解呪の巫女と猫勇者
「終わったぞ」
少年――モノは帰ってきた。
まるで散歩から帰ってきたかのような気軽さで。
ミイナはモノに抱きついていた。
「バカ! 心配したんだから!」
「なんだよ。圧勝だっただろ?」
またしてもモノは、ニカリと子供のような笑みを見せる。
ミイナはモノの体温を感じていた。
もう少しぐらい良いだろう。
この小柄な少年に会うために、呪いを解くために旅をしてきたのだから。
そう思った矢先だった。
「あ、あれ?」
モノの体が、みるみるうちに縮んでいく。
「う、嘘だろ?」
黒い毛と尻尾が生える。
人間の耳が消え、頭の上に猫の耳が生える。
髭がピンと伸びた時には、モノは元の黒猫に戻っていた。
『なんで!? なんでだよ!? せっかく戻れたのに!』
モノはその場で転がり、ジタバタと駄々をこねる。
「し、知らないよ……なんで猫に戻っちゃったの……?」
ミイナも困惑している。
「俺が聞きたいぐらいだ……! ちくしょう!」
「お、おそらく、練度と技量不足でしょう」
魔物の姿のハイランドだった。
『ハイランド! どういうことだよ?』
モノが食ってかかる。
「み、ミイナさんはエスナの力を受け継いだばかり。つ、使いこなせなくて当たり前なのです」
ハイランドはピシャリと言い切った。
「た、確かに……」
ミイナは妙に納得していた。
『そりゃないぜ! ミイナ! もう一度だ! もう一度、呪いを解いてくれ? な?』
懇願するモノが子供っぽくて可笑しく、ミイナは笑ってしまう。
『あ! 何がおかしいんだよコラ!』
モノはミイナに飛びついて引っかこうとする。
「ごめんごめん! あまりにもモノが子供っぽいから、つい!」
「誰が子供だ!」
モノの引っかき攻撃と猫パンチがミイナを襲う。
「まあ! まあ! まあ! まあ! とても仲がよろしいのですね! 恋? 恋が始まったのですわね!?」
めんどくさいやつが来た。
モノの視線は、間違いなくそう言っていた。
『ちげえよ。せっかく戻れたのに、猫に逆戻りで八つ当たりしてただけだ』
(あ、八つ当たりだったんだ)
と、ミイナは思った。
「そうですよ。モノとミイナが恋に落ちることなどあり得ません。なぜなら、モノには婚約者の私がいるのですから」
ペルシャが現れ、得意げに胸を張る。
『“自称”婚約者な』
モノが冷たく言い放つ。
「酷いニャ!?」
ペルシャはショックを受けたように叫ぶ。
「そもそも、ミイナはどう思ってるにゃ? 恋なんて感情、分かるのかニャ?」
ミイナは胸の奥に問いかける。
(コイ? コイってなんだろう? 鯉、濃い、来い? いや、恋)
ミイナは先ほどの少年の笑顔を思い出していた。
(ミイナ。ありがとう)
(心配すんな。もう、アイツには指一本触れさせねえ。約束する)
少年の――モノの声が胸の奥でリフレインする。
ミイナは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
それと同時に、少しだけ心臓がキュッと締め付けられる感覚を覚える。
これが、コイなのだろうか?
沈黙が降りる。
「え? 何ニャ? ミイナ? もしかして……」
ペルシャはミイナとモノを交互に見比べる。
「ダメニャ! モノの婚約者の座は渡さないニャ!」
ペルシャが騒ぎ出す。
『こうなると、ペルシャ殿も大概めんどくさいでござるな……』
案山子に戻ったクロスケが呆れて言う。
「ち、違うよ! ただ、胸の奥が変なだけ!」
ミイナが慌てて弁明する。
「まあ! それが恋ですのよ! 間違いないですわ!」
「いや、でも、そんなこと……」
ないとは、ミイナには言い切れなかった。
ミイナは恋の感覚が分からなかったから。
『そんなことはどうでもいい』
モノが言う。
(どうでもいいって何!?)
