古代の罠と地底ピラミッド
錆の街を抜け、岩山の麓へと辿り着いた先に、それはあった。
周囲の岩肌とは明らかに異なる、黒曜石そのものを削り出したかのような巨大構造物。
地面から突き出た三角形の塊は、半ば砂と岩に埋もれながらも、圧倒的な存在感を放っている。
太陽光を受けた表面には、黒の中に紫がかった光沢が滲み、油膜のような虹色が微かに揺れていた。
入口はひとつ。
高さ十数メートルの開口部が、扉もなく、ただ暗闇を湛えて口を開けている。
縁には、風化した古代文字と、ジャッカルの頭部を模したレリーフ。
ほとんど崩れ落ちているにもかかわらず、その威圧感だけは失われていなかった。
周囲は異様なほど静かだった。
鳥も虫も姿を見せない。
風が吹くと、内部から低く鈍い共鳴音が返ってくる。
入口の周囲には、折れた武器、錆びた鎧、割れた松明――
かつて挑んだ者たちの痕跡が、砂に半ば埋もれて残っている。
黒曜石の神殿。
通称、地底ピラミッド。
そこは、財宝の眠る場所であると同時に、
死者を量産する穴だった。
「……やっぱり、アンタは留守番だね」
バスティは地底ピラミッドの入り口の前で、ハイランドに告げる。
「や、やっぱりですか……」
「ああ。残念だけど、その図体だとデカすぎるよ」
「それなら、私も残りますわ」
フィリアが唐突に言い出した。
「え? フィリアさん?」
「何やら、霊たちが話を聞いてほしいそうですの。列をなして待っていますのよ」
「え!? 霊?! な、何を物騒な!?」
明らかにバスティが取り乱す。
霊が苦手なようだ。
「大丈夫です。彼女は専門家ですから……」
ミイナもラベンダーヒル以来、幽霊は苦手にしていたが、
バスティの狼狽ぶりを見ることで、自分自身は落ち着いていられた。
トレジャーハンターなのに幽霊が苦手?
大丈夫なのだろうか?
という不安がないわけではなかったが、ミイナは気にしないことにした。
「皆さんの話を聞いてから、私も向かいますので。お先にどうぞ」
フィリアは相変わらずのマイペースだ。
「よ、よし。そうか。それなら先に行くよ。
アタイが先頭で斥候役をする。その後ろに、ミイナ。猫ちゃん」
『猫ちゃん言うな!』
モノのツッコミは無視される。
「そして案山子くん」
『了解でござる』
クロスケも頷く。
「最後尾をペルシャさんにお願い」
「殿ですね。承知しました」
ペルシャもバスティを見て頷いた。
「それじゃ、行くよ!」
バスティの掛け声で、
一行は地底ピラミッドの攻略を開始したのだった。
*
内部は、想像以上に広い。
四角く切り出された石壁。
床は黒曜石の板を敷き詰めたように滑らかで、ところどころに細かな亀裂が走っている。
壁面には、規則正しく並んだ四角い黒曜石のブロック。
かつて松明や魔導灯が設置されていた名残だろうが、今はほとんどが崩れ、黒ずんでいた。
天井は高い。
見上げても、闇の中に溶けて輪郭が分からない。
かすかに、金属の匂いが混じる。
錆。
古い血。
そして、獣のような生臭さ。
通路の両脇には、崩れかけた石像が並んでいる。
人型の胴体に、ジャッカルの頭部。
ほとんどが首を落とされ、砕け、床に転がっている。
だが、どれもが入口の方角を向いていた。
まるで――
侵入者を、睨み続けるかのように。
奥へと続く通路は、緩やかに下っている。
地底へ。
さらに地底へ。
バスティは小さく手を上げた。
「――ここから先は、音を立てるな」
声は、ほとんど囁きだった。
ミイナは、喉が鳴るのを必死に堪える。
地底ピラミッドは、歓迎していない。
そう、はっきり分かる空気だった。
ミイナは小声で、バスティに尋ねる。
「バスティさん。罠とか、大丈夫なんですか……?」
バスティも囁き声で返す。
「ああ。このダンジョンにはコツがあるんだ。任せておきなよ」
そう言うと、バスティは地図を開くことすらなく、どんどんと奥へ進んでいく。
やがて、分岐点に出た。
一つは、下へ向かう階段。
もう一つは、上へ向かう階段。
「こっちだ」
バスティは迷わず、上へ向かう階段を選んだ。
「え? でも、最奥って地下じゃ……」
ミイナは疑問を口にする。
「みんなそう思うだろ? だから罠なのさ」
バスティはあっさりと答える。
「いいかい。基本的に、下への階段は罠だ。
下へはスロープ状の傾斜だけで降っていく。長い道のりになるよ」
バスティの言葉には、不思議と納得感があった。
ミイナは、気を引き締めた。
*
通路を進んで、数十歩。
バスティが、すっと手を上げた。
全員が、その場で止まる。
指先が、床を示す。
一見すると、何の変哲もない黒曜石の床。
継ぎ目も自然。
罠があるようには見えない。
バスティは腰からナイフを一本抜いた。
刃先で、床の一枚を軽く叩く。
――コン。
澄んだ音。
次に、半歩だけ前の床を叩く。
――コン。
そして、さらに半歩先。
――カン。
音が、わずかに違った。
バスティは小さく息を吐く。
「沈む床だ」
囁く。
「踏んだ瞬間、作動する」
