呪いの王子と猫勇者
時は、少し前に遡る。
重たいほどの静寂が戻った牢獄には、
モノとクロスケしか残されていなかった。
サンサが脱走したあと、
見張りも一緒に出て行ってしまったからだ。
『どうするでござるか?』
『待つ』
『何をでござる?』
『そろそろ、アイツが来るはずだ』
その時。
牢獄の扉が、ガチャリと音を立てて開いた。
「おや。元気そうですね」
青い正規兵の服を着たペルシャだった。
『ペルシャ。遅いぞ』
「遅いとは酷い言い草ですね。
檻の鍵を見つけるのに、手間取りましてね」
ペルシャは、鍵束を目の前に掲げる。
『ペルシャ殿!かたじけないでござる!』
「構いませんよ。仲間ですから。
フィリアとハイランドも来ていますよ」
『フィリアはともかく……ハイランドも?
大丈夫なのか?』
「ええ。心配でじっとしていられなかったみたいです。
案の定、街の方では騒ぎになっていますよ」
ガチャリ。
モノとクロスケの檻の扉が開いた。
『騒ぎなら、もっと起こしたほうがいいでござる』
『ああ。もうこの街にはいられない。
ミイナを連れて、さっさと逃げるぞ』
「ところで、ミイナさんはどこです?
上の階が騒がしいような……」
一行は、牢獄のある地下から出て、
陽の当たる庭へと向かった。
そこには――
兵士に囲まれたハイランドの姿があった。
「怪物め!どうやってこの街に入った!」
「逃すな!王宮にまで侵入されるとは、警備は何をやってる!」
「王のところには、間違っても行かせるな!」
兵士たちは、ものすごい剣幕でハイランドににじり寄る。
しかし、ハイランドは気にも留めない。
城の上階にある塔を指差した。
「あ、あそこに何かいます。
さ、騒ぎが起きているようです」
『ミイナは、そこだな。ハイランド!』
モノは、ひらりとハイランドの肩へと駆け上がる。
『ここは拙者たちに任せるでござるよ!』
クロスケが、兵士の前に躍り出た。
「一体、何が起こっているのです……
後で説明してもらいますからね!」
ペルシャもシャムシールを抜き、戦闘態勢に入る。
『ハイランド!跳べ!』
ドンッ!!
地面を衝撃が伝う。
跳び上がったハイランドは、拳を振りかぶった。
ズガァァァアン!!
ハイランドの拳が、城壁を突き破る。
部屋の中には――
ベッドに組み敷かれたミイナと、
その上に馬乗りになっている男。
幸い、まだ怪我などはなさそうだった。
「ま、間に合ったようですよ、モノ」
『ああ。待たせたな。ミイナ!』
ミイナの目は、
真っ直ぐにモノを捉えていた。
*
『何やってんだ!このロリコンどもが!』
モノの激昂する声。
そして跳躍。
ミイナに馬乗りになっている第一王子の顔面に、
モノの肉球がめり込む。
全力の猫魔法“弾き”が叩き込まれた。
ガシャアアン!
第一王子イーサンは吹き飛び、
ドレッサーに激突し、激しい音を立てる。
「イーサン様!」
正規兵の指揮が乱れる。
数人が、イーサンに駆け寄ろうとしたことで、
均衡が崩れた。
青い鎧の集団が、赤い鎧の集団に押され始める。
しかし、モノはそちらには目もくれなかった。
空色の目は、じっとミイナを見つめていた。
『迎えにきたぞ、ミイナ。みんな待ってる』
「モノ……なんで……」
ミイナの目が、みるみる涙で潤んでいく。
『約束しただろ。必ず助けるって』
『うん……うん!』
ミイナの目から、涙が溢れた。
「……待て!」
赤い鎧の兵士の合間を縫って、サンディが現れる。
「……貴女も私を見捨てるのですか……?」
サンディの声は、今までになく弱々しく、
泣き出しそうな子供のように聞こえた。
「……モノ。ごめんなさい。私、まだ行けない」
『は!? 何言ってんだミイナ!』
「まだ、サンディ王子と話しておかないと行けないことがあるの」
『何を馬鹿なこと……』
モノが言い終わらないうちだった。
「上弦」
ラニスタの冷たい声が響いた。
術式が発動する。
モノの身体は浮き上がり、天井に激突した。
「いいですよ!ラニスタ!
