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ロケットと探検家の霊

地底ピラミッドの出口が、視界の先に見えた。

薄く差し込む灰色の光。

それを見た瞬間。

ミイナは、膝から力が抜けた。

屋外に出た瞬間、地面にへたり込んだ。

外の空気を肺いっぱいに吸い込む。

そして吐き出す。

「……はぁ」

『なんとか、戻ってこられたでござるな』

クロスケが言う。

「ええ。なかなかの強敵でした」

ペルシャがそれに続く。

向こうから、ハイランドが歩み寄ってきた。

「ぶ、無事でしたか。さ、盃はどうなりました?」

「うん。ハイランドさん。無事に持って帰ってきたよ」

ミイナは盃をハイランドに差し出す。

『あんなにお宝があったのに、それだけしか持ってこられなかったのは残念だけどな』

モノが冗談めかして言う。

「でも、確かにね。せっかく、お宝は山分けだってバスティさんと話してたのに……残念でしたね……」

ミイナもそれに続き、バスティに向き直る。

「ん? ああ。そうだね。でも、アタイは目的を果たせたから満足さ」

バスティは、先ほど手に入れたロケットを指先で弄んでいた。

「そのロケット、そんなに価値があるものなんですか?」

ミイナが思わず尋ねる。

「いいや、ガラクタさ。少なくとも、他の連中にとってはね。でも、アタイにとっては……」

「大切なお父様の形見……なんですわよね?」

フィリアが、バスティの言葉を引き取るように続けた。

「え? ああ。だが、どうしてそれを?」

バスティは目を丸くして驚いた。

「ふふっ。お父様が教えてくれましたもの」

フィリアはそう言って、悪戯っぽく微笑んだのだった。



「え? 何? どういうことだい?」

「どうも何も、本人がここにいるのですわ。

貴女が心配で、私に話しかけてきたんですの」

フィリアはさらりと言う。

「……アタイにそれを信じろって言うのかい?

笑えないジョークは嫌いだよ」

バスティはフィリアをじろりと見据える。

「信じられないのも無理はありませんわね。

そうですわ。今日は風もありませんし、屋外でも大丈夫かもしれません」

フィリアはそう言うと、地面に蝋燭とお香を立て、火をつけた。

お香の本数はとても多い。

濛々と煙が立ち上り、白い塔のようになる。

やがて、その中に――

ぼんやりと、髭面のダンディな男の姿が浮かび上がった。

「久しぶりだな、バスティ。

いい女になったじゃねえか」

男は軽口を叩く。

バスティはさらに目を見開き、絶句する。

「なんだ?

死人にでも会ったみたいな顔して」

「まさにその通りだよ!」

「そうだな……俺は死んでたな! ガハハ!」

どうやら、陽気な性格のようだ。

男は豪快に大口を開けて笑った。

「……どうして、親父がここにいるんだよ」

バスティの声は震えていた。

「そりゃ、おめぇ。ここで死んだからさ。

アンプに殺されてな」

「そんなこと言ってんじゃないよ!

どうしてまだ、成仏してないんだよ!

ずっと苦しんでたんじゃないのか……?」

「……まあな。

このピラミッドは魂を固定する結界みたいなのがあるらしい。

ここで死んだら、ここに囚われるのさ」

「でもな、俺は今、感謝してるんだぜ。

大人になった娘に会えたんだからよ。

……心配したんだぜ。あんまり無茶するんじゃねえよ」

「うるさい!