ミイナはごくりと喉を鳴らす。
「作動って……」
バスティは答えない。
代わりに、ナイフを床の継ぎ目へ差し込んだ。
てこの要領で、わずかに持ち上げる。
ミシリ、と嫌な音。
――ガシャッ。
通路の両脇の壁から、何かがせり出す。
細い穴。
その奥で、金属が擦れる音。
バスティはすぐに板を戻す。
音が止まる。
「踏んでたら、矢の雨だね」
淡々と言う。
クロスケが、藁をきしませた。
『……えげつないでござるな』
「この手の罠は“一枚だけ”じゃない」
バスティは視線を前へ送る。
「三枚連続で仕込まれてる」
そう言って、床の端を指差す。
「壁沿いを歩く」
「黒曜石の色が、ほんの少し濃い場所だけ踏みな」
ミイナは目を凝らす。
言われてみれば――
かすかに、艶の違う床がある。
「踏み外したら?」
ミイナが小さく聞く。
バスティは、肩をすくめた。
「死ぬ前に後悔する時間くらいはあるかもね」
軽い口調。
だが、冗談には聞こえなかった。
バスティは、何事もなかったかのように歩き出す。
指定された場所だけを、正確に踏んでいく。
一歩。
二歩。
三歩。
何も起きない。
ミイナは、息を殺して後に続く。
床を踏むたびに、心臓が跳ねた。
――作動しなかった。
だが。
ここが、殺すために作られた場所だという事実だけが、
じわじわと身体に染み込んでくる。
それから、幾つかの罠をやりすごした。
「基本的に作動スイッチは道の真ん中にあることが多い。端を歩きな」
「そこの床、砂埃の跡が変だろ?落とし穴だよ」
「……そういえば案山子なら大抵の罠にかかっても平気なんじゃないか?」
バスティは一流だった。
罠という罠を見逃すことなく攻略していく。
そして、中層から下層に差し掛かった時、ついにヤツらとの遭遇をはたしたのだった。
*
通路の曲がり角だった。
「止まりな」
バスティが、手を挙げて静止する。
手鏡を取り出し、壁越しに通路を見る。
「いるよ。アンプだ」
ミイナも手鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは――
人の背丈ほどの影。
二足で直立している。
頭部は、細長いジャッカルの形。
尖った耳。
奥に沈んだ眼窩。
眼だけが、鈍い金色に光っている。
胴体は人型だが、肉付きは痩せ細り、骨ばった輪郭が浮き出ている。
全身を覆うのは、黒ずんだ布と革。
ところどころに、金属片や小さな宝石が縫い付けられていた。
派手ではない。
だが、明らかに“飾り”だ。
腰には宝剣。
刃は欠けているが、禍々しい赤黒い染みがこびりついている。
背中には、小さな袋。
中で何か硬い物が、かすかに擦れる音を立てている。
金貨か。
宝石か。
あるいは――骨か。
アンプは、通路の中央にしゃがみ込み、
床に落ちている小さな金属片を拾い上げていた。
指先で転がし、
じっと見つめ、
ゆっくりと袋に仕舞う。
まるで――
祈るような仕草だった。
言葉は発しない。
呼吸音すら、ほとんど聞こえない。
ただ。
何かを引きずるような、低い擦過音が、
通路の奥から、微かに響いている。
もう一体、いる。
ミイナは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
獣だ。
だが、野生動物の気配ではない。
人に近い。
それでいて、人ではない。
――何かを守るために作られた存在。
そう直感した。
バスティが、口をミイナの耳元に寄せる。
「近接型が一体」
「たぶん、奥に錫杖持ちが一体」
「気付かれたら仲間を呼ばれる」
「気づかれる前に、落とすよ」
バスティの指が、背中のボウガンへ伸びる。
弦が、音を立てないよう、静かに引かれた。
アンプは、まだこちらに気づいていない。
バスティはショートボウガンに、ボルトをそっと装填する。
ヒュン!
風切り音。
放たれた矢は寸分違わず、アンプの喉に突き刺さった。
手前のアンプは叫び声を上げる間もなく、床に崩れ落ちた。
すかさず、ショートボウガンに次のボルトを装填する。
何かを引きずる音がまた近くなる。
通路の先に、二体目のアンプが姿を現した。
第二射を放つ。
しかし、今度は距離があった。
アンプは飛んでくる矢に反応し、錫杖で矢を叩き落とした。
そしてすかさず、錫杖を掲げる。
黒い煙のようなものが錫杖の先から迸る。
バスティは身を屈んで躱す。
その脇を縫って、ペルシャとミイナが躍り出た。
再び黒い煙。
煙の中から黒い腕のようなものが生え出し、ミイナとペルシャを掴もうとする。
間一髪の反射神経で躱したミイナの耳元を黒い腕が掠めた。
そして、駆け抜けるように、ミイナは胴を、ペルシャは首に斬り込んだ。
血飛沫を挙げて、アンプは地面に倒れ伏した。
「ふぅ…」
ミイナは一息ついた。
「…助かったよ。やるじゃないか」
バスティは額の汗を拭いながら言う。
「ダンジョンは助け合い。ですよね?」
ペルシャも納刀しながら続く。
こうして、一行はさらに下層へむかうのだった。




