魔王の手下と第三王子
「え……?第三王子!?」
ミイナは驚愕した。
盲目のディエスの為に買い出しをしていた青年。
ミイナ達にも気さくに話しかけてくれた青年が、目の前にいる冷たい印象の男と同一人物だとは、とても信じられなかった。
「でも、良いんですかー? 総大将が前線に出てきてー。あなたを潰せば、全てお終いですよー」
サンサはサンディを睨めあげ、不敵に笑った。
サンディは、瞬き一つしない。
「そうですね」
あっさりと、肯定した。
サンサの眉が、わずかに動く。
「……へぇー」
「怖くないんですかー?」
サンディは、ゆっくりと剣に手を掛ける。
「恐怖は、“失う物がある者”が抱く感情です」
金属が擦れる、乾いた音。
「私は、この国の頂点を目指しています」
「恐怖など感じている暇はないのです」
ミイナの背中を、冷たい汗が伝った。
サンサは、楽しそうに笑った。
「なるほどー」
「やっぱり噂通りですねー」
「人の皮を被った怪物みたーい」
サンディは、視線を逸らさない。
「本物の怪物に言われる筋合いはありません」
その一言で、空気が変わった。
サンサの周囲に、冷気が噴き上がる。
地面が、きしりと凍り始めた。
サンディの背後。
弓兵たちが、一斉に矢を番える。
誰も、声を出さない。
「……いいですねぇ」
サンサは、舌なめずりをした。
「じゃあ――」
「どっちが怪物か、確かめましょうかー」
サンディは、短く言った。
「第四射構え」
「放て!」
相当に訓練されているのだろう。
放たれた矢は寸分違わずサンサに殺到する。
しかし、命中したかに思われた矢は、氷の膜で防がれていた。
「残念ですねー。威力が足りませんよー。次は私の番ですー」
サンサの周囲に冷気が漂う。
氷柱が出現し、さらに鋭く、回転を加えながら浮遊し始める。
「盾兵構え」
サンディの号令で弓兵は下がり、盾を構えた屈強な兵士達が前線に躍り出る。
「くらえー」
ビュン!
回転を加えられた氷柱は亜音速に達した。
盾ごと貫かれ、兵士は背後の弓兵を巻き込んで吹き飛んだ。
しかし、サンディは動じない。
「なるほど。申し分ない威力です」
「余裕ぶっこいてると死にますよー」
さらに冷気が強まる。
氷柱の本数はさらに増え、百本に迫る勢いだ。
回転を加え、いつでもサンディを貫けるように浮遊している。
「余裕? ええ。負ける気がしませんので」
サンディは挑発するように微笑みかける。
「ムカつくガキだ。死ねよ」
サンサの口調が怒気を孕む。
次の瞬間、無数の氷柱はサンディに向かって放たれた。
「下弦」
百本に迫る亜音速の氷柱は、サンディではなく地面に向かって叩きつけられた。
「遅いですよ。ラニスタ」
「申し訳ありません。思いの外、手こずりました」
宮廷魔術師ラニスタが、サンディ王子の前に立ち塞がる。
「どりゃあ!」
次の瞬間、校舎の影から男が飛び出してサンサに切り掛かった。
レイヴンだ。
刀はサンサの腹部に命中する。
氷でガードしたものの、衝撃は殺しきれず、校舎の壁に激突する。
「もう失敗は許されませんよ? レイヴン」
サンディは一瞥すると、冷たく言い放った。
「はっ。心得ております」
サンディ王子の傍に、ラニスタとレイヴン。
剣と魔術の両翼が、ここにそろったのだった。
*
「次から次へと、賑やかなことですねー」
「……本当に、腹立たしい」
サンサは相変わらず間延びした口調だったが、明らかに憤怒していた。
ミイナは、第三王子の背後からラニスタを見つめていた。
クロスケとモノは、どうなったのだろう。
ラニスタがここにいるということは、負けてしまったのか。
それとも――逃げられたのか。
その視線に、ラニスタが気づく。
「心配いりません。猫と案山子は捕らえました」
淡々とした声。
「あとで再会させてあげますよ。檻の中でね」
冷たい言葉だった。
だが、少なくとも――
二人は、まだ生きている。
安堵すべきか。
それとも、絶望すべきか。
ミイナの胸中は、ぐちゃぐちゃだった。
「レイヴン。第二段階です」
「はっ!」
レイヴンは、自分の首元へ手をやる。
革製の首輪につけられた、小さな金属の輪。
コルソがしていたのと、同じ首輪だ。
カチリ。
小さな音。
首輪が、赤く光った。
「――――」
レイヴンの喉から、低い呻き声が漏れる。
筋肉が膨張する。
血管が浮き上がる。
骨格が盛り上がり、一回り大きくなる。
「ふーっ!」
レイヴンは大きく息を吐いた。
次の瞬間。
空中のサンサへ、跳躍。
「チッ!」
サンサは氷で剣を生成し、レイヴンの斬撃を受け止める。
ガキン!
受け流すようにいなし、上空へと飛び上がる。
「上弦」
ラニスタが唱える。
レイヴンの身体が、ふわりと浮き上がった。
「おりゃあ!」
叩き下ろす一撃が、サンサの肩口に命中する。
「下弦」
落下速度が、さらに加速。
サンサの身体が、凄まじい勢いで地面へ叩きつけられた。
ドンッ!!
砂埃が舞い上がる。
サンディが、淡々と告げる。
「殺す必要はない。重要なサンプルだ」
「それに――父上に、魔王復活の証拠として突きつけられる」
氷よりも冷たい声だった。
「はっ!」
「承知しました」
サンサは、地面に這いつくばっていた。
「……やってくれましたねー。身動きが、取れません」
「当然です」
ラニスタは、地面を指差し続ける。
「私の術式・“重月”からは逃れられません」
「それなら――」
サンサの周囲に、かつてない冷気が噴き出す。
「何もかも、凍らせてやる!」
空気中の水分が凍結する。
キラキラと、ダイヤモンドダストが舞い始めた。
サンディは怯まない。
ゆっくりと、サンサへ歩み寄る。
手には、蛇の装飾が施された杖。
「無駄です」
冷気が、杖へと吸い込まれていく。
「は? なんだよそれ!」
サンディは、表情を変えない。
「終わりです。レイヴン」
「はっ」
「どりゃあ!」
呪力で強化された鉄拳が、サンサの側頭部を打ち抜いた。
ゴッ!!
鈍い衝撃音。
サンサの身体が、力なく崩れ落ちる。
「終わりましたね」
サンディの、小さな呟き。
ラニスタとレイヴンは、片膝をついて傅く。
「帰りましょう」
サンディは、ミイナへと向き直る。
「貴女も一緒にね」
右手を差し出す。
そして。
先ほどまでの冷たい表情が嘘のような、
華やかな笑顔を浮かべたのだった。