そのまま、追い出してください!」
サンディの声が弾む。
「畏まりました。前弦。」
モノの身体はそのまま、背後に吹き飛んだ。
壁の穴を通して、屋外に放り出される。
ハイランドが慌ててモノを受け止めるが、
その隙を狙う者がいた。
「背中がガラ空きですよー」
サンサが、数十本の回転を加えた氷柱を放つ。
ハイランドの背中に突き刺さり、
そのまま落下して行った。
「どいつもこいつも、私の邪魔をする!
ラニスタ!もう一度、奴らを捕えなさい!
いえ!殺しても構いません!
レイヴンはどこです!」
サンディには、もはや冷静さの欠片もない。
「レイヴンは表で賊との戦闘中です。サンディ様。
御安心下さい。あの程度の相手、私一人で十分です」
ラニスタは冷静に言うと、
壁の穴を通って屋外へ追撃に出た。
「お前達も行きなさい!」
サンディに一喝された赤燐隊の隊員も、
すごすごと退散し、外の戦場へ向かう。
部屋には、
サンディとミイナだけが残されたのだった。
*
サンディは、明らかに狼狽えていた。
もはや、好青年トーレスの面影も、
冷酷な王子としての仮面も、そこにはない。
ただ、追い詰められた一人の男が立っているだけだった。
「ああ……貴女は、残ってくれたのですね……」
「やはり、私の目に狂いはなかった……!」
縋るように、声を震わせる。
「貴女には、何もかも与えます……!」
「だから……だから、俺をひとりにしないで……」
「サンディ王子」
ミイナは、静かに首を振った。
「ごめんなさい。私は行きます」
サンディの顔が、みるみるうちに絶望に染まる。
「いやだ……!」
「いやだ!行かないでくれ……!」
「サンディ王子。落ち着いてください」
ミイナは、まっすぐに彼を見た。
「貴方……呪われているんじゃないですか……?」
「……どうして、それを」
「王様が呪われていると聞きました」
「それに……王子は、指輪が“見えて”いましたよね?」
「……そうです」
サンディは、ゆっくりと左足の裾を捲る。
靴と靴下を脱いだ。
爪先が――
灰色に、変色していた。
「父上も、私も……」
「徐々に身体が石になる呪いをかけられました」
「やがて心臓まで石になり……死亡するでしょう……」
「そんな……どうして……」
「私は、王位継承権争いに焦りました」
「そして、魔王と勇者の伝承に目を付けたのです」
「魔王について調べるうちに……」
「悪魔の頭を持つ男と、接触しました」
「悪魔の頭……?」
「百五十年前の伝承に記された存在」
「かつての魔王軍幹部、四大頭の一人……」
「――デビルヘッドです」
ミイナは、息を呑む。
「デビルヘッドは、私を次期国王にすると言いました」
「それが……間違いでした……」
「……どうして?」
「父上を呪ったのです」
「私を王にするために……」
「そんな……!」
「私は契約の破棄を申し出ました」
「すると、その罰として……私にも同じ呪いがかけられた」
サンディは、項垂れる。
「……それで、ディエスさんに?」
「ええ」
「呪いの進行を遅らせるため」
「解呪できるシャクナ族の存在を教わるため……」
「結果として、ディエスは……あんなことになってしまいました……」
声が、かすれる。
「貴女だけが……希望なのです……」
「シャクナ族の指輪を持つ、貴女だけが……」
サンディは、ミイナに縋りつく。
「どうか……俺を見捨てないで……!」
ミイナは、そっと抱きしめた。
頭を撫でるように、優しく。
「……ごめんなさい」
「それでも私は、行きます」
「いやだ……!」
「死にたくない……!」
子供のように、首を振る。
「でも、貴方も見捨てません」
ミイナは、はっきりと言った。
「必ず、シャクナ族の里を見つけます」
「貴方と、王様の呪いも……解きます」
「……え?」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔が、ミイナを見る。
「約束します」
「モノが、私と約束してくれたみたいに」
「約束……本当ですか……?」
「はい」
迷いのない声。
「私は行きますね」
「行かなくちゃ」
ミイナは、最後にぎゅっと抱きしめると、
踵を返し、走り出した。
「約束……約束……」
部屋には、
涙に濡れたサンディ王子だけが残されたのだった。




