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三つ巴の戦いと魔物の魔術師

サンサとラニスタ、そしてハイランドとモノの三陣営は、黙って対峙していた。

それぞれが、隙をうかがっている。

崩れ落ちた城壁の外。

砕けた石材と舞い上がる砂塵。

夜風が、重く淀んだ空気を撫でていく。

誰も、動かない。

誰も、喋らない。

ただ――

互いの存在だけが、空間を圧迫していた。

サンサは宙に浮かび、

蝙蝠の翼をゆらりと揺らしながら、

細い笑みを張り付けている。

「……ふふふ」

喉の奥で転がすような笑い。

「面白いですねー」

視線は、ハイランドへ。

「やっぱりー。

あなたが一番、厄介そうですー」

巨大な魔物。

城壁を破壊し、

兵士の包囲など意にも介さない存在。

それでいて、今は――

ぴたりと動かない。

ハイランドの視線は、

サンサではなく、ラニスタに向けられていた。

それだけで、空気が一段重くなる。

ラニスタは、ゆっくりと一歩前に出る。

足音は、ほとんど響かない。

無駄のない動き。

戦場に慣れきった者の所作。

「魔族と魔物が城内に入り込むとは」

冷え切った声。

「……王都も、随分と堕ちたものですね」

モノは、ハイランドの肩の上で尻尾を揺らす。

空色の目で、二人を見下ろしている。

「まとめて排除して差し上げます」

ラニスタのエステラが膨れ上がる。

再び、術式が展開したのを肌で感じる。

「やっかいですねーその術式。でも攻略法見つけちゃいましたー」

サンサはヘラヘラと言う。

「な、なるほど。設置式の術式みたいですね」

ハイランドも短く頷いた。

『気をつけろハイランド。猫と案山子の状態と俺たちでは、手も足も出なかった術式だ』

「その通りです。跪きなさい」

ラニスタが地面を指差す。

「下弦」

サンサは物凄い速度で飛び退いた。

おそらく、射程外まで出たのだろう。

サンサは地面に激突することは無かった。

一方で、ハイランドの巨体は地面に倒れ込む様にして叩きつけられた。

ズシン!

という轟音が響いた。

「やはり、射程距離があるようですねー。三、四十歩と言ったところでしょうかー」

サンサは遠くから間延びした声で言い放つ。

「それがどうしたというのです。射程圏が知れようとも貴方は私に敵いませんよ」

ラニスタは冷たい視線でサンサを睨みつける。

「それがー、そうでもないんですよー。これならどうですかー?」

サンサの周りに冷気が渦巻く。

冷気はみるみる広がり、あたり一体を覆い尽くす。

そして、ラニスタの周囲を半球状に百八十度囲む様に氷柱が出現した。

もちろん、全て射程距離の外側にである。

「どの方向に重力をかけようとも貴女を貫通しますよー。それー!」

間延びした声。

それとは裏腹に物凄い速度で、氷柱がラニスタを襲う。

「くっ!」

ラニスタは術式の弱点を突かれたのか、苦虫を噛み潰したような声を出す。

「下弦!」

ラニスタに迫っていた周囲の氷柱は地面に叩きつけられるが、

頭上の氷柱は同時に加速してラニスタを襲う。

ズドドドドド!

氷柱が肉を切り裂く音がした。

しかし、氷柱に貫かれたのはラニスタでは無かった。

ハイランドがラニスタを庇う様に抱き抱え、

背中に氷柱が突き刺さっていたのだ。

「何の真似だ!なぜ助けた⁉︎」

ラニスタはハイランドの腕の中でもがきながら言う。

「な、なぜって、あんなものが刺さったら貴女が死んでしまうでしょう……?」

「敵同士じゃないか!助ける必要など無かった!」

「わ、私は目の前で若くて有望な魔術師が死ぬのを見たくなかっただけです。それに私は魔物です。この程度の傷は何でもありません」

「何を馬鹿な……!」

ラニスタが呆気に取られる。

その隙にサンサは次の攻撃を繰り出していた。

「そうですよー。甘ちゃんですねー。纏めて潰れてくださーい」

ハイランドの頭上に影がさす。

ハイランドの巨体の十倍はあろうかというほどの巨大な氷塊が形成されていた。

「それー」

サンサの間の抜けた掛け声と共に、氷塊が落とされる。

ハイランドは拳を握り込む。

《三重増幅円爆裂魔導陣》

ハイランドの右腕の紋様が輝く。

そして、拳と氷塊が衝突した。

ズガァァァアン!

