影と漆黒の悪魔
ミイナは深呼吸した。
メディアナは強い。
今まで戦った相手の誰よりも格上だろう。
抜刀術の構えを取り、メディアナの思考を読もうとする。
(顔面への突き。そして足払い)
先程までは読めなかった思考が、ミイナにはっきりと届いた。
メディアナは三叉槍の突きを、恐ろしく速い速度で放つ。
ミイナは身を捩ってかろうじて躱す。
そして跳び上がった。
刹那――返す槍の足払いがミイナの足裏を掠める。
ミイナは空中で抜刀し、メディアナの肩口を切りつけた。
硬い。
ミイナの斬撃は通らない。
薄皮一枚をかろうじて切り裂いただけだ。
そこに、メディアナの槍が返ってくる。
槍の先端がミイナに届く前に、モノがメディアナへ突っ込んだ。
肉球が脇腹に減り込む。
そしてそのまま、猫魔法“弾き”を放つ。
今まで数々の強敵を弾き飛ばしてきたこの技だが、メディアナは堪えた。
地面に槍を突き刺し、吹き飛ばされるのを防いだのだ。
メディアナは今度は左手を翳し、黒い炎を噴き出す。
ミイナは咄嗟に水球を創り出し、黒い炎を受け止めた。
火の勢いが凄まじい。
ゴポゴポと水球が沸騰する。
ミイナはさらに水球を肥大化させ、そのままメディアナを包み込んだ。
黒い炎が消える。
そして、メディアナが新たな術を発動させようと両手を掲げるのを見た。
ミイナは術を発動させまいと、メディアナが包まれている水球を水蒸気爆発させた。
ボカァァァン!
爆発音が辺りに響く。
その場で蒸気を上げながら、立ち尽くすメディアナ。
『くらえ!』
そこへモノが、全力の猫魔法“雷”を放った。
体が濡れ、電導率が上がったメディアナに電撃が直撃する。
二人のコンビネーションは完璧だった。
メディアナは、ついに両膝を地面についた。
*
メディアナのダメージは深刻な様に思われた。
それでも、メディアナは立ち上がった。
「なるほど。認識を改めます。今の状態の私にとっては、あなた方は強敵です」
メディアナは淡々と言う。
「ですので、“影”を使います」
メディアナの影が、ゆらりと揺れた。
そして――立ち上がった。
影そのものが分身の如く、影の槍を持ってメディアナの隣に並び立ったのだ。
『くるぞ!』
モノが叫ぶ。
メディアナとその影は飛び立った。
本体はモノの方へ。
影はミイナへ迫る。
ミイナは再び思考を読もうとする。
(…………)
しかし、読めない。
影は思考を持たないらしい。
正面に繰り出された突きを、かろうじて受け流す。
しかし、攻撃の手が緩まることはない。
激しい突きが連続してミイナを襲う。
ミイナはショートソードでそれを捌くが、全ては防ぎきれない。
影の槍は徐々にミイナの服を、肌を傷つけ始めた。
ミイナが飛び退いて距離を取ろうとした瞬間――
ミイナの影を槍が突き刺した。
「え?」
『これで終わりです』
メディアナの影が、反響する様なくぐもった声で言う。
(う、動けない)
ミイナは影を縫い止められたかの様に、そのままの姿勢で動けなくなっていた。
一方のモノも苦戦していた。
小さい体は回避に優れるが、反撃の手段に乏しい。
正面からの電撃は槍で防がれ、爪や猫魔法“弾き”などの近接攻撃は繰り出す暇を与えてくれない。
そしてモノの回避も、いつまでもは続かなかった。
着地した瞬間を狙い澄ます様に、メディアナの蹴りが飛んできた。
「ぐっ!」
猫の脇腹に爪先が減り込む。
思い切り足が振り抜かれ、モノは転がる様に吹き飛ばされた。
そして、猫の影にも三叉槍が突き刺された。
「これで動けないはずです」
こうして――
ミイナとモノは敗北した。
*
一方のエスナも限界が近づいていた。
「……使えない奴らめ」
エスナは内心で舌打ちをする。
「ハッハー!前座対決はウチのメディアナの勝ちの様だな!」
地面に這いつくばったままデビルヘッドが言う。
「その様ですね」
エスナの声は、底冷えする程の冷たさを帯びている。
「どうだ?エスナ?諦めて魔王様の手下にならんか?」
「乗るわけないでしょう」
即答だった。
「汚らしい魔王の仲間になるなら、死んだ方がマシです」
デビルヘッドは笑う。
「そうだよなぁ!そういう奴だよなぁ!」
浄化の光の中で踠くのをやめ、立ち上がろうとする。
「ぐっ!」
エスナは押し留めようとするが、明らかに力が衰えている。
脚もふらつき、今にも倒れそうだ。
(エスナさん!)
(動け!動け!動け!動け!動け!)
ミイナは全身のあらゆる筋肉に力を入れるが、びくともしない。
――その時。
(よく聞きなさい。そこの娘)
唐突に脳裏に声が響いた。
エスナの声だ。
(本当に時間がありません。私はまもなく死にます)
エスナの声は淡々としている。
(最後の力を振り絞って、あなたに私の力の全てを託します)
(キアリさえいれば……)
ミイナは罪悪感で胸が締め付けられるのを感じた。
(備えなさい)
次の瞬間。
浄化の光がメディアナとその影を包む。
「うぐわぁあ!」
メディアナの角と蝙蝠の羽、そして黒い着衣は消滅した。
その場には黒髪の全裸の女性が、身を丸める様に蹲っていた。
「次はあなたです。猫勇者」
エスナはモノに向かって浄化の光を放つ。
「お、お、お!」
モノの身体がどんどん大きくなっていく。
そして、人間へと姿を変える――筈だった。
黒い電撃がエスナを襲った。
「くっ!」
エスナは苦悶の表情を浮かべ、その場で崩れ落ちる。
「メディアナを解放しやがって。この女」
デビルヘッドが笑う。
そして、どこからともなく三叉槍を取り出した。
「貫いてやるよォ!」
デビルヘッドは、その場から消えた様に見えた。
そしてエスナを貫く――。
瞬間。
犬ほどのサイズになったモノの肉球が、デビルヘッドの顔面を直撃していた。
“弾き”
ボォン!
衝撃音と共にデビルヘッドは吹き飛ぶ。
ミイナはモノを見た。
モノは二回りほど大きくなり、中型犬ほどのサイズの黒猫になっていた。
身体の周囲の空間が、エステラで揺らめいている。
「エスナ。ありがとう。ミイナを頼む」
「手を貸しなさい」
ミイナは両手を差し出した。
「これより――継承の義を始めます」
エスナは消え入りそうな声で、そう呟いたのだった。




