言う。

黒い毛並み。

額に入った白い×模様。

そして空色の瞳。

勇者モノ。

世界を救う存在にして、王都にとっては問題人物そのものだった。

「私達と一緒ならば大丈夫なはずです。すでに、大使館に便りを送っていますので」

落ち着いた声で言ったのはメディアナだった。

「心配要らない」

「そうだぜ。私達に任せておきな」

シニサとデクサが続く。

三姉妹はユニコール公国の騎士である。

竜災害の調査のためこの国を訪れていたが、魔王軍幹部デビルヘッドに捕らえられ、洗脳されていた。

現在は正気を取り戻し、ミイナたち一行と共に王都の大使館を目指していた。

メディアナの言葉通りだった。

王門は驚くほど簡単に開いた。

すでに大使館の職員が門前まで迎えに来ていたからである。

どうやら三姉妹は高位貴族の出身らしい。

行方不明となっていた彼女たちの帰還に、職員は明らかな安堵と喜びを見せていた。

事情説明を終えた三姉妹は、そのまま王との謁見に臨むこととなる。

そして――。

その機会を利用し、ミイナは侍女に扮して王宮へ潜入することにした。

目指す場所は一つ。

第三王子サンディの部屋。

彼には時間がない。

呪いは確実に進行している。

一刻も早く解かなければならない。

王城を見上げながら、ミイナは胸の奥で静かに誓った。



王都の協力者、バルバラと再会したのは少し前だ。

バルバラは酒場の女主人であり、王都一の情報屋だった。

二年前には大学や王宮へ潜り込む手伝いをしてくれた人物でもある。

ミイナが酒場に顔を出した瞬間、バルバラは力いっぱい彼女を抱きしめた。

「生きてたのかい! 連絡ぐらいよこしな!」

その叱咤を受けながらも、ミイナは胸が温かくなるのを感じていた。

事情を説明すると、三姉妹の侍女として王宮へ潜り込む方法を提案される。

そそくさと小綺麗なメイド服に着替えさせられ、そのまま送り出された。

そして現在に至る。

王宮の門は、拍子抜けするほど簡単に潜れた。

それだけ三姉妹とユニコール公国が、この王国にとって重要な存在なのだろう。

「謁見は任せな。アンタはアンタのやるべき事を終わらせてきちまいな」

デクサの言葉だった。

ミイナは二年前の記憶を頼りに王宮を進む。

そして――

第三王子の私室の扉の前へ辿り着いた。

不思議なことに、見張りや衛兵はいなかった。



扉の向こうから、何かが砕ける音が響いた。

ガシャァン!

続いて怒号。

「殿下! おやめください!」

「落ち着いてください!」

荒い呼吸音。

ミイナの背筋に冷たいものが走る。

(二年前より……悪化してる?)

彼女は静かに扉へ手をかけた。

ノックはしない。

時間がない。

扉を押し開ける。

室内は惨状だった。

割れた花瓶。

倒れた書棚。

壁には魔術の焼け跡。

そして中央――。

巨大な寝台の上で、男が暴れていた。

「離せ!! 触るなぁ!!」

第三王子サンディ。

かつて傲慢で、尊大で、誰よりも生を謳歌していた男。

だが今――

下半身は完全に石へ変わっていた。

腰から下は灰白色の岩と化し、寝台に横たわっている。

動こうとしたのだろう。

石化した脚の表面には無数の亀裂が走り、血が滲んでいた。

自分で削ったのだ。

治そうとして。

「まだ動く! 動くはずだ! 切れば戻る! そうだろ!? ラニスタ!!」

錯乱した瞳が部屋を彷徨う。

その傍らで、一人の女性が必死に支えていた。

長い銀髪。

両目の下に泣きぼくろ。

宮廷魔術師のローブ。

ラニスタだった。

「殿下、お願いです……これ以上はお身体が――」

「黙れ!!」

サンディが腕を振るう。

机が弾き飛ばされ、壁に激突した。

衛兵たちが押さえ込もうと近づくが、誰も強く触れられない。

王子だからではない。

――壊れそうだったからだ。

「死にたくない……」

掠れた声。

「俺は……まだ……死にたくない……」

部屋が静まり返る。

その時。

サンディの視線が、扉口に立つミイナを捉えた。

見開かれる目。

次の瞬間――

「来たな!!」

絶叫。

「呪いを完成させに来たんだろう!? 魔王の手先が!!」

衛兵が振り向く。

ラニスタも息を呑んだ。

ミイナは一歩、部屋へ入る。

ゆっくりと。

恐れず。

逃げず。

「違うよ」

静かな声だった。

サンディが震える。

「近づくな!! 俺を見るな!!」

石化した脚を無理やり動かそうとする。

ギリッ、と嫌な音が鳴った。

それでもミイナは止まらない。

寝台の前まで歩み寄る。

そして――

王子を真っ直ぐ見た。

怯えも。

嫌悪も。

憐れみもなく。

ただ――同じ高さの目線で。

「助けに来たよ」

言葉が落ちた。

部屋の空気が止まる。

ラニスタの手が震えた。

衛兵たちが顔を見合わせる。

サンディだけが、理解できないという顔をしていた。

「……は?」

掠れた声。

「……助ける?」

ミイナは頷く。

「うん」

迷いなく。

価値も。

身分も。

過去も関係なく。

ただ一人の人間として。

「呪い、解くから」

その瞬間。

サンディの瞳が、初めて涙で揺れた。


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