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天幕と口寄せ

夜は、やけに静かだった。

街外れの草地。

簡素な天幕がいくつか張られ、焚き火の火がぱちぱちと小さく音を立てている。

王都の喧騒は、ここまでは届かない。

横たわる黒猫の体に、毛布が掛けられていた。

その隣で、ミイナが膝を抱えて座っている。

眠っていない。

ずっと。

風が、草を揺らす。

その時――

「……う」

小さな声。

ミイナの肩が跳ねた。

「モノ……?」

黒猫の耳が、ぴくりと動く。

ゆっくりと瞼が開いた。

空色の瞳。

黄金ではない。

いつもの、空の色だった。

「……ここは」

掠れた声。

「よかった……!」

ミイナは、思わずモノを抱き上げた。

「三日だよ! 三日も寝てたんだよ!」

「三日……?」

モノは目を瞬かせる。

「街は?」

「助かったよ。ラニスタさんが結界を張ってくれて、被害は最小限。

サンサは……消えたって」

焚き火の向こうから、低い声。

「確実に消滅したでしょう」

ペルシャだった。

腕を組み、静かに立っている。

「殺戮眼の反動ですね」

「……覚えてる」

モノは小さく呟く。

「あれ、使っちゃダメなやつだよね?」

「そうでしょうね」

ペルシャは即答した。

少し離れた場所で、ハイランドが座っている。

「ね、猫の身体では反動が大きすぎるのです……」

『ああ。久しぶりに使ったが、碌なもんじゃない』

モノは吐き捨てる。

『あれから、どうなったか聞かせてくれ』

「うん」

ミイナは語り出した。

突然の攻撃と、獣人の反乱で王都が混乱に陥ったこと。

混乱に乗じて脱出できたこと。

獣人たちが皆無事であること。

第三王子が獣人反乱の責任を負わされ、失脚したこと。

王都はいまだ混乱が続いており、追手は来ていないこと。

『……なるほどな。だから、ここに獣人が沢山いるのか』

辺りを見渡すと、犬、猫、山羊、豚など、様々な獣人が焚き火を囲んでいる。

『アイツらはこれからどうなるんだ?』

「本国に便りを出しました。隣国の港町から、獣大陸への船を手配しています」

『そうか。それは何よりだ』

モノは一息ついた。

『それよりも、これからどうする?

