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最奥と宝の番人

それから、進むこと数十分。

ミイナたちは度重なる罠と、アンプとの戦闘をやり過ごし、最下層と思われる場所へ辿り着いていた。

「……ここから先は、アタイにとっても未知の領域だよ」

バスティの声は、明らかに緊張を孕んでいる。

最下層の突き当たりには、大きな黒曜石の扉があった。

おそらく、この先が宝物殿へと続いているのだろう。

扉のわずかな隙間から、バスティがそっと覗き込む。

そして、呟いた。

「ダメだ……撤退するよ……ネフェルアンプがいる……」

「え……ここまで来て……」

ミイナは、思わず落胆の声を漏らす。

「アイツは別格だ。この前、地上に現れた時には、一体で自警団を壊滅させた……敵う相手じゃない……」

「……でも!」

ミイナは、諦めきれなかった。

「それに、通常のアンプも二十体は控えている……どう考えても勝ち目はないよ」

一瞬の沈黙。

ミイナは、逡巡する。

盃が手に入るチャンスだ。

二年も待った。

ようやく巡ってきたチャンス。

そして、この情報をくれたトーレス――いや、サンディ王子の顔が頭をよぎった。

「……バスティさん。なんとかなりませんか? 人の命がかかっているんです」

サンディ王子は、魔王の手下“デビルヘッド”に呪われ、死期が迫っている。

このまま放置すれば、石になって死んでしまうだろう。

「……何やら、訳ありのようだね」

バスティは顎に手を当て、考え込む。

やがて、小さく息を吐いた。

「……わかったよ」

そして、扉を指差す。

「いいかい。この隙間から部屋を覗いてみな」

ミイナは、恐る恐る扉の隙間から中を覗き込んだ。

部屋の中央には、大きな玉座のようなものが置かれている。

そこに、通常のアンプとは違う、一回り大きく、豪奢な金の装飾を身にまとった魔物が座っていた。

これが、ネフェルアンプなのだろう。

その周囲には、通常のアンプが二十体ほど、控えるように腰を下ろしている。

アンプたちは一心不乱に、金貨のようなものの数を数えているようだった。

そして――

ネフェルアンプの玉座の背後には、華美な飾り付けが施された、黄金色の扉が鎮座していた。

「……わかるかい?」

バスティが囁く。

「おそらく、玉座の後ろの扉が宝物庫だ」

「戦闘は避けて、そこに入り込む」

「……どうやってですか?」

ミイナが小さく問う。

「こいつを使う」

バスティは、ベストの胸ポケットから白い小瓶を取り出した。

「煙玉さ。こいつは一発しかない」

「これを使って、宝物庫に忍び込む」

バスティは、ニヤリと笑う。

「いいかい? 宝物庫に入っても欲張るんじゃないよ」

「必要なものだけ奪って、逃げるんだ」

「ヤツらの宝への執着は凄まじい。命取りになるよ」

ミイナは、息を呑んだ。

「はい……」

「そして、閃光弾で脱出する」

バスティは、もう一つの小瓶を示す。

「こいつは二発しかない」

「最初で最後のチャンスさ」

「心の準備ができたら行くよ」

ミイナは、大きく深呼吸する。

モノとクロスケ。

ペルシャと、目を合わせる。

全員が、静かに頷いた。

「行けます!」

ミイナは、真っ直ぐ黒曜石の扉を見据えた。



「息を大きく吸い込みな。この煙玉には麻痺毒を混ぜてある。時間稼ぎにはなるはずさ」

バスティが白い小瓶を握りしめて言う。

「間違っても、煙を吸うんじゃないよ。

いくよ、三、二、一!」

ミイナは肺いっぱいに空気を吸い込み、息を止めた。

黒曜石の扉から、小瓶が投げ込まれる。

アンプたちの視線が、瓶に吸い寄せられる。

そして、炸裂した。

もうもうと白い煙が、部屋に充満していく。

「いくよ!」

アンプたちの混乱する鳴き声を聞きながら、ミイナたちは部屋へ突入した。

そして、バスティに手を引かれながら、真っ直ぐに玉座の背後へ走り抜けた。

地鳴りのような鳴き声が響く。

ネフェルアンプだ。

しかし、バスティが一足早かった。

宝物庫の扉を開いていた。

仲間たちが次々と宝物庫へなだれ込む。

そして、扉を閉めた。

すぐさま、置いてあった黄金の錫杖を、宝物庫の扉の取手に差し込んで封鎖する。

黄金色の扉の向こうは、思ったよりも広かった。

天井は高く、黒曜石の柱が何本も立ち並んでいる。

壁一面には棚。

棚には、金貨、銀貨、宝石、装飾品、杯、短剣、指輪、首飾り――

雑多な財宝が、無造作に積み上げられていた。

まるで、

「集めること」だけが目的で、

「使う」という概念が存在しないかのようだった。

床にも、金属片や宝石が散らばっている。

歩くたびに、かすかに金属が擦れる音が鳴る。

部屋の中央には、低い石の台座。

その上に――

銀色の盃が、ひとつ。

装飾はほとんどない。

だが、不思議な冷たい光を放っているように感じた。

見ているだけで、胸の奥が冷えていく。

ここが、目的地。

呪いの器が眠る場所だった。



宝物庫に入ったが、悠長にしている時間はなかった。

『これはまた壮観でござるな』

クロスケは黄金の山を眺めて、そう呟いた。

「見てる暇はない! 必要なものだけ盗りな!」

バスティの一喝が飛ぶ。

その瞬間だった。

――ガシャン!

扉が、向こう側から激しく叩かれた。

「チッ……毒の効き目が弱い!」

バスティが舌打ちする。

ミイナは慌てて、石の台座へ駆け寄った。

銀色の盃に手を伸ばす。

触れた瞬間。

背筋を、異様な冷たさが走った。

息が止まりそうになる。

だが、考えている暇はない。

ミイナは盃をポーチに突っ込み、そのまま腰のショートソードを握りしめた。

その横で。

意外なことに、バスティは宝の山を漁っていた。

「ない……ない……どこだ……!」

何かを探している様子だ。

「バスティさん! 扉がもう持ちません!」

「わかってる! どこだ……!」

一瞬の沈黙。

「……あった!」

バスティは、小さなロケットを手に取った。

それを、愛おしそうに一瞬だけ見つめる。

そして、大切そうにポケットへしまった。

「もういい」

顔を上げる。

「扉が破られると同時に、閃光弾を投げるよ!」

「はい!」

『任せろ!』

ミイナとモノが答える。

ペルシャとクロスケは、すでに戦闘態勢に入っていた。

――ガシャアアン!

轟音とともに、扉が破られる。

「目を閉じな!」

バスティの叫び。

ミイナは、反射的に目を閉じた。

――パァン!

破裂音。

次の瞬間。

太陽を直視したかのような、白い光が空間を埋め尽くす。

「走れ!」

バスティの声。

ミイナは薄く目を開き、進行方向を確認する。

そして、一心不乱に走った。

黒曜石の扉をくぐり、通路へ飛び出す。

あとは、脱出するだけ。

そう思った。

モノ。

クロスケ。

ペルシャ。

次々と、ミイナの後に続いてくる。

――だが。

バスティが、来ない。

ミイナは思わず振り返った。

そこにいたのは――

ネフェルアンプに、片手で首を掴まれ、

宙吊りにされているバスティの姿だった。


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