ミイナは反論を口にしようとするが、モノの視線の先にあるものを見て飲み込んだ。
エスナによって人間に戻されたシスターズの一人、メディアナだった。
『目を覚ましたようだぞ』
一同の視線がメディアナに集まった。
*
ミイナはシャクナ族の指輪を嵌めて祈った。
淡い光がシニサとデクサを覆う。
みるみるうちに蝙蝠の翼と頭の角は消え失せ、人間の女性に戻った。
「あ、あれ?」
「ね、姉さん?」
二人は目を覚ますと、メディアナに駆け寄った。
「二人とも! 良かった!」
三人は抱き合う。
メディアナはペルシャから受け取った外套を羽織っている。
エスナの浄化で服ごと呪いを消滅させられていたからだ。
だが、シニサとデクサの二人の服は色が抜けて白くなったものの、消滅することはなかった。
数分後、落ち着きを取り戻した三姉妹は滔々と語り始めた。
「勇者様。そして皆様。私達姉妹を解放していただき、ありがとう存じます」
メディアナの言葉は丁重だった。
「私達はユニコール公国の騎士団に属しております」
「そう。それで私たちの任務は災害竜の調査」
シニサが言葉を引き継いで言う。
「この国には竜種研究所がないんだって? 公国の研究所から依頼されて、竜災害の前兆がないか調査していたのさ」
デクサもそれに続く。
「竜種? 竜災害?」
ミイナは初めて聞く言葉に首を傾げる。
「ええ。聞いたことありませんか? 災害竜。別名、五十年竜。五十年周期で西に向かって集団で大移動する竜種です」
「その通り道にある街や村を踏み潰してな。それが竜災害さ。ドラゴンロードって聞いた事あるだろ?」
「ドラゴンロード……」
ミイナには聞き馴染みのない言葉だった。
「災害竜はたてがみ山脈のどこかに巣をつくる。私達はその巣を探していたのだけど、デビルヘッドに遭遇した」
「そう。その後は変な契約を持ちかけられ、飲んだ途端にあの通りさ」
デクサは肩をすくめる。
『……翡翠竜、いや、五十年竜の巣は見つかったのか?』
モノの声は硬い。
「いいえ。その前にデビルヘッドに遭遇しました。しかし、想定される巣のポイントを研究所が割り出していました。あと数箇所も巡れば特定できるでしょう」
メディアナが答える。
「前回の竜災害から今年で四十九年。そろそろ竜災害が起きてもおかしくない」
『そうか……そんなになるのか……』
モノは俯く。
そして顔を上げた。
『みんな、聞いてくれ。次の目的地の話だ。俺は龍に会いに行きたい』
モノは改まって言う。
『反対でござる』
「同じく反対ですわ」
「か、賢い選択とは思えません」
仲間たちが次々と反論する。
モノと仲間たちの意見がこれほど真っ二つに割れたのを、ミイナは初めて見た。
『頼む。なんとしてでも俺は竜に会いに行かないといけないんだ』
モノが頭を下げる。
「なんにせよ。一度、身を整えましょう。サンディ王子の件もあります。王都ペンタグラムで準備をしながら考える。それでどうです?」
ペルシャの言葉は冷静だった。
今度は誰も口を挟まなかった。
「王都? それは私たちも助かる」
「服、買いたい。こんな薄布恥ずかしい。姉様に至っては裸だし」
「好きで裸になったわけではありません……ですが、王都に用があるのは本当です。本国の大使館もありますし、連絡を取りたいのです」
三姉妹が口々に言う。
「モノ? それでいい?」
ミイナが問いかける。
『……ああ』
モノは渋々と言った形で口を尖らせる。
「でもどうして、竜に会いに行きたいの?」
ミイナが尋ねる。
『そうだな。それも今度話す。ミイナには知っておいてほしい。俺の長い昔話を』
こうして、次の目的地は決まった。
まずは王都ペンタグラムだ。
呪われた王子サンディの呪いを解く。
ミイナたち一行は旅装を整えると、王都に向かって歩き出したのだった。




