戦士と魔術師
光は西の戦場まで届いていた。
「……ミイナ殿。よくぞ……」
クロスケの身体は、案山子のものではなくなっていた。
がっしりとした体躯、簡素な衣服。
黒髪は頭の後ろで一つ結びにされている。
そして、腰にはありし日の愛刀“八咫斬り”。
戦士としてのクロスケの肉体が戻ってきたのだ。
「何それ。可愛くない」
シニサはつまらなそうに言う。
「まぁ、可愛くはないでござろう。オッサンでござるからな」
クロスケは落ち着いている。
「でも、良かったの? 案山子の体を捨てちゃって」
シニサが問いかける。
「可愛かったからでござるか?」
「違う。幻術が効くから」
そう言うや否や、シニサの周りから紫の煙が立ち込める。
「む?」
クロスケの周りを無数の案山子が覆い尽くした。
案山子の手には鎌が握られている。
「切り刻んであげる」
声は反響し、場所を特定できない。
「案山子を斬るのは気がひけるでござるよ」
そう言うやいなや、クロスケは重心を落とす。
バリッ!
雷鳴が爆ぜるような音が響く。
「え?」
シニサは呆然とする。
十体以上いた案山子の首が、一瞬で落とされたのだ。
幻術は霧散する。
「嘘。早すぎる」
「照れるでござるよ」
クロスケの言葉は軽い。
「褒めてない。これでどう?」
シニサは続けて幻術を召喚する。
今度は百体を超えるであろう案山子の群れだ。
バリバリッ!
一瞬だった。
案山子の首は宙に舞う。
「バカな。そんな」
「おやすみでござる」
バリッ!
クロスケは納刀し、鞘に納まった刀でシニサの後頭部を痛打した。
「うっ!」
シニサはその場にうつ伏せに倒れた。
それをクロスケが優しく受け止め、地面に横たえる。
「峰打ちでござる」
正確には鞘打ちだったが、クロスケは満足そうに微笑んだ。
そして、フィリアの方へ視線を向ける。
「あっ!」
フィリアは切断された左腕からドクドクと血が流れ落ちていた。
呪いが解除され、心臓が動き出したのだ。
「フィリア殿! フィリア殿! ヤバいでござる!
出血多量で死んでしまうでござるよ!」
「うーん。それはやりすぎ……でも素敵ですわ……ハッ……!」
クロスケが揺らすと、フィリアはようやく現実に戻ってきた。
「あらあら、ごめんあそばせ。私、とても楽しい夢を……
まあ! まあまあまあまあ!
クロスケ様! 人間に戻られましたのね!」
「そんなことより止血を!
左手の止血をするでござる!」
「え?……あらまあ」
フィリアは切断された左腕を拾い、くっつけるように傷口へ当てる。
すると傷口が淡く光った。
左腕は元通りくっ付いたのだった。
「これは、どういうことですの?
私も、人間に……?」
フィリアが小首を傾げる。
「そうでござる。モノとミイナ殿がやってくれたでござるよ」
*
一方で東の戦場。
鎧を纏ったデクサが大振りの一撃でペルシャを弾き飛ばした時、光は届いた。
「なんだい、そりゃ?」
デクサが眉を顰める。
そこには細身の男が立っていた。
灰色のローブを纏い、肩までかかる金髪を無造作に垂らした、灰色の目を持つ男だった。
「ミイナさん……感謝します」
ハイランドは呟くように言った。
デクサは不機嫌を隠そうともしない。
「あーあ。残念だよ。ヒョロヒョロのガリガリの男になりやがって。
さっきのマッチョな怪物の方がやり甲斐があったのに」
「そうですか?」
「そうさ。だから一瞬で終わらせてやる!」
デクサが大きく振りかぶり、ハイランドへ突進した。
瞬間、地面が競り上がり壁を形成する。
「小賢しい!」
デクサは壁を蹴り砕き、剣を振り下ろす。
ハイランドは切り裂かれた――
ように見えた。
その姿は電撃へと変わり、デクサへ通電する。
「ぐわぁ! なんのこれしき!」
ハイランドはいつの間にか背後に立っていた。
「それでは、こういうのはどうですか」
ハイランドは地面を指差す。
「下弦」
バキィ!
という音と共に、デクサは地面へ減り込むように叩きつけられる。
王都で宮廷魔術師が使っていた術だ。
ハイランドはあっさり模倣した。
「クソが! 鎧が重い!」
「そういう術ですからね」
「ふざけんなぁ!」
「そろそろ、終わりにしましょうか」
「昏睡」
ハイランドは手で仰ぐような仕草をする。
ゆらりと透明な膜のようなものが現れ、デクサの顔にかかる。
「あへ? あたし……」
デクサの目の焦点が揺れる。
ブチッ!
唇を噛み破り、昏睡から逃れた。
「なんのこれしき!」
デクサは力任せに立ち上がろうとする。
「耐えましたか。凄い闘争心です」
「馬鹿にしやがってええ!」
デクサはさらにエステラを高める。
瓦礫が集まり、鎧を強化していく。
「踏み潰してやる!」
「そうですか」
ハイランドは冷静に答えると、パンと手を叩いた。
さらに瓦礫がデクサへ集まっていく。
「え? な、なんだ?」
鎧という規模ではない。
土、泥、石――あらゆる瓦礫が引き寄せられる。
「うぁあ! なんだ! やめろ!」
瞬く間にデクサは瓦礫の玉へ飲み込まれた。
「昏睡」
今度は両手で仰ぐ仕草。
瓦礫の玉を靄が包み込む。
「大丈夫。窒息する前には出して差し上げます」
東の戦場の決着は、これでついたのだった。
ペルシャが駆け寄ってくる。
「久しぶりですね、ハイランド」
「ええ。そう思われても仕方ありません」
ハイランドはどこか嬉しそうに答える。
「あとはデビルヘッド。モノ達がうまくやれればいいのですが」
「信じましょう。勇者モノ・クロス――彼が帰ってきていることを」
二人は中央の戦場へ視線を向けるのだった。