シャクナ族の里への手がかりは完全に途絶えたんだろ?』

「その心配は要りませんわ。死者は私の領域ですもの」

「実はね。フィリアさん、ディエスさんと話せるらしいの」

『……死んだからか。相変わらず、滅茶苦茶な能力だな……』

「そんなに便利な能力ではありませんわ。

話したいと相手が思わなければ、対話できませんもの。

ディエスさんの場合は、あちらから訪ねてきてくれたんですのよ。

ミイナさんと話したいって」

「うん。それで、モノが起きるまで待ってもらったの。準備はいいかな?」

『ああ。すぐに始めてくれ』



フィリアが蝋燭に火を灯していく。

そして、お香を焚く。

ラベンダーの香りだった。

天幕の中が煙で満ちた時――

それは現れた。

老婆の姿。

ディエスだ。

『アンタらに話さないといけない』

唐突に語り出す。

『アタシはシャクナ族の生き残り……

マディ様の使い、キアリ様の乳母……』

ミイナはハッとした。

ニイナは奴隷番号217が元だ。

本名な訳がない。

この時、ミイナは初めて知った。

ニイナの本当の名前が――キアリであることを。

『アタシは怖かった。

里が襲われた時、キアリ様を連れて逃げるように言われた。

エスナの血を絶やさぬ為だ』

『キアリ様は正統なエスナ候補。

生きてさえいれば、間違いなくエスナになる。

そう、誰もが信じて私達を送り出した』

『しかし、狙われるのもわかっていた。

案の定、四大頭の襲撃に遭い、アタシは視力を失った。

そして、赤子のキアリ様を手放した。

指輪だけを預けて』

それで、ニイナは奴隷となったのだろう。

ミイナの胸に、失望と怒りが湧き上がる。

『白状するよ。

アタシは怖かった。

キアリ様よりも、自分の命を優先した』

『だが、運命は逃してくれなかった……。

王子が呪われ、アタシに救いを求めてきた。

そして、奴らに見つかり、アタシは殺されたってわけさ』

沈黙。

「……ディエスさんは、ニイナを愛してはいなかったんですか?」

『……愛していたさ。

一族の希望で、誇りだ』

『それでも、アタシは恐怖に勝てなかった。

お前も、魔王ヘカトキリオスか、四大頭に会えばわかるよ。

圧倒的な力による絶望がね……』

「……それでも!」

フィリアが遮る。

「ミイナさん。時間がありません。本題へ」

「……はい。

ディエスさん。シャクナ族の里はどこですか?」

『この大陸北東、たてがみ山脈の麓。

霧の湖の中だ』

『だが、正統な血統を持つ者でなきゃ通れない』

『結界を解く神器を集めな。

指輪、蛇の杖、シャクナの盃さ』

『蛇の杖はトーレスに渡したよ。あとは自分でなんとかしな

問題は盃だ』

『行方不明だ。

四大頭に襲われた時に失くした』

『アタシにできるのはここまでだ』

煙が薄れ、蝋燭の火が揺れる。

「……時間切れのようです」

『じゃあね……』

蝋燭の火が消え、

ディエスの気配も消え去った。



「…霧の湖。そして、盃か』

モノが、呟くように言った。

焚き火の火が、ぱちり、と小さく弾ける。

誰も、すぐには言葉を発しなかった。

霧の湖。

たてがみ山脈。

結界を解く神器。

指輪、蛇の杖、そして――シャクナの盃。

道は示された。

だが同時に、平坦な道ではないことも、誰もが理解していた。

「……遠そうだね」

ミイナが、ぽつりと零す。

夜風に乗って、その声はすぐに溶けていった。

『ああ』

モノは静かに答える。

『だが、行くしかない』

『王様も、サンディ王子も、あのままにはできない』

『ニイナだってそうだ』

一瞬だけ、言葉が詰まる。

『託されたんだろ?』

ミイナは、胸の前で手をぎゅっと握りしめた。

怖くないと言えば、嘘になる。

また誰かを失うかもしれない。

また、取り返しのつかない選択を迫られるかもしれない。

それでも――

「うん」

小さく、けれどはっきりと頷く。

「行こう」

「私も、約束したから」

モノが助けるって言ってくれたみたいに。

今度は、私が助ける番だから。

『腕がなるでござるな』

案山子のクロスケが静かに言う。

ハイランドが、のそりと立ち上がる。

焚き火の光が、巨体を赤く照らす。

「わ、私も行きます」

「さ、盃を探すには魔力の知識がいるかもしれません」

震えているのに、視線は逸らさない。

ペルシャは、腕を組んだまま静かに言う。

「魔王軍が関わる以上、獣王国としても無視はできません」

「……それに」

一拍置く。

「あなた方を、死なせるつもりもありません」

フィリアはくすりと笑った。

「ふふ。随分とお熱いこと」

「でも、嫌いじゃありませんわ」

焚き火の向こう。

眠りについた獣人もいれば、静かに空を見上げている者もいる。

傷だらけで。

行き場を失って。

それでも、生きている。

モノは、その光景をじっと見つめた。

『……守るものが増えたな』

誰に言うでもなく。

そして、ゆっくりと夜空を見上げる。

星が、静かに瞬いている。

遠く、遠く。

あの星の下にも、きっとまだ知らない戦いがある。

『行き先は決まった』

『次は――霧の湖だ』

小さな黒猫の声は、はっきりと響いた。

焚き火の炎が揺れる。

その光の中で、ミイナはそっとモノに手を添えた。

「大丈夫」

「今度こそ、私が一緒だから」

モノは、目を閉じる。

『……ああ』

静かな夜。

だが確かに――

新しい旅の始まりの夜だった。




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