氷塊は粉々に砕け散り、霰となって降り注いだ。

その隙を逃すサンサではなかった。

サンサはハイランドの眼前に現れ、魅了の術を使う。

「ハイランドさーん。

私の眼をじっと見てー。

わたしに恋してくださーい。

貴方の力は、わたしのものー」

ガシッ!

「え?」

サンサは素っ頓狂な声をあげる。

ハイランドの巨大な掌が、サンサを握りしめていた。

「わ、私に魅了は効きません……魔物ですから……!」

「なんなんだよ!どいつもこいつも!」

サンサが怒気を孕んだ怒鳴り声をあげる。

ハイランドは、そのままサンサを放り投げた。

風圧がサンサを襲う。

《三重増幅円爆裂魔導陣》

再び、ハイランドの腕の紋様が輝く。

ズドォォォォォォォォン!

ハイランドの魔術で強化された拳が、サンサの身体を撃ち抜いた。

「ぐぎゃっ……」

短い悲鳴。

そしてサンサは吹き飛ばされ、

城壁を数枚突き破り、

ペンタグラム大学の時計塔の壁にめり込み、

完全に動かなくなった。



砕けた氷柱が、ぱらぱらと地面に転がる。

ハイランドは、背中に突き刺さっていた氷柱を一本ずつ引き抜き、

静かに足元へ落とした。

「お、終わりましたよ。モノ」

『よし!すぐにミイナのところに戻るぞ!』

モノは再び、ひらりとハイランドの肩へ飛び乗る。

そのとき――

「待ちなさい!」

よろよろと立ち上がったラニスタが叫んだ。

「まだ……私がいます!」

その瞳は血走り、怒りと焦燥で揺れている。

理性よりも、意地が勝っている目だった。

「い、いいえ。もう終わりです。

その術式は不完全です。

あ、貴女はまだ未熟者です」

「何を馬鹿な!

私は王国一の魔術師だぞ!

術式展開!」

ラニスタの周囲に、再び円形のエステラが広がる。

「下弦!」

地面を指差す。

だが――何も起こらない。

ハイランドは、微動だにしなかった。

「な、なんで……。

上弦!」

今度は上を指差す。

やはり、何も起きない。

「何をした!

下弦!上弦!左弦!右弦!前弦!背弦!」

連続して指差しと詠唱を行う。

だが、空間は沈黙したままだ。

「そ、その指差しですよ」

ハイランドは、穏やかに言った。

「あ、貴女の術式は、

自分を中心に地面を貫通する球を作り出し、

その円周に向かって引力を発生させるものですね」

「な、なぜそれを……」

「み、見ればわかります。

あ、貴女はまだイメージが固まっていない。

だ、だから指差しと詠唱で方向を補助している」

静かな分析。

「引力の方向が理解できれば、

反対術式を組み込むのは簡単なことです」

ラニスタの顔が青ざめる。

「な、なんなんだお前は……」

「わ、私はハイランド。

貴女の先輩に当たる、魔物の魔術師ですよ」

そして今度は、サンサのときとは違い――

ハイランドは、ラニスタをそっと握り込んだ。

力任せではない。

包み込むように。

「こ、こうして接触していれば、術式は使えませんね。

こ、これも弱点です」

少し困ったように、ハイランドは続ける。

「ふ、不快かもしれませんが、少し我慢してください。

き、危害は加えませんので」

「お、お前……」

そのとき、城内から赤い鎧の兵士たち――赤燐隊が駆けつける。

「な!ラニスタ様を離せ!怪物め!」

「ラニスタ様!今お助けします!」

ハイランドは、ゆっくりとラニスタを掲げる。

「み、道を開けなさい。

に、握りつぶしますよ?」

低い声。

兵士たちは凍りつく。

ラニスタには分かっていた。

それが嘘だということが。

だが――何も言わなかった。

兵士たちは、道を開ける。

その背後から、人影が駆けてくる。

両手を振っている。

「モノ!ハイランドさん!」

ミイナだった。

『ミイナ!今度こそ!連れて帰るぞ!』

「うん!」

モノはミイナの胸に飛び込み、

ミイナは力いっぱい抱きしめる。

ハイランドは、もう片方の掌を差し出す。

ミイナが、その上に乗る。

風が、三人の間を抜けていった。



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