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王宮とケーキ

重厚な扉が、静かに閉じた。

ガタン。

乾いた音が、やけに大きく響く。

ミイナは、広すぎる部屋の中央に立たされていた。

天井は高く、壁一面には精緻な彫刻。

赤い絨毯。

巨大な書棚。

装飾の施された机。

どれもが、ひと目で分かるほどの“格”を持っている。

――王族の部屋だ。

そう理解した瞬間、胃の奥がきりりと痛んだ。

「座ってください」

声がした。

第三王子サンディ・サンサーラ。

あの戦場で見せた冷酷な顔のまま、机の向こうに座っている。

ミイナは、言われるままソファに腰を下ろした。

逃げ場はない。

逃げられるとも思っていない。

沈黙。

時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえる。

柔らかな香りが、部屋いっぱいに満ちていた。

花の香り。

焼き菓子の甘い匂い。

膝の前のテーブルには、白い皿。

その上に、紅茶と小さなケーキが置かれている。

ふわふわの白いクリーム。

淡い色の果実。

きらきらと光る砂糖菓子。

「どうぞ」

サンディは向かいの椅子に腰掛け、穏やかに微笑んでいた。

「甘い物は好きですか?

街一番のケーキ屋から取り寄せたものです」

ミイナは戸惑いながらケーキを見る。

(……けえき?)

見たことがない。

少なくとも、こんな綺麗なものは。

「遠慮しなくていいですよ」

やさしい声。

「あなたは、今日とても頑張りました」

褒められている。

はずなのに。

胸の奥が、落ち着かない。

さきほどまで兵に命令し、人を躊躇なく殺していた人物と、どうしても結びつかない。

「……毒とか、入ってませんよね」

思わず、口から出てしまった。

サンディは、くすりと笑う。

「心配しなくて大丈夫ですよ」

少し首を傾げる。

「あなたを殺すなら、もっと簡単な方法がいくらでもありますから」

さらりと言う。

やさしい声で。

ミイナは、硬直した。

「緊張しなくていいです」

穏やかなまま、続ける。

「私は、あなたに酷いことをするつもりはありません」

ミイナは恐る恐るフォークを取った。

指先が、わずかに震える。

小さく切り、口に運ぶ。

――甘い。

確かに、甘いはずだ。

けれど。

舌の上で溶けているのに、“何かを食べている感覚”だけがある。

(……味が、しない……?)

しばらくして、別の感覚がじわりと広がる。

(……甘ったるい……)

喉の奥に、重たく残る甘さ。

気持ち悪い。

もう一口、食べようとは思えなかった。

サンディは、それを静かに見ている。

「口に合いませんでしたか?」

責める調子は一切ない。

ただ、心配そうな顔。

ミイナは首を横に振る。

「い、いえ……」

サンディは微笑む。

「そうですか。良かった」

良くないのに。

「安心してください」

穏やかな声。

「先程も言いましたが、酷いことをするつもりはありません」

「むしろ――」

少し身を乗り出す。

「あなたには感謝しています」

「……感謝?」

「ええ」

「魔王の存在を、ここまで明確に示してくれた」

「あなたは、とても価値のある存在です」

“価値”。

その言葉が、胸に引っかかった。

「ですから」

サンディは、にこやかに続ける。

「あなたは、私の“客人”です」

「衣食住はすべて保証します」

「美味しい食事も」

「甘いお菓子も」

「綺麗な洋服も」

「安全な寝床も」

一つ一つ、丁寧に。

まるで、贈り物を並べるように。

「ただし」

声の調子は変わらない。

「私の許可なく城を出ることは出来ません」

にこりと微笑む。

「それだけです」

ミイナの背中に、冷たいものが走る。

サンディはやさしく言った。

「心配しなくていいですよ」

「私は、あなたの味方ですから」

その言葉は。

ケーキよりも、ずっと甘くて。

そして。

ずっと、気持ち悪かった。



「あの……トーレスさん……ですよね?

トーレスさんが、本当に第三王子だったんですか……?」

ミイナは意を決して口を開く。

「ええ」

即答。

「第三王子のサンディと申します。

ですが、貴女にはトーレスと呼んでいただいても構いませんよ」

「……どうして。どうしてディエスさんのお店に……?」

「言ったでしょう?

私はディエスの弟子だったのですよ。本当に」

「彼女は私に、様々なことを教えてくれました」

「魔王の復活」

「勇者の生存」

「シャクナ族の里」

「そして――盃を飲み込む蛇の指輪」

サンディの視線が、ミイナの左手薬指へ落ちる。

「それじゃ……最初から指輪のことを……?」

「はい」

悪びれもせず、即答。

「指輪のことも、シャクナ族の里のおおよその位置も知っていました」

「……それなら、なんで私は生かされているんですか?」

「指輪を奪って、殺せばいいじゃないですか」

サンディは少しだけ目を細めた。

まるで、値踏みするように。

「まさか」

小さく笑う。

「いたいけなレディに、そんな真似はしませんよ」

「それに――」

「貴女達には、まだ利用価値がある」

「……利用価値?」

「ええ」

サンディは微笑んだまま言う。

「ミイナさん」

「私と――取引しませんか?」



冷たい石の床。

湿った空気。

かすかに、焦げたような匂い。

ミイナは、薄暗い通路の奥で足を止めた。

両脇の壁には、淡く青白い光の線が走っている。

無数の紋様が絡み合うように。

――結界だ。

鉄格子の牢が並んでいる。

だが、普通の牢とは明らかに違う。

格子の向こうの空間そのものが歪み、空気がゆらりと揺れている。

「……ここは王宮地下の収容区画です」

背後で、ラニスタの声。

「通常の檻ではありません。

複数の宮廷魔術師による多重結界。

エステラの行使、身体強化、変質――すべて封じます」

淡々とした説明。

まるで、道具の仕様を語るように。

ミイナは、言葉を返せなかった。

視線が、自然と一つの牢へ吸い寄せられる。

奥。

薄暗い影の中。

――いた。

「……モノ……?」

声が、かすれる。

鉄格子の内側。

鎖に繋がれ、床に伏せる黒い影。

顔を上げた瞬間、空色の瞳が、かすかに揺れた。

『……ミイナ……無事だったか……』

弱々しい声。

首元には赤黒く光る首輪。

エステラ抑制用のものだと、一目で分かる。

「クロスケさんは……?」

震える声で尋ねる。

ラニスタは無言で隣の牢を指した。

そこには。

崩れかけた案山子の身体。

木片が剥き出しの腕。

無数の亀裂が走る胴体。

それでも。

ゆっくりと、顔だけがこちらを向いた。

『……ご無事で……なによりでござる……』

ミイナの喉が詰まる。

胸の奥が、痛いほど締めつけられる。

「どうして……こんな……」

ラニスタは事務的に答える。

「暴れましたので。

必要最低限の制圧を行っただけです」

必要最低限。

その言葉が、やけに重い。

助けられない。

触れることすらできない。

鉄格子の向こう。

結界の向こう。

完璧に隔てられた距離。

そのとき。

背後から、規則正しい足音。

「……ご覧いただけましたか?」

ミイナは振り返る。

第三王子サンディ・サンサーラ。

穏やかな微笑み。

「では――」

ゆっくりと手を差し出す。

「ここから、取引の話をしましょう」

「はい」

ミイナは少し俯き、モノに向き直る。

「モノ、聴いて。モノとクロスケさんをここから出してあげる」

『……何? それはどういう……』

「呪いを解く手伝いもしてくれるって」

『……待て……ミイナ……何言ってる……』

「その代わり、私にサンディ王子の側室になれって」

瞬間、モノの眼が見開かれる。

『ふざけるな!そんな事!許される訳がないだろ!』

「ごめんね。でも、これしかないの」

『第一にお前!側室の意味がわかっているのか⁉︎

また檻の中に戻るんだぞ⁉︎』

「わかってるよ……

でもね、あの頃とは違う。

王宮からは出られないけど……王子は、私に優しくしてくれるって言ってたし……」

『わかってない!

まだまだ、一緒に冒険するんだろ⁉︎』

「ううん。

私の冒険はここで終わり……。

最後にシャクナ族の里に行って、モノたちの呪いを解くまでは許してもらえてる」

重たい沈黙が、牢獄に落ちた。


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