殺戮眼と猫勇者
ミイナとモノ、そしてハイランドは城内を疾走していた。
右手に掲げたラニスタを、人質にしてである。
「卑怯な!」
「ラニスタ様!」
「やはり怪物!」
容赦なく罵声が、ハイランドに浴びせかけられる。
「や、やっぱり傷つきます……」
ハイランドは、分かりやすく肩を落とした。
「ハイランドさん。元気出して。仲間のみんなは、わかってるよ」
『そうだぞハイランド。お前のおかげで助かった!』
ミイナとモノが、必死で励ます。
そうしているうちに、
牢獄の入り口があった中庭で、ペルシャとクロスケと合流を果たした。
「おかえりなさい。ミイナさん」
ペルシャは涼しい顔で兵士たちを薙ぎ倒しながら言う。
『無事で何よりでござる』
クロスケも、大きな怪我などない様子だ。
『よし! みんなで脱出するぞ。フィリアはどこだ?』
モノが辺りを見渡す。
「弓兵! 構え!」
大音量の号令が響く。
城壁の上に、ひしめくように青い鎧が並んでいる。
そして、一段高い場所に大男が立っていた。
第一王子イーサンだった。
「よくも、先程は妙な術で誑かしてくれたな!
今度はそうもいかんぞ!」
「こ、こっちには人質がいます!」
ハイランドが、ラニスタを見せつけるように掲げる。
「無駄ですよ」
ラニスタが小声で呟いた。
イーサンの顔が、みるみる赤く染まっていく。
「おのれ! 卑怯な!
しかし、ラニスタ宮廷魔術師ならばわかってくれるはず。
大義の為、犠牲になってくれ!」
「ほらね」
ラニスタは、小さくため息をつく。
『マズイ!
ハイランド! ミイナを守れ!
ペルシャ! 打ち落とせるか?』
モノが叫ぶ。
「ダメです。数が多すぎます」
ペルシャが首を横に振る。
「放てい!」
号令が轟く。
――しかし。
矢が飛んでくることは無かった。
ドサドサと、
一画の城壁の上の弓兵が次々と卒倒する。
「あらあら。危ないところでしたのね」
呑気な声と共に、フィリアが城壁の上に現れた。
「フィリアさん!」
ミイナが、驚きの声を上げる。
「むう! また侵入者か!
構わん! アイツから射抜け!」
イーサンは、フィリアを指さして叫ぶ。
しかし今度は、
別の一画の弓兵が吹き飛ばされた。
「ペルシャ殿! 助太刀に参った!」
コルソだった。
コルソと複数の獣人――
おそらくは元獣人奴隷だったであろう屈強な男たちが、
城壁の上の兵士を薙ぎ倒していく。
「間に合いましたか。
この隙に逃げますよ」
ペルシャが城門の方向を指差す。
「おのれ! 獣人どもが何故⁉︎」
イーサンは憤怒の表情で叫ぶが、
すぐにコルソとの戦闘に突入した。
「ありがとう、みなさん!」
ミイナは獣人たちに礼を言い、
城門に向かって駆け出した。
*
もう少しで、城門に辿り着く――その時だった。
空が、真っ暗に染まった。
夜よりも深い闇が、頭上を覆う。
「もう、許しませんよー」
ハイランドが倒したはずのサンサが、上空に浮かんでいた。
その背後には――
数千、否、数万本を超える氷柱。
天を埋め尽くす、白い死。
『な、何でござるか……あれは……』
クロスケが、掠れた声を漏らす。
「あんなもの、落とされたら……王宮どころか街が……」
ミイナの額を、冷や汗が伝った。
ハイランドは迷いなく、ラニスタを解放する。
「……解放していいのか?」
「そ、そんなことより……
あ、貴女の術式で一人でも多くの人を助けてください!」
ラニスタは一瞬、言葉を失う。
城壁の上も、完全に混乱していた。
「な、何だあれは! まさか王宮と街を攻撃するつもりか!」
「あれは! 魔族! 魔族がどうして……!」
「いいから! 避難だ! 避難を急がせろ!」
指揮系統は崩壊している。
誰も彼もが、どうすればいいのかわからない。
その時。
『ミイナ』
モノの声は、不思議なほど静かだった。
「何⁉︎ 別れの挨拶なら嫌だよ!」
思わず語気が強くなる。
胸の奥が、ざわついていた。
『違う。頼みがある。牢獄に蛇の杖があっただろう。
あれを俺に使ってくれ』
「蛇の杖? どうして……?」
『時間がない。早くしてくれ。
それも多分、ミイナが使わないとダメだ。
もう一度、俺を信じてくれ』
ミイナは、迷わなかった。
「うん。信じる。信じるよ、モノ」
二人は牢獄へと駆け出した。
*
牢獄の中は、もぬけの殻だった。
檻と檻の間。
佇むように、蛇の装飾の杖が、冷たい光を湛えて床に刺さっている。
ミイナは杖を引き抜いた。
ひんやりとした感触。
「モノ! いくよ!」
『ああ』
ミイナは蛇の杖を、モノに向かって掲げる。
杖が、鈍く光り出す。
サンディが使った時とは違う。
白く、淡い光。
それがゆっくりと、モノを包み込む。
数瞬。
静寂。
『ありがとう、ミイナ。もう大丈夫だ』
顔を上げたモノの表情は、どこか違って見えた。
瞳の奥に、別の光が宿っている。
*
「そろそろー、終わりにしましょうかー」
サンサが両手を振りかざす。
「王宮ごと消えてなくなれ!」
数万本の氷柱が、
一斉に王宮へと降り注ぐ。
その瞬間。
空気が、凍りついた。
一匹の黒猫が、躍り出る。
額には、×模様。
しかし、その両目は空色ではなかった。
満月のように輝く、黄金。
「も、モノ……その眼は……」
ハイランドが息を呑む。
「殺戮眼……ジェノサイドアイ……」
ペルシャが、消え入りそうな声で呟いた。
モノは、空を見上げる。
そして、静かに言った。
『止まれ』
世界が、静止する。
数万本の氷柱が、
空中で、ぴたりと動きを止めた。
『貫け』
氷柱が、ゆっくりと向きを変える。
次の瞬間――
凄まじい速度で、サンサへと殺到した。
「な! なんで! そんな馬鹿なぁぁあ!」
白い嵐が、サンサを飲み込む。
断末魔は、途中で途切れた。
数万本の氷柱を受け、
サンサは今度こそ――消滅した。
静寂。
『終わったな……』
黄金の光が、わずかに揺らぐ。
視界が、暗転する。
モノはそのまま、
地面へと崩れ落ちた。