無茶して死んだ親父に言われたくない!」

「ガハハ! そりゃそうか。

でもな、そんなガラクタのために命を張る必要なんてなかったんだ」

「ガラクタなんかじゃない。

アタイにとっては、ただ一つの家族写真なんだ」

バスティはロケットを握りしめ、愛おしそうに見つめる。

「……やっぱり、いい女になったな」

男は目頭を拭う仕草をした。

霊も涙を流すのだろうか。

最後に二人は抱き合った。

――正確には、触れることはできていない。

だが、確かに二人の心は触れ合っているようだった。

「ありがとう、フィリア。

おかげで親父にも会えた。疑って悪かったよ」

バスティがフィリアに頭を下げる。

「よいのですわ」

フィリアは柔らかく微笑んだ。

「ああ。これで思い残すことはない。

この思い出を糧に、これからもピラミッドで過ごしていくさ」

男の声は明るい。

だが、どこか少し寂しそうでもあった。

「……親父。なあ、頼むよ。フィリア。

なんとか、ならないのかい?」

「なりますわよ?」

フィリアは即答した。

「え?」

「え?」

一瞬の沈黙。

「なんとかなるのかい!?」

「ええ。そう言いましたわ」

「古代魔術の結界だぞ?」

「私、腐っても聖女ですもの」

フィリアはあっけらかんとしている。

「はは……そうか。

黄昏に行けるのか……

娘にも会えたし、今日はなんて日だ……」

男の声は震えていた。

喜びからか、別れを惜しんでかは、ミイナには分からなかった。

「さあ!

どんどん黄昏に送りますわよ!

列になってくださいね!」

フィリアが腕まくりをする。

「なんか雰囲気とか……」

『諦めろ。フィリアは張り切るとあんな感じだ』

ミイナの呟きに、モノが答える。

「お別れだ。

危険なことはやめてくれよ」

男がバスティに言う。

「嫌なこった!

アンタの娘だよ!

お宝も冒険も、諦めるもんか!」

バスティは舌を出した。

「そうか……そうだな!

楽しんで生きろよ!

じゃあな!」

男の姿が、煙とともに空へ昇っていく。

フィリアによって、黄昏へ送られたのだ。

バスティは、煙の行き先を、いつまでも眺めていた。



夜。

錆の街の外れ。

焚き火の小さな炎が、静かに揺れていた。

荷物の整理を終えたバスティは、背中のボウガンを背負い直す。

「さて、と」

軽い声。

だが、その表情はどこか落ち着いている。

「アタイはここまでだ」

ミイナが顔を上げる。

「……一緒に来ないんですか?」

バスティは肩をすくめる。

「トレジャーハンターは、同じ場所に留まらないもんさ」

「それに――」

少しだけ視線を逸らす。

「親父が眠ってる場所を、しばらく見張ってやりたくなった」

ミイナは、何も言えなかった。

代わりに、ぎゅっと拳を握る。

「バスティさん」

ミイナは、腰のポーチから小さな革袋を取り出した。

中身は、アンプの落とした宝石が一つ。

「……少ないけど。報酬です」

バスティは一瞬、驚いた顔をした後、ふっと笑う。

「気持ちだけもらっとくよ」

そう言って、革袋を押し戻す。

「アタイはもう、十分に貰ったからさ」

ポケットに入ったロケットを、指先で軽く叩く。

「それに」

ミイナの額に、指で軽くデコピン。

「アンタは、もっと良いトレジャーハンターになる」

「顔つきが、もう冒険者のそれだ」

ミイナは目を潤ませる。

「……また、会えますか?」

バスティは、ニヤリと笑う。

「生きてりゃな」

モノが鼻を鳴らす。

『生き残れよ。人間』

「そっちこそだ、猫ちゃん」

クロスケが一礼する。

『道中の安全を祈るでござる』

ペルシャも静かに頷く。

「貴女の腕は本物です。また、どこかで」

バスティは片手を上げる。

「じゃあな、ミイナ」

「死ぬなよ」

ミイナは、涙を堪えながら、笑った。

「バスティさんも」

焚き火の向こう。

バスティの背中が、闇の中へ溶けていく。

振り返らない。

だが、最後に。

ひらりと、手だけが振られた。

ミイナは、その場でしばらく立ち尽くしていた。

胸の奥が、少しだけ痛い。

でも。

それは、悪い痛みじゃなかった。

冒険で出会って、

冒険で別れる。

それが、この世界の普通なのだ。

ミイナは、ゆっくりと前を向いた。